1話 先を行く人
「ここにいたのか。」
草っ原に寝転ぶ俺の隣に、康成は腰を下ろす。
「星が綺麗だ。」
空を見上げたまま、俺はそう言った。
康成も横になる。
大の大人が2人で星を眺める。
妙に映画みたいで気持ち悪い。
「眠れなくてな。」
車中泊は合わなかった。
2日目でやめた。
「あれでグースカ言えるあいつらがすげーんだよ。」
康成は笑う。
「昔は野宿でも平気だったんだけどな。」
俺は空を見たまま黙る。
「“Silent Shout”の歌詞ってこういう体験からできたん?」
「いや、あれは普通に道で死んでた猫を見て思いついた。」
俺は意に沿わないであろう返答をする。
「そっか。」
「でも、歌詞の内容とかは俺の過去とか気持ちが影響してるかな。」
「じゃあそうじゃん。」
「確かにそうだな。」
二人で笑う。
「お前の曲には、熱がある。」
「……。」
「普通の奴には書けんわ。」
康成は静かに言った。
「そうかもな。でも、まだ一度も過去を肯定できたことはないよ。」
「なかったらどれだけ楽かって今でも思う。」
「……。」
「でも、そのおかげでお前らと出会えて音楽やれてるから少しは悪くなかったのかな。」
これは本心だ。
それでも……。
——————
あれから、日常は少しだけ形を変えた。
朝、迎えに来る二人を先に行かせる。
気が向いた時だけ学校に行く。
土日は親父の家に行くことが増えた。
ただ毎週は面倒で、結局は近所の公園で寝る。
屋根付きの長いベンチ。
誰のものでもないのに、ここだけは落ち着いた。
寝静まった頃に出て、起きる前に戻る。
家ではずっとイヤフォンを挿したまま。
それが当たり前になっていた。
——————
カップラーメンを啜って家を出る。
制服のまま、昼の街を歩く。
砂浜に座って海を見る。
『この前のヴォル……母親の顔見たかよ。』
声がする。
もう言い返さない。
『正論で詰めたら何も言えなくて、自爆してやがったな。』
少しだけ、笑った。
「うるせえよ。」
小さく呟いて歩き出す。
この時間に歩いているのは専業主婦や年金暮らしの年寄りばかり。
痛い目で見られることにも、もう慣れた。
自販機でジュースを買って適当に座って飲み干す。
ついこの前までルールやしがらみばかりの学校が、嫌だった。
でも、学校の外にいても別に自由じゃなかった。
『物好きなやつだ。』
うるせえ。
——————
昼休みの教室は、いつも通りだった。
騒がしいだけの空間に腰を下ろす。
誰も俺に反応しない。
暇つぶしに廊下へ出る。
「あれって……」
「ダメだよ……」
一年の女子が口元を隠す。
『でた。』
もう慣れたさ。
不登校の生徒会副会長。
敬われるどころか、腫れ物扱いだ。
———肩を掴まれる。
「よう!うっちゃん!」
大洋だった。
「おう。」
「今日は来たんだ!隼人には会った?」
「まだ。」
「絶対喜ぶよ!」
「自分から来たって言うのはダサいだろ。」
「いや、俺らは嬉しいって!」
向こうから隼人が来る。
「おー、来てたんだ。」
「ああ。」
「ほらな。」
「よかった。」
コイツらといると不思議な気持ちになる。
壊れてるはずの俺を、普通に扱う。
それがありがたいのか、怖いのかも分からない。
ただひとつだけ。
コイツらの顔を見るために来てる気がした。
……そう思った自分が、気持ち悪かった。
——————
あの頃と変わらないのは、授業の間の休み時間にトイレに行くのだけ。
俺は入った瞬間、後悔した。
———なんでいんだよ。
甲斐が一人黙って用を足している。
俺は2つほど便器を空けてチャックを開けた。
「あいつらはみんなでトイレに行きたがるんだよ。」
突然、甲斐が話しかけてきた。
「何の話?」
無視しても良かったが反応していた。
「トイレは一人がいいよな。」
「連れションは学生の特権だろ。」
「それもそうか。」
気まずい沈黙だけが続く。
