3話 ホンモノになろうとするニセモノ
「お前、高校どうすると?」
親父はタバコを吸いながら言う。
「どこいくかは決めてないけど、行くよ。」
「行けると?」
ごもっともだな。
「3年から学校に復帰しようと思う。」
「行けると?」
「ふざけてる?」
親父は笑う。
「いやマジな話、今まで言ってなかったのに急に行けるんかなって。」
これもごもっともだ。
「学校が心底嫌ってわけじゃないんよ。」
「家がしんどすぎただけ。」
「その家が安定するかわからんやろ。」
またまたごもっとも。
「一応、母さんと約束して今のところはうまく行ってる。」
「続くといいな。」
「続くって思ってないやろ?」
「正直な。」
親父はタバコを消してコーヒーを飲む。
「まあ、無理だったらうちにこいよ。」
「せっかく将来に前向きになったんだから。」
「うん。考えとく。」
俺は息を大きく吸う。
今日は将来のことなんかより、相談したいことがあった。
「俺、ギターやりたい。」
「もう渡したやん。」
「いや“レフティー”が欲しい。」
「右利き用やとどうにもピンとこん。」
「そんなもんか。右の俺にはわからん。」
「ちゃんとやろうと思って。」
「ネットで初心者セットを……」
「そういや博多駅の店にレフティあったな。」
親父が思いがけないことを口にした。
「マジ?ほしい。」
言葉が先に出ていた。
「金は?」
「楽器は自分で買った方がいい。」
「大事にするし、簡単にやめれないだろ?」
親父はしっかり冷や水を挿してくれる。
「なるほどね。」
「いくらすんの?」
「確か三万ぐらいだったような。」
「いける。」
もう選択肢は一つだ。
「いくか?」
「いく!」
Epiphone ES-335 Dot Cherry
俺の初の相棒。
ケースを開ける。
綺麗な赤の塗装に、部屋の景色が映った。
弦を鳴らす。
左利きのまま鳴らせる音は、それだけで落ち着いた。
気づけば、ずっと弦を鳴らしていた。
こんなに胸が高鳴ったのは、初めてだった。
——————
3年4組。
中学生活で初めて男の担任。
去年までの担任はやっと肩の荷を下ろされたわけだ。
「うっちゃん!やっと同じクラスやね!」
大洋は元気いっぱいだ。
「そうだな!隼人は違うけど。」
俺は嘘をついた。
知っていた。
去年の担任との最後の会話。
「来年は東君と佐藤君、二人と一緒がいいよね?」
残り一年の猶予しかない不登校児への最大の配慮だった。
「嬉しいですけど、二人ともってのは悪いです。」
『素直じゃねえな。』
人の好意をまっすぐに受け取れないのは俺の悪い癖だ。
「じゃあどちらかと一緒にしとくね。」
そんな密約を交わしていることは、さすがに言えなかった。
「小学校から一緒のやつも多いし、ウッチャンもやりやすいやろ。」
「そうだね。」
2年にもわたる不登校はクラス分けにここまで影響するのか。
『これで休みづらくなったな。』
うるさいな。
「うっちゃん!久々!」
甲高い声が響く。
———誰だ?
