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21:目的地


「なんで日数減らされてんだよ、こんなのズルだろ!?」


 無意味なことだとわかっていても、慧斗はスマホの画面に向かって文句をぶつけずにはいられない。

 見知らぬ誰かがこれ以上犠牲になるのは避けたいが、だからといって自身の死が早まるのは話が違う。少なくとも、あと4日は猶予があるはずだったというのに。


「デリマスって、混雑しない時間帯だとたまに早く届きますよね」

「それは俺も経験あるけど!」

「落ち着いてください、加苅さんが戻ってきたら困るので」


 焦る慧斗とは正反対に落ち着き払っている來の姿を見ていると、やはり所詮は他人事なのだろうかという思いが湧き上がってしまう。

 彼に不満をぶつけても仕方がないと理解しつつ、慧斗はたった今しがた命を狙われていたとは思えない青年の横顔を睨む。


「あれ……?」


 そこでようやく、慧斗は彼の顔に何かが足りないということに気がついた。そこに思い至るだけの余裕がなかったともいえるのだが。


「お前、そういえば眼鏡は?」

「ああ、外してました」


 思い出したように懐から取り出された大きな眼鏡をかけると、見慣れた來の顔になる。

 眼鏡が無いと視えると話していた來がそれを外していたということは、また何かを視ていたのだろうかと慧斗は周囲を見回した。


「もしかして、何かいるのか?」

「いる、というか……加苅さんが、憑かれてるみたいです」

「憑かれてる……って、悪霊にってことか!?」

「そういうことになりますね」


 慧斗の視点からは悪霊の姿などは視えなかったはずなのだが、加苅の言動が普通でなかったのは確かだ。

 來に関する忠告をしてきたとはいえ、拳銃を持ち出してまで危害を加えようとするのは、正気の人間としてはさすがに行き過ぎた行動だろう。

 悪霊に憑りつかれているというのであれば、そうした突飛な行動も納得ができるような気がした。


「けど、なんで加苅さんが……?」

「おそらく、隙を突かれたんだと思います」

「隙?」


 しばらく周囲を窺ってから立ち上がる來に続いて、服についた汚れを払いつつ慧斗も脚を動かす。

 加苅は戻ってきていないようだが、念のために彼が向かったのとは反対の方向を目指して歩き出すことにした。


「倉敷さんが殺されて、おそらく加苅さんはそれを目の前で目撃していた」

「あのビデオ通話の時、遠くで加苅さんの声も聞こえたもんな」

「親しい人間の死は、少なからず確実な動揺を生みます。それが予期せぬものであればなおさら」


 寿命や闘病とは異なって、倉敷の死は確かにあまりにも突然の出来事で、加苅だって予想ができなかったものだろう。

 そこで生まれた動揺が、悪霊にとってはむしろ計画的に作り出された好機ですらあったのかもしれない。


「だけど、來だけを狙う理由ってなんなんだよ? 殺したいのは俺だろ」


 呪いによる最終的な標的は、アプリの刻むカウントを見てもほぼ間違いなく慧斗だとわかる。だというのに、あの時の加苅は慧斗の存在になど目もくれずに來を追いかけていた。


「多分ですけど、慧斗さんを殺すのに僕の存在が邪魔だったんじゃないかと」

「邪魔?」

「奴らにとって、視える人間は厄介なので」


 そのような考え方をしたことはなかったが、慧斗のように力を持たない人間は、視えない悪霊というものに対して無防備だ。

 こうして何気なく道を歩いている今だって、自分の隣を悪意ある霊が憑いて歩いているかもしれない。


 彼らが不意に牙を剥いて襲い掛かってきたとしても、何が起こったのかを理解することすらできず、弄ばれるしかないのだ。

 けれど、來のように視える人間ならば対抗手段がある。目的を持つ悪霊が、達成のために障害を排除しようとするのは自然な選択なのだろう。


「悪霊って、厄介なんだな」

「悪霊は視えるだけいいですよ。僕にしてみれば、人の方がずっと厄介です」

「そういうもんかぁ?」

「そういうもんです。霊は目的が視えれば対処法もある」


 慧斗にとっては初めてのことだらけで、とてもそんな風には思えないのだが。実際に多くを視てきたであろう彼が言うのであれば、そうなのだろうと理解できる部分もある。


「……生きた人間の腹の底までは視えないですから」

「ん?」

「いえ、それよりセラさんから連絡はありますか?」


 前方に見えてきた公園の出口に意識を向けていた慧斗は、來がぽつりと落とした言葉を聞き取ることができなかった。

 特にそれを繰り返すわけでもなく、話題を切り替えた來の問い掛けに慧斗はスマホの画面に目を落とす。


「……いや、来てないな」


 アプリからの通知以降は特に新しい着信が入っている様子もなく、メッセージも残されていなかった。


「おそらく、カウントが早まったのは悪霊が力をつけてるってことだと思います」

「え、それってヤバくないか?」