「チクらなかったんだな。」
「だからなんのことだよ。」
「山田のこと。」
「メリットがねえよ。」
不登校で喧嘩しましたなんて、母親が発狂しかねない。
「初めてだったよ。」
「関係ねえのに止めに来たやつ。」
「そりゃ悪かったな。」
「いや、ちょうど良かった。」
「何がだ?」
「昔、撮ったダチの裸の写真をSNSにあげた奴がいて……。」
「すぐ消させたけど、俺がやってたことってバレるのが怖くなった。」
甲斐は下を向いたまま言う。
「やりすぎだな。何にしても。」
「楽しいからってブレーキがイカれてた。」
「そう言うことが楽しいってのは認めんだな。」
「……。」
甲斐は先に用を足し終えている。
「全部間違ってたとは、思わない。」
「でもやりすぎもあった。」
甲斐の言葉を遮るように俺も用を足す。
「だからイジメはやめますってか。」
「さあな。」
甲斐はトイレを出ようとする。
「内村。お前は何が楽しい。」
俺は答えられなかった。
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ノートも取らずに二時間座って、俺は帰り支度をした。
すると急に声が入ってくる。
———「うっちゃん!」
久しぶりに聞いた声だった。
——————
ヤマケンと話すのはあれ以来だ。
「あの時はすぐ言えなくてごめん。本当にありがとう。」
『今更言っても、手遅れだけどな。』
「いいよ。俺が勝手にやったことだし。」
「……もう、誰も何も言わなくなったよ。」
『結果そうなっただけだ。』
「よかったな。」
嬉しいはずなのに、どこか遠かった。
「僕さ、色々考えてやっぱり動画配信者になりたい!ニコニコとかYouTubeとか。」
『勝手にどうぞ。』
ヤマケンはいつもの早口で俺にそう告げる。
俺は下を向く。
「機材も全部揃えたんだ。有名な人が使ってるやつ。」
「……。」
俺たちの縁を切り裂くように車が横を走っていく。
「も、もしよかったらさ。一緒にやらない?」
『都合よすぎだろ。』
『乗る理由ねえよ。』
振り絞るようにヤマケンは言った。
「俺はいいや。」
少し力を入れた。
また沈黙。
「そ、そっか。でもやろうと思えたのはうっちゃんのおかげだ!本当にありがとう!」
『好きにやれよ。』
「……。」
カラスが俺を馬鹿にしているような気がしてイライラした。
すると、
「僕、有名になる!そしてあいつら見返すんだ!」
ヤマケンは大きく息を吸って高らかにそう告げた。
「頑張れよ。」
今度は俺が振り絞った。
「じゃあ!」
ヤマケンは振り返らなかった。
それ以降、卒業まで話すことはなかった。
背中がやけに大きく見えたことだけ覚えている。
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帰宅すると宗介が野球の準備をしている。
「おかえり。にいちゃん。」
「ただいま。野球か?」
「うん!」
「もう宿題終わったのか?」
「うん。先にやっとかんと怒られるし。」
俺は気になることを口にした。
「お前、土日あの人といるだろ?」
「うん。」
気まずそうに宗介は言う。
「嫌じゃないのか?」
「あんまり好きじゃないけど、野球教えてくれるから。」
「野球?」
「元野球部で草野球やってて。」
「そうなのか。」
「嫌だけど、にいちゃんほど言われたりもしないし。」
宗介は下を向いてボソボソと言う。
「そうか。なんか言われたら言えよ。」
宗介は黙って頷く。
「にいちゃんさ!野球部って強い?」
「俺が1年の時は強かったな。今は知らん。」
「俺、中学になったら野球部入ってピッチャーやる!だから今、頑張る!」
「そうか。頑張れよ。」
俺は宗介の頭を撫でる。
その感覚はいつもと違った。
宗介が少し大きく見えた。
俺が知らないところで、時間だけは進んでいた。




