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20:異変


「霊の動きがわかったって、マジかよ?」

「多分。ちょっとこれ、見てください」


 資料を慧斗に手渡した來は、ポケットから自身のスマホを取り出して画面を操作する。

 表示されたのは一般的な地図アプリで、そこに素早く住所を入力したかと思うと、立てられたピンが示すのは慧斗たちの住むアパートだった。


「これって、俺らのアパートだよな?」

「はい。それで……これ」


 続けて來の操作で表示される地図の領域が広がると、赤い線でどこかへ続く経路が表示される。

 見覚えのない場所だと思ったのだが、どこか既視感のあるそれは、慧斗の中にひとつの家を思い起こさせた。


「っ……ここって、もしかして」

「はい。被害者の一人で、宮原妃麻さんの自宅までの経路です」

「え、でもこれがどういう関係があるの?」

「それなんですけど、ちょっと資料を並べてみてください」


 指示を受けるまま数枚ある資料を慧斗が横並びに持つと、印刷されている地図の一つ一つと、スマホの画面を來が照らし合わせていく。


「あ……これ……!?」


 先に気がついたのは、横からその様子を覗き込んでいたセラの方だった。


「はい。被害者は全員、宮原妃麻さんの家から慧斗さんの家までの経路にある家の住人で、経路の順番に殺されてるんです」


 來の言う通り、スマホの画面に赤く表示された経路の中に、被害者たちの家が並んでいる。慧斗の家へ向かう道中に、あの女の霊は無関係の人々を殺しているということになるのか。


「あれ、でも順番がおかしくないか? 宮原妃麻って、俺が配達しに行った家の人だよな?」


 慧斗が宮原妃麻の件で警察署に呼び出された日、すでに連続怪死事件として3人の被害者が出ていたはずだ。

 おそらくは來もすでに慧斗と同じように考えていたのだろう。スマホの画面を操作していた彼の指が、資料のとある箇所を示す。


「ここ見てください、検死結果。死亡推定日時がそもそも、先の被害者たちのそれと前後してるんですよ」

「あ……取り調べの二日前? ってことは、最初の犠牲者は宮原妃麻……?」

「そうです。だから彼女がきっと――」

「っ、二人とも、あれ……!!」


 言葉を遮ったのはセラの大きな声で、資料から顔を上げた二人の視線の先には、見覚えのある人物の姿があった。


「え、加苅さん……?」


 こちらに向かってまっすぐに歩いてくるその男は、間違いなく加苅その人だ。相棒を失ったばかりなのだから、いくら刑事といえど仕事どころではないだろうと誰もが思っていた。

 けれど、この場にいるということはじっとしていることもできず、事件解決のために警察署までやってきたのかもしれない。


「あの、加苅さん。俺たち透葉って人から資料を……!」

「言っただろう、危険だって」


 どこかふらつきを感じさせる足取りに不安を覚えた慧斗は、加苅の方へと近づきかけた足を本能的に止める。

 何かを探るように腰元へと回された加苅の腕がだらりと垂れ下がったかと思うと、その手に小さな黒い塊が握られているのが見えた。


「やだ……待ってよ、あれって……」

「嘘だろ、拳銃……!?」


 一般市民として生活をしてきた慧斗たちが、実物を見たことがあるはずもない。

 ゆっくりと持ち上げられた加苅の手元には確かにそれらしき武器があり、銃口が來の方へと向けられているのがわかる。


「ッ、加苅さん……!?」

「オレが救ってやらないとなあ」


 こちらの声が届いていないらしい加苅は、躊躇なく拳銃の引き金を引く。

 ドラマで見るような派手な銃声は聞こえなかったので、おそらくサイレンサーのようなものでもついているのかもしれない。


 慧斗が咄嗟に來を突き飛ばしたことで被弾を免れることはできたようだが、勢い余った慧斗の身体は地面に転がって体勢を崩してしまう。

 続けて撃たれるかと身構えたのだが、再び來を狙ったらしい銃口は慧斗の姿など目に入っていない動きを見せる。


「加苅さん、どうして……っ」

「來……!」


 困惑の声を漏らす來は慧斗の方を一瞥した後、口元を引き結び三人に背を向けて路地の奥へと走り出す。


「狙いは僕です、二人は逃げて……!!」


 彼の読みは正しく、逃げ出した背中を追ってすぐさま加苅も走り出していく。角を曲がった二人の姿はすぐに見えなくなってしまった。

 警察署の周辺は戸建てやマンションの立ち並ぶ入り組んだ住宅街だが、果たして一人で逃げ切れるものだろうか。あの一瞬の判断の中で來が勝算を見出しているとは、慧斗には思えなかった。


「慧斗、大丈夫……!?」


 そばへと駆け寄ってきたセラは、座り込んだままの慧斗と二人の消えていった先を交互に見て戸惑っている。慧斗のことと同様に、セラの姿もまた加苅の視界には入っていなかったのだろう。


