ロングティア
思ったより簡単に中に入れた。
パオラがいてくれたのもあったのだろうが特に魔法を使われた感じもなかったし身分証も無くした、又は村から出てきたばかりということにすればほんの少しの金で中に入れるようだ。
心配して損した気分である。
もちろん入街金はパオラのポケットマネーからである。
正直ここの統治を疑うレベルでザルなのだがいいのだろうか?
まさか俺に気付かれずに何か他の方法で探られたりしてないよな。
パオラはちょっとそういう裏のことが分かるようには見えないので、要らぬ不安を感じてしまう。
「しっかし見事に白一色だなぁ、こりぁ」
周りの城壁は灰色気味だったが中の街は真っ白に塗られていた。
道も壁も屋根もみな真っ白に。
いつかギリシアのエーゲ海の島々を旅行した時見た光景を思い出す。
たっぷりのオイルとタラモサラダを載せたブルスケッタやサガナキを摘みながらロゼを飲んだりしたなぁ。
いやぁ、懐かしいなぁ。
……今思い出すのは景色の方だったな。
確かあっちは島ごとに白の他にも赤やら青がアクセントにあったし赤茶の家も少しはあったなぁ。
ここロングティアでは完全に白だけ。
その白も綺麗な白だなぁ。
あちらと同じかそれ以上に。
「ああ、街のすぐ近くの北側で上質な石灰が採れるからな。
一昔前に風土病が流行してそれの防止、病魔自体の浄化と汚れを目立たせる目的がある。
まぁ一番の理由は聖教が神聖視する色だからというところだがな」
あぁ、聖教ね。
聖教については昨日聞いておいた。
なんでもこの世に安寧をもたらしたただ一柱の神(名前は知られていない)を崇めるものらしい。
全体として過激派で他の宗教を重んじることはなく完全に排斥、改宗させようとするらしい。
異端は審問することすらせず見つけ次第根絶やしにしてこの世に広く自分たちの教えを広げるそうだ。
……なかなか極まってるよね?
地球の宗教戦争酷い時よりも殺伐としてない?
ちなみに他にも知られている宗教としては精霊教、龍神道教、紅玉教がこの大陸にはあるらしい。
精霊教は火、風、水、土、光、闇の大精霊とそれ等に従う中精霊や小精霊に感謝し、そしてその全ての頂点に立つ精霊王を崇めるものだ。
懐の深い宗教で古くからその土地の精霊を崇めていたものをまとめた、つまり崇める精霊は違っても感謝していればいいというものだ。
さらに精霊はその世界ではそれなりに知覚できるし恩恵を授かることも多いので信者は多いそうだ。
この大陸では聖教と精霊教のツートップで次いで龍神道教があり紅玉教、その他と続くらしい。
また、この大陸意外でも精霊教は信者が多く世界全体では確実にトップのようだ。
しかし大きいからこそ一部では対立や過激派が見られるらしい。
龍神道教は他大陸から入ってきたものでその大陸に近い東の一部地域に根付いているようだ。
基本は水の神のようで水害や漁業、船旅などに影響があるらしい。
よって信者はその手の職業の者とその関係者が土地と関係なく一定数いるようだ。ちなみに聖教が強すぎるここロングティアには港町にも関わらず入ってきていないようだ。
シンボルカラーは深い青だそうだ。
紅玉教はなかなか面白く、主に娼婦とその関係者に信仰されているもので、美を司る女神、それも現人神の『紅玉様』を崇めるもので、この女神様は似姿を自由に変えられ、様々なタイプの美女、美少女の姿で多くの街を渡り歩いているという。
しかし左耳には必ずルビー、紅玉を金で縁どった飾りを付けているらしい。
そして彼女と閨を共にし情を交わせば、女ならば輝かんばかりの美を、男ならば夢のような一夜を得ることができると言う。
そう、この女神様は当たり前のように人間と寝るし更には二刀流でもあるらしい。
なかなか聞かない話で面白いだろう?
ちなみに美の神だから娼婦に好まれるのはもちろん、昔娼婦に性病の在り方と予防法、治療法を与えたことも娼婦達に崇められる理由だそうだ。
さらにその性病の治療には真っ赤な林檎を使うことが多いそうだ。。
ね、やっぱり面白いでしょ?