「高宮さん?」
「当たり前じゃん!」
高宮は大袈裟に手を叩く。
『コイツ、イっちまってんのか。』
さすがに動揺しているらしい。
「2年でクラス違ったけど、またよろしく〜。」
「よろしく……。」
「たかみー。行くよー。」
「わかったー。」
「じゃあ、あとでね。うっちゃん。」
クラスメイトの女子に呼ばれ高宮は、笑顔で向かっていく。
頭が音を立てて回転する。
昔みたいな堅さがなくなっていた。
アイツ変わったのか。
「なあ、大洋。」
「高宮ってあんな奴だったか。」
「俺、2年からしか知らないけどあんな感じだったよ。」
「そうか。」
——————
昼休み、久しぶりに真面目に受けた授業は、意外と疲れを伴った。
「うっちゃん。」
笠谷が話しかけてきた。
小学校の頃から、同じサッカーチームだった。
「サッカーせん?」
「いいね。」
「まじ!?やった!」
「なんかみんなノリ悪くて……。」
「そうなの?意外。」
「なんか大人ぶっちゃってさ。」
『それはそうだろうな。』
「俺も声かけてみるよ。最悪二人でやろ。」
暇そうなハンニバルと大弥に声をかける。
「え、いいね!やろうぜ!うっちゃん。」
「さんきゅ!人足んなくてさ!」
すると斎藤が話しかけてくる。
「うっちゃん。俺も初心者だけどやっていい?」
コイツは小学生の時から自信がなさげだ。
「いいに決まってんじゃん。」
「みろよ。ど素人二人が待ってる。」
「誰がど素人だ!ギャフンと言わせてやる!」
ハンニバルが息巻く。
「やってみろ。カスが。」
俺は笑う。
——————
「ほら、俺いけるだろ!」
ハンニバルは高笑いする。
「接待サッカーだったけどな。」
俺のツッコミにみんな笑う。
それから毎日のようにサッカーをした。
気づけば輪は少しずつ広がっていた。
—————
「男子、最近なんか楽しそうだね!」
一軍女子は、すぐ「男子は〜」って一括りにする。
「うっちゃんがサッカーやってて、みんなつられてやったらこうなった」
ハンニバルは答える。
一軍同士の会話。
「さすが、うっちゃん!」
高宮は手を叩く。
『だからお前誰だよ。』
まだこの高宮に馴染めない。
「俺のおかげみたいに言うなよ。」
「いや実際、うっちゃんだからこうなったよ。」
「普通なら経験者だけのガチサッカーだった。」
『それは嫌味か?』
笠谷は言う。
「うっちゃんは、誰も嫌がったりしないから。」
「そうそう。みんな楽しそうで雰囲気いいし。」
「入りやすかったわ!」
それぞれで声を上げる。
大洋が嬉しそうに俺をみる。
———見んな。
ニヤけてたらダサすぎるわ。
——————
部屋で天井を見上げる。
イヤフォンはつけてなかった。
楽しい。
『本気か。』
冷や水を浴びせるようにアイツが言う。
本気だよ。
『でもアイツらが褒めたのはホンモノのお前じゃないぞ。』
そうだな。
『誰もお前のことなんて見てない。』
それでもいい。
アイツらといるのは楽しいんだ。
『お前はニセモノだ。ホンモノにはなれない。』
それでもいい。
たとえニセモノでも俺はここにいたい。
『よせよ。』
——————
それからそんな日々が続いた。
振り返れば人生で一番楽しかったように思う。
「お前らが笑うからだろ!」
ハンニバルは文句を言う。
「いやいや、あれは男子がふざけてたのが悪い!」
一軍女子の森田は高宮を引き連れて言い返す。
教師に怒られた原因の押し付けあいだ。
「どう思う?うっちゃん?」
高宮が俺に振る。
「俺かよ。まあ、俺も笑いそうになったしハンニバルで。」
「えー、裏切んのかよ。」
ハンニバルは笑う。
「さっすがー!」
森田は上目遣いで言ってくる。
「あっでも、森田に釣られたから森田も共犯ってことで。」
そう言うと教室は爆笑に包まれた。
「そういや学級委員はうっちゃんが良くない?」
森田が言う。
「学級委員?」
「うっちゃん、ぴったりじゃん!」
クラスメイトも俺を推す。
「でもうっちゃん、久々の学校で……。」
大洋が雰囲気を察して止めに入る。
「そっか。まだしんどいかもね。」
「うん。無理する必要はないよな。」
——断る理由まで、用意されていた。
『これがホンモノだ。』
「ありがとう。」
俺はクラスメイトの配慮にお礼を言う。
「いいよ!全然!」
「水くせえぞ!」
——————
「うっちゃんトイレ行こうぜ。」
ハンニバルは言う。
「俺、連れション苦手だから。」
「いいじゃん付き合ってよ。」
「わかったよ。」
連れションって普通こんな大人数で行くもんじゃない。
共用のトイレのはずが3年4組になっていた。
冗談を言い合って馬鹿笑いする。
トイレで居心地がいいって気持ち悪いな。
「よかっただろ?うっちゃん。」
ハンニバルはニヤニヤしている。
「まあな。」
『お前らしくない。』
俺は笑いながら言った。
学校が楽しい。
そんなこと初めてだった。
居場所があるということはこんなに安心できるんだな。
『いつまで続くか見ものだな。』
俺には届かない。




