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22:日記


「なあ、これって不法侵入じゃね?」


 何事もなく目的地へと到着した慧斗と來は、マンションの2階にある宮原妃麻の部屋の前へとやってきていた。

 現場検証の類はすでに終了しているのだろう。特に封鎖用の黄色いテープが貼られているといったこともなく、警察関係者がいる様子もない。

 部外者である慧斗たちは、当然ではあるが部屋に入るための鍵は所持しておらず、試しにドアノブを捻ってみるものの扉が開くことはなかった。


 しかし、どうしたものかと頭を悩ませる慧斗とは裏腹に、扉の前に膝をついた來はポケットからおもむろに細いピンのようなものを取り出す。それを鍵穴に差し込んだかと思うと、ものの1分足らずであっさり鍵を開けてしまったのだ。


「不法侵入とか言ってられないでしょ。ほら、入りますよ」

「~~~~っ、お邪魔します……」


 命がかかっているのだからやむを得ない。自分にそう言い聞かせた慧斗は、來に続いて部屋の中へと上がり込むことにした。

 1Kの室内は間取りこそ違えど、慧斗たちの住む部屋とそれほど大差ないように見える。違いがあるとすれば男の一人暮らしとは異なり、所々に洒落たデザインの小物や化粧品が置かれていることだろうか。


「……なんか、スゲー悪いことしてる気分」

「悪いことはしてるんですけど。とにかく、何か無いか調べてみましょう」


 傍から見れば空き巣と同じなのだろう、という倫理的な部分を一旦飲み込んでおくものとして、慧斗は部屋の隅にある棚の引き出しを開けてみる。

 収納されているのはシャツやスカート類で、おそらくは5つある引き出しのすべてが衣類なのだろうと予想できた。


 すでにこの世にいないとはいえ、持ち主に心の内で謝罪をしながら畳まれたセーターを持ち上げてみるが、特に変わったものは見当たらない。

 左右二つに分かれた最上段の小さな引き出しを開けかけたところで、女性用の下着らしきものが見えてしまい、慧斗は反射的に引き出しを元の位置へ戻す。


「いや、ここはさすがに……」


 一刻を争う状況ではあるものの、慧斗はあくまで善良な一般市民だ。他人の私生活を覗き見るような、ましてや土足で踏み荒らす行為はどうしたって抵抗がある。

 それが日常生活の中ではまず目に留まることのない異性の下着となれば、激しい葛藤が生まれるのは自然なことでもあった。


「なあ、來。そっちは何か……」


 一度気持ちを落ち着かせるために振り返った慧斗は、來が眼鏡を外してどこかを見ていることに気がつく。

 赤い瞳が向けられているのは、窓際に置かれた机の上の辺りだった。そこには大学で使う教材らしきものや、いくつかの文庫本が並んでいる。


「……ここに、強い感情が残ってます」

「え、視えるのか?」

「なんというか、残留物のようなものですけど」


 そう言いながら來が手に取ったのは、赤い表紙の分厚いノートのような本だった。表には金色の箔押しで『Diary』と記されており、宮原妃麻の使っていた日記帳なのだと見当がつく。


「見ていいのか……?」

「彼女の情報を知るという意味では、一番適してると思いますよ」


 未だ一歩を踏みとどまってしまう慧斗とは異なり、來は「失礼します」と一言添えると表紙を開く。

 日付はおよそ1年ほど前から始まっていて、読みやすいお手本のような文字が、彼女の几帳面な性格を表しているようだった。

 けれど、最初こそこまめに記録を付けていたようだが、ページを追うごとに間隔が空いていっているのが見て取れる。


「あー、日記ってそうなるよな。わかる」

「慧斗さんも日記なんてつけたことあるんですか?」

「まあ、夏休みの宿題とかで」

「ああ……」


 何かを察したような來はそれ以上を追及することはせず、続けてページを捲っていく。

 面白かったテレビの話や外食の記録、学校での出来事など、呪いに繋がる情報としては取るに足らないものばかりが続いている。


「……これ、去年の冬くらいですね」


 來が示した日付は、11月の中旬辺りのものだ。それまでの日常生活を綴った内容とは異なり、学校生活に関する不満が吐露されていた。


――もう学校に行きたくない。せっかく家を出られたのに、どうして馴染めないのかな――


――私が悪いの? 仲良くしたいのに、どうしてみんな私に冷たいんだろう――


「あんまり、学校で上手くやれてなかったのか……?」

「そうみたいですね。これ……この辺り、また少し変わってます」


 想像していた楽しい学校生活とは正反対ともいえる環境のせいで、毎日綴られていた日記も日が空くようになっていったのかもしれないと慧斗は思う。

 時折、ぽつりぽつりと落とされるような学校の不満だったものが、ページを捲る度に長く綴られた文章へと変化していく。


――勇気を出して話しかけてみたけど、はっきり拒絶された。もう友達なんていらない。あの人からも連絡がきた。教えてないのになんでどこで調べたの? 父親面して私を家に戻そうとしてる。やっと逃げ出せたのになんでなんでなんで――