ちなみに他にも様々な逸話があるらしい。
これらは全てパオラから聞いた話だ。パオラがロングティア市民なのに聖教に批判的な発言が多いのは彼女が紅玉教だからだ。
なんでも母は元娼婦のエルフなのだが水揚げの日に父である領主の相手をしてそのまま身請けされたらしい。
こっちの世界にも身請けってあるんだなぁ。
地球でも今はグレーゾーンから裏社会や発展途上の国に限るがそれなりに似たシステムがあるからね。
一世紀遡ればそれこそ、ねぇ。
まぁ、パオラは母とその友人達と関わるうちに紅玉様に憧れるようになったらしい。
生粋の聖教信者の父親には上手く隠していたようだけど、本当に隠しきれていたかは甚だ疑問である。
今、眼前に広がる白い景観は水龍の青も、艶やかな紅も、その他精霊の儚く、されど豊かな色彩も否定し塗りつぶしている。
そう思うとこの陽射しを受けて目が痛くなるほどに輝く白よりも陰鬱な影に目が行き不思議なものだ。
一応言っておくが俺は神がどうのこうのの前に父を崇拝、敬愛している。
よって酒の神を信仰していることになるが別に父が神でなくても崇拝しているのであまり関係はない。
信仰と崇拝はニュアンスが違うのでそこん所は宜しく。
敬愛までいくと全くの別物だしね。
あぁ、でも純粋に酒は凄いと思うし美味しいし本当に最高、以前父上のとっておきを一杯グラスで頂いたことがあるが、あの時はもうほんとうに凄まじかった。
ちょっと言葉では言い表せないよね。
あの酒を求めて世界規模でドンパチやっても簡単に納得できるよ。
あぁ、あれを思い出して語ろうと思えばいくらでも語れてしまうね。
ツマミもいいものを作ってくれたしね。
無事に戻れたら父上に強請ることにしてそろそろ切り替えようか。
聞いた感じ紅玉教は信仰もあるけど崇拝やら尊敬、憧憬の色も強そうだよね。
嫌いじゃないよ。
精霊教も無くはないけどね。
でも精霊ならオールおっけ! というのは少し違うと思うんだ。
大体精霊って人を想いやるようなのなんてほとんどいないし、価値観の相違もある。
コミュニケーションがとれる人も聞いた感じ多くはなさそう。
だから土地神的な立ち位置にいるんだと思う。
悪くはないしまぁどちらかと言えばいいとは思うんだけど、どうしても俺としては胸張って肯定することは厳しいかなぁ。
まぁ、日本の土地神含めた神の二面性もなかなかだけどね。
荒御魂と和御魂ってやつね。
なんて言うか普通に心穏やかに生活しててもどっかでフラストレーションが溜まっていき、なにか切っ掛けがあればバーサーカーに早変わり。
暴れ疲れたら、心優しく、自然や人を愛する神に戻るって感じだったねぇ。
さてさて日本の神の話は置いておいて、こっちの宗教では個人的には紅玉教が面白いと思う。
是非に紅玉様お目通りしたいものだ。
あぁ、別に肌を重ねたいとかじゃないよ。
その生き方に興味があるかなぁ。
まぁ基本的に不変な神様にとって生き方って言い方はあまり的を射てないけどね。
紅玉様ラブで色々語ってるパオラを叩いて今度は産業について聞いてみる。
ちなみにどんなに熱く語っても周りの人には聞こえないように魔法でシャットアウトしてたから大丈夫。
違和感ぐらいはあるだろうけどね。
港街ということで漁業は活発。
海運としてもそれなり。
どっか海の向こうの国と取引してる訳ではないが近くの島にマキャオ族という狩猟民族が住んでいて多少交流があるようだ。
他にも色々と取引があるがどちらかと言うと漁港としての色が強めなように感じた。
各地とのやりとりは周辺に大きな港が少ないので仕方ないのでここに集まってる感じ。
それでもやはり様々なモノが集まり、それを求めて人と金も集まるそうだ。
領主の城がほぼ中央よりやや北にあり、そこから南は全部白の家屋で港関連やら商店、教会、技師を囲っていたり、職業兵士、まぁ常備兵や騎士が住んでいる。
城より北側は白の建物も多いが他の色も混ざっていて、基本的には住宅地となっており、商人や身分の高い者が訪れることはなく、現地住民が住んでいるだけだ。
北側の方が治安が悪く、警備兵の数も十倍以上違うという。
もちろん南の方が多いのだ。
もっと言えば北門の外には貧民街のようなものがあるという。
俺はどちらかと言うと港の大きな建物の影で裏取引や武力交渉があるのではと思っていたがそうでは無いらしい。
あくまでパオラの主観なので絶対無い訳では無いだろうけれど。
……やっぱりある気がするなぁ。
小綺麗な建物の影や下でなんかやってんじゃないのぉ?