「そうですね、6人殺した上に生きた人間まで操れるようになってる。あまりいい状況じゃないです」

「っ……どうにかなんねーのかよ!?」


 すでに人を殺している悪霊が力をつけたらどうなるのか、考えたくもない現実が着実に迫ってきている。

 切実な問い掛けにすぐに返せる答えが見つかっていない來は、一度口を閉ざしてからスマホで地図アプリを開く。


「……宮原妃麻さんの家に行ってみましょう」

「え、宮原妃麻って……最初の犠牲者の?」

「あの霊がここから慧斗さんの家までの経路を辿ってるなら、起点となる彼女の家にヒントがあるかもしれません」


 他に持っている情報も無い慧斗は、彼の言うようにその場所で得られる情報に期待するしかない。

 今は加苅という危険因子も加わって、悠長にしていられない状況であることは間違いなく、來の提案に従うことにした。


 早速移動を開始しながら、慧斗はセラに連絡を入れておこうと通話を試みる。間を置かずに呼び出し音が途切れた直後、彼女の大声が耳に響いた。


『慧斗っ、無事なの!?』

「うおっ……!? デカい声出すなって、俺も來も無事」

『良かったぁ……今どこ?』


 おそらくはずっとスマホを握り締めて連絡を待っていたのだろうセラは、今にも泣き出しそうに震えた声で尋ねてくる。


「これから來と二人で、宮原妃麻の家に行ってみる」

『えっ!? どうしてそんなトコに……』

「呪いを解くヒントがあるかもしんねーからさ。セラは警察署だよな?」

『うん、加苅さんのことは伝えたけど』

「じゃあお前はそのままそこにいろよ、また連絡する」

『っ……わかった、気をつけて。絶対連絡してよ!? 勝手に死んだら許さないからね!』

「死なねーために行くんだっての」


 セラが一緒に行くと言い出さなかったのを意外に感じたが、悪霊への対処はできなくとも、加苅の標的が変わった場合を想定すれば警察署の方がいくらか安全だろう。

 心配の種はどうしたって尽きない。呪いを解く鍵を見つけることができればすべて終わると考え、慧斗はスマホをポケットにしまう。


 移動手段が徒歩では時間がかかるということもあり、そちらの方が距離が近いという判断から、二人は一度アパートへと戻ってきた。

 駐輪場の横に停められた黒いバイクを持ち出すと、デリマスの配達用の大きなリュックを取り外して、二人乗りができるようにする。

 砂埃で表面が汚れたヘルメットを被った慧斗は、シートの下に収納してあった新品同様のヘルメットを來に手渡す。


「……僕、バイクって乗ったことないんですけど」

「俺もあんまり人乗せることないけど、まあ大丈夫だろ」

「…………」


 不安の色を隠そうともしない來の赤い瞳から逃れるように、慧斗はヘルメットのシールドを下げる。

 この場で問答を続ける気もない來は、少し間を置いてから後ろに跨るのだが、車体が妙に揺れているのを感じた慧斗が振り返った。


「どうした?」

「いや……どこに捕まったらいいのかなと」


 もぞもぞと動いていた來は、どうやら掴まれる場所を見つけられずに身の置き場に悩んでいたらしい。彼が未だヘルメットも被らずにいることに気がついた慧斗は、その顔に手を伸ばして眼鏡を取り上げてしまう。


「あっ、なにするんですか……!?」

「メット被るのに邪魔だろ、危ないし」

「けど……」

「俺に掴まってれば問題ないだろ? ほら、早く行くぞ」


 來が案じているのは、慣れない乗り物の上での走行中の不安定さだけではないだろう。裸眼では霊的なものの影響を受けてしまうと話していた來は、慧斗に触れていれば大丈夫だとも言っていた。

 それが事実なのであれば、どちらの不安に対しても慧斗はこの状態がベストだろうと判断を下す。


 有無を言わさずに眼鏡を渡してエンジンをかけたところで、言う通りにしたらしい來の腕がそろりと腰に回された。

 ジュースを横から奪い取る図々しさはあるというのに、妙なところで遠慮をしていると感じた慧斗は、ヘルメットの下で少しだけ口元を緩ませてしまう。


「んじゃ、行くぞ」

「……お願いします」


 軽くエンジンを吹かした慧斗は、普段乗る時よりも重量の増したバイクを走らせ始める。

 恐々としていた來も、信号をいくつか超える頃にはバイクの後ろに慣れてきたようで、掴まる腕の力も遠慮のないものになっていた。


 脳内で目的地までの経路を思い浮かべつつ、慧斗はふと、資料と地図を照らし合わせた時のことを思い出す。

 他の被害者たちの家は、間違いなくこの経路上にあるものだったのだが、セラの家だけが経路から外れた場所にある。

 その理由はわからないが、経路以外にも何か呪いに巻き込まれる条件があるのかもしれない。


「……絶対、死なせねえからな」


 誰にともなく落とした呟きは、バイクのエンジン音と吹き付ける向かい風にかき消されていった。


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