 思わず眉間に皺が寄ってしまった慧斗は、同じような顔をした來と目を合わせる。どうやら彼女が上手くいっていなかったのは、学校生活だけではないらしい。

 彼女の元いた家での生活環境はわからないが、やっと逃げ出してこの場所で新たな生活を始めたというのに、思い描いていた通りにはいかなかったのだろう。


「なあ、もう良くないか? こんなの見たって……」

「待ってください。これ、慧斗さんのことじゃないですか?」

「え?」


 それ以上を読み進めていられずに目を背けた慧斗だが、まさか自分のことを書かれるとは思いもせず、改めて日記を覗き込む。


――デリマスの人、雨で大変なのに親切だった。比嘉さんっていうらしい――


「え、俺の名前……!? あ、そうか。アプリで……」


 配達をしてはいるが名札などつけていないので、どこで自分の名を知られたのかと驚く。

 けれど、デリマスのアプリでは注文をした客側に、商品を届ける配達員の顔写真と名前が表示される仕組みになっていることを思い出す。おそらく彼女はそれを見て、慧斗の名前を知ったのだろう。


「雨って……もしかして、そうか」


 ふと、初めてこの場所へ配達に訪れた時の光景が浮かんだ慧斗は、自身の鞄の中を漁り始める。來を追いかけた際に押し込んだままだった資料を取り出すと、くしゃくしゃになったその中から目的の一枚を取り出した。

 長い黒髪は顔周りで綺麗に切り揃えられている。整った目鼻立ちによく似合う、いわゆる姫カットという髪型なのだろう。

 載せられた写真の中の宮原妃麻という女性の生前の姿が、慧斗の脳裏にはっきりと呼び起こされる。


「そういえば、ちょっとだけ話したんだったな」

「彼女とですか?」

「配達の時、置き配指定だったんだけど雨の日でさ。置いたら濡れるしどうするかと思って、チャイム鳴らしたんだよ」


 当時の彼女は、雨が降り出したことにも気がつかなかったらしい。チャイムを鳴らして出てきた女性が、目を丸くしていた姿が思い起こされる。

 インターホンで確認もせずに扉を開けられたので不用心だと思ったのだが、何度も頭を下げながらお礼を言ってくれた彼女の姿が印象的だった。


――今日の配達は比嘉さんじゃなかった。残念。女の人、比嘉さんと知り合いだったりするのかな?――


――恥ずかしくて直接受け取れないけど、比嘉さんが届けにきてくれてた。配達が丁寧だからスープもこぼれてなかった――


――せっかくメイクしたのに比嘉さんじゃなかった。デリマスも配達してくれる人を指名できたらいいのに――


「なんか、俺のことばっか書かれてないか……?」


 配達先の人間からこんな風に待たれているなどと思いもしなかった慧斗は、肌の上を虫が這うような間隔にぞわりとする。

 合間に日常のことが記されている部分もあるのだが、ページが進むにつれて乱れていく文字で、そこには慧斗のことばかりが綴られていた。


「こんなに俺のこと書かれてたら、警察は俺が関係してるって思うよな……けど、加苅さんたちから日記の話なんて一度も――」

「慧斗さん、これ……最後の日付は彼女が死亡した日ですね」


――これから比嘉さんが配達に来る! 今日こそ直接受け取って、思いきって告白してみよう!――


 文章と共に記されている日付は、來の言う通り彼女の死亡推定日とされているものだった。


「……俺、この日に配達なんて来てねーぞ? まさか、同じ比嘉って苗字の配達員か……?」


 宮原妃麻が日付を間違えたのかとも考えたが、几帳面な性格の彼女がそんなミスをするとも思えない。そう考えた瞬間、そこで終わりだったはずの空白のページに、細く赤い染みが浮かび上がり始めた。


「は……!?」


 染みは瞬く間に広がって形となり、まるで血文字のように文章が書き足されていることに気がつく。


――比嘉サン 私ノ 私ダケノ人――


――モウスグ 届ケル 今度ハ 私ガ――


――助ケテ 独リニシナイデ 比嘉サン――


 まるで日記の中から直接語りかけられているような感覚に、慧斗は本能的に一歩を後ずさる。

 ここは彼女の部屋なのだ。ひょっとしたら、どこかで宮原妃麻が自分のことを見ているのかもしれない。そんな想像をしてしまって、慧斗は身震いする。

 それ以上は文字が増える様子もなく、來は閉じた日記帳を机の上に置いた。


「……執着の理由がわかりましたね。あの女の霊は、宮原妃麻だったんだ」


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