まぁ、どちらにせよ今のところ関わることはないだろうけどね。
そして今向かっているのは南側と北側の境あたりにある傭兵ギルド『島喰い鯨』というところだ。
目的はもちろん身分証明書になるものを手に入れるため。
ここでまず傭兵ギルドについて説明しよう。
基本的に対人、対魔物戦闘の戦闘員を擁していて、短期、長期問わず戦力が欲しい依頼主がギルドに依頼を出し、ギルド側がその依頼内容を見極め難易度別にランク分けを行いそのランクに適したものがその依頼を受けることが可能になるというシステムだ。
ランクは対人と対魔物で別々だという。
そしてその基本的なシステムは傭兵ギルドを名乗るなら共通だが、各ギルドによって得意分野が異なったりしており、『島喰い鯨』は海賊の追跡及び討伐、船上戦闘、水辺の魔物討伐、北西に存在する城型ダンジョンの攻略が秀でており、依頼事態もそれが大多数を占めているという。
逆に山岳や森林、平野での戦闘や大規模な戦争、攻城戦、防衛戦、馬車等の護衛を得意とする所属員は他の傭兵ギルドと比べると少ないようだ。
ちなみにギルドと言われるものは傭兵ギルド以外にも多数あり、商業ギルド、農業ギルド、漁業ギルド、手工業ギルド、鉱業ギルド、建造ギルド、薬師ギルド、運送ギルド、学術ギルド、魔導士ギルド、従魔ギルド等など様々なギルドの種類がある。
特に商業ギルドと手工業ギルドは他のギルドと比べても巨大でギルド内にも数多くの部門がある。
これらのギルドで注意したいのが同一のギルドと名乗っていてもひとつの大きな会社のようなギルドと橋渡しや同職の認可などを主とする組合としての色合いが強いギルドの2パターンがある事だ。
傭兵ギルドは前者の方だね。
また各ギルドにエンブレムがあるのだがこれはギルドの業種事に下地の形が異なり、描かれるものは各ギルド事に異なるそうだ。
『島喰い鯨』は傭兵ギルド画一の正六角形で、海を表す青の地に大口を開けた鯨が描かれている。
縦長の長方形なら商業ギルド、盾型の上が水平で下に向かって曲線になっていれば手工業ギルドだそうだ。
今回の目的は身分証明書となるギルド所属証を得ることなのでどのギルドでもいいのだが、この世界に来たばかりなので下地もない為身一つでなんとかなるギルドであり、過去の詮索も最低限という傭兵ギルドに登録することにしたのだ。
他業種のギルドなら兼ねることができるのでもし必要になったらその時々で登録すればいいからね。
傭兵ギルド『島喰い鯨』は白の壁はあるが木材がそのままの色で出ているところもあった小体育館ぐらいの大きさの建物だった。
体育館ほど天井は高くはなく普通の二階建て程だけどね。
奥の方には多くの部屋があるらしく受付カウンターはかなり近かった。
……受付嬢らしき女性がカウンターに突っ伏している。
おい、それでいいのか?
周りには他に誰もいないが奥の方には他にも何人もの気配がある。
とりあえず目に見える範囲にはこの人しかいないのでパシパシと叩いて起こす。
「ううぅ〜。
なんですか、もぉ」
ぱっと起きることはなく目をしょぼつかせながら視線だけを向けてくる。
図太いなぁ。
「はじめまして。
こちらのギルドに登録をおねがいしたいのですが」
「はぁ〜あ、とーろくですね、とうろく……ふぁっ!?」
受付嬢さんが眠たそうな顔が驚愕を浮かべ、ガバッと音を立てて勢いよく飛び起きる。
そしてカウンター向こうの今まで座っていた椅子を倒してしまう。
その音を聞いたのか奥の扉が開いて女の人が出てきた。
「ちょっと何事よ」
「あぁ、先輩なんでもありません。
ちょっと椅子を倒しちゃっただけですので」
受付嬢がすぐさま返事をした。
「そう?
ならいいんだけど。
お客さんがいるんだからしっかりしなさいよ。
どうも申し訳ありません。
ご依頼でしょうか?」
奥から出てきた先輩が俺を見て話しかけてくる。
「いえいえ、登録をおねがいしたいなと」
依頼ではなく登録だと言うと怪訝な顔をされた。
まぁ、おれの見た目は荒事を得意とするようには見えないもんな。
「武具のひとつもなしに傭兵ですか?