「逃げろって……あー、クソ!!」


 だらだらと悩んでいられるような時間もなく立ち上がった慧斗は、思いきり地面を蹴りつけて二人の向かった方角へと走り出す。


「ちょっと、慧斗……!?」

「セラ、お前は警察署で助け呼べ!!」


 幸いにも数分と経たない場所に警察署があるのだから、拳銃を持つ相手の対処はプロに任せればいいと思う。

 それでも、今すぐ彼のもとへ駆けつけられるのは自分しかいない。そのことに気づいた慧斗には、助けに向かう以外の選択肢が無かった。


 路地を曲がった先には当然ながらすでに二人の姿はなく、隠れるならばどの方角かと予想をつけて進むしかない。

 マンション裏の隙間や戸建ての塀の間など、人が隠れられそうなポジションは見つかるのだが、こんな場所なら加苅もすぐに当たりを付けることだろう。


 人が走る足音も声も聞こえなければ、自分の耳に届いていないだけで、すでに來はその身に銃弾を受けているかもしれない。

 一刻も早く見つけなければと焦りが生じた時、慧斗の脳裏にふとひとつの道筋が浮かぶ。


「もしかして、この先か……?」


 衝動のままに駆け出した先には、この地域では一番大きい公園がある。公園といっても小規模な森林公園のようなもので、遊具と呼べる物はほとんど無い。

 昼間でも鬱蒼とした木々が影を作って薄暗く、暖かい季節なら散歩コースに選ぶ人間はいるものの、小さな子連れが遊ぶようなことはほとんど無い場所だ。


 拳銃を持つ相手から逃げ回るのに、住宅地を選べば不意の事故が起こらないとも限らない。おそらくは來もそれを踏まえて、逃げる先を選ぶのではないかと考えたのだ。


「っ……どこだ……?」


 予想した通り、公園内には人の気配は感じられない。加苅の姿も見当たらないが、慧斗は慎重に歩を進めていく。

 平らにならされた土の道を辿っていきつつ、道を作るように分かれた木々の隙間に目を凝らす。枝から飛び立つ鳥の姿はあっても、人間大の影が動いている気配は無さそうだった。


「おーい、來……?」


 加苅には聞かれないように小さな声で名前を呼ぶが、声が返ってくる様子はない。

 しばらく進んでも似たような景色が続くばかりで、來がここに逃げ込んだという予想は誤りだったのかと肩を落としかけた。

 その時、慧斗のポケットの中で通知を知らせるスマホが派手な音を立てる。


「うわっ……!? び、びっくりさせ――」


 大袈裟なほどに肩が跳ねてしまい、他には誰もいないというのに妙な気恥ずかしさを感じて、慧斗は文句交じりの独り言を垂れる。

 しかし、背後から伸びてきた腕に口元を塞がれたせいで、最後まで言葉を続けることはできなかった。そのまま強い力で木々の間へと引きずり込まれた慧斗は、慌てて腕を振り払おうとする。


「っ、慧斗さん……! 僕です!」

「~~~~っ、……!?」


 耳元で聞こえたのは間違いなく來の声で、抵抗する動きを止めた慧斗はゆっくりと背後を振り返る。そこにはやはり來の姿があって、強張っていた身体の力が一気に抜けていくのを感じた。


「おま……無事だったのか」

「シッ」


 けれど、安堵も束の間。警戒を解こうとしない赤い視線の先を辿ると、そこには拳銃を片手に周囲を見回す加苅が立っていた。

 どうやら慧斗の後に遅れる形でこの場所にやってきたのだろう。思ったよりも加苅との距離が近く、見つからなかったことが奇跡に近い。


「正してやらなきゃ……アイツを、このままにしたらダメだ……」


 來と身を寄せ合いながら息を殺すのだが、やたらと大きく響く心臓の音すら加苅に届いてしまうのではないかと気が気ではない。

 覇気のない声でうわごとのようにブツブツと言葉を紡いでいる加苅は、しばらく周囲を歩き回った後に別の場所へと姿を消していった。


「…………行った、か……?」

「……多分」

「はあ……死ぬかと思った……」


 大きく息を吐き出したことで、今度こそ気が抜けた慧斗はその場に仰向けに倒れ込む。まだ少し警戒をしている様子ではあるものの、安全だと判断した來も隣に座り込んでしまった。


「……慧斗さん、なんで来たんですか?」

「なんでって……一人にしとけないだろ」


 冷静に判断するだけの時間が無かったといえばそうなのだが、慧斗にだってなぜその判断を下したのかはわからない。

 それでも、來がこうして無事な姿でいてくれて良かったとも思うのだから、結果的にこの選択は間違っていなかったのだと判断することにした。


「そういや、さっきのセラか?」


 寝転んだ際の違和感でポケットにあるスマホの存在を思い出した慧斗は、上体を起こして端末を取り出す。


「セラさんはどうしたんですか?」

「警察署に助け呼びに行かせた。そっちの方が安全……」

「どうかしたんですか?」


 画面を見て硬直した慧斗に疑問をぶつけた來は、その手元を覗き込んで息を呑む。


『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』


 この数日ですでに見慣れたものとなってしまった文言。そこに表示されている到着予定時刻。今さら新たな変化があるなどと、慧斗も來も考えもしていなかったのに。


『比嘉慧斗様、予定時刻より早く死が到着します』


 残り4日ほどあったはずのタイムリミットは、14時間6分になっていた。


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