魔法使いの方でしょうか?」
あぁ武器を持ってないから不審がられたのか。
ちなみに今の俺の格好は先程服屋に通りかかった時にパオラに買って貰ったこの世界のやや高級な普段着である。
普通の傭兵の服装ではないのは確かだ。
ついでに今パオラはギルドの前で待ってくれている。
俺は空間魔法でいつものナイフを出しながら答える。
「えぇ、魔法も使いますし、武器もナイフが得意ですが剣、槍、弓、棒もそれなりに扱えます。あと徒手格闘の方もできますので」
「そっ、そうでしたか。
ありがとうございます。
……それでもしや今使われたのは空間魔法でしょうか?」
ギルドの人が改まって質問してくる。
別に隠す気は一切ないので肯定する。
「えぇ、手荷物が減って便利です」
「空間魔法を使えるとは素晴らしいですね。
……それでは当ギルドについてお話させていただきますね――」
まぁ難しいことは何も無かった、自分のランクに適したのを受けてくださいね、というだけだ。
ちなみに亜空間系の魔法についてパオラは魔法使いが一万人いたらきっと一人ぐらい使える。
というかこの国に今五人使える人がいると言っていた。
かなり珍しいようだが、まあこのぐらいなら晒してなんの問題もないだろう。
敵対者は滅ぼし、俺を扱うなんて思い上がった連中は思い知らせてやればいいのだから。
「それではランク分けのための試験を受けて頂きます。
ちなみに対人と対魔物ではどちらの方がお得意で?」
「対人戦の方ですね。
試験は実際に試合でもするので?」
「はい、今は対人、対魔物共に元Bランクの職員がおりますので、彼と試合をしていただきます。
それではサフィール様、こちらへ」
そうそう、ちょっと訳あって本名は隠して起きたかったのでここでは蒼月の蒼から蒼玉、つまりサファイア、これをフランス語にしてサフィール、ネーベル・サフィールと名乗ることにした。
ネーベルは霧のドイツ語である。
これは既にパオラにも伝えてある。
イタリア語だとザッフィーロやネッビャとなり、それでも良かったのだがパオラからすると言い辛く、名前っぽく聞こえないらしいので却下になった。
ちなみにソウゲツは大丈夫らしいがソウギョクはだめっぽい。
アサギリもまぁそれっぽくなくもないという微妙な言われようだ。
さてさて職員さんに連れてこられたのはギルドの裏庭だった。
そこで待っていたのは筋骨隆々というのをまんま体現したような男だった。
金属製の胸当てとアームカバーをしており、ほかは暗い色のレザーアーマーに覆われている。
焦げ茶色の髪が何やら軽そうな甲殻のようなヘルムに押さえつけられ、その奥にはギラついたヘーゼル色の目が光り、真っ直ぐこちらを覗いている。
背後にはグレートソードだと思われる大きな剣が差さっている。
バスタードソードはもちろん、一般的な片手剣以上のサイズのものと戦ったことはないので少しテンションが上がってきた。
ロングソードは見たことならあるんだけどね。
「おう、初めましてだな。
試験官のグレイだ。
よろしくな」
手を差し出しながら話しかけてくる。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
握手はこちらでも一般的な文化である。
差し出された手を軽く握る。
そして今度はある程度の距離を取ってから職員の女性に目をやる。
彼女は軽くうなづいてみせてから、グレイ試験官にも視線を向けてから、右腕を上げて合図を出して言う。
「それでは、始めてください」
その言葉と同時にグレイ試験管は背中の大剣を抜き左右に大きく振ったあと切っ先をこちらに向けてかなりの速さで迫ってくる。
ふむ、刺突か。
ならば。
「んなっ!」
半身にしながらナイフの柄頭で相手の刃に対して少し角度を付けて叩き落とす。
こっちにも反動が来て弾かれるが、弾かれたその先はグレイ試験官の胸あたり。
金属製の胸当てがあるので受ける可能性もあったが、慌てて小さなバックステップで避けるが刺突のため身体は伸びきっている上に大剣という重りがある。
手放すことも出来ただろうがそれを選択せず無理に刃をギリギリ避けられるほどのバックステップを踏む。
なんだ受けなかったのか。
受けたら笑いながら切り刻んで鉄クズに変えてあげたのに。
しかしそんなに得物が大事だろうか、ならそれを奪ってみよう。
間合いを一歩で詰め次の足を大剣の上に乗せる。
そして相手側に力をかけ完全に踏み切る。
最初から勢いをつけて踏み抜いたり、最初の位置からかかと落としをしたり、もっと近寄って掌打で得物を落とさせても良かったがそれだと相手の得物が少なからず被害を受けそうなので辞めておいた。
この方法なら武器はさほど痛まずに落とすことが出来るからね。
まぁ、俺に重さはそこまで無いので瞬発的な筋力とか闘気を扱えなかったりするとこの体格差では難しいけどね。
今回は軽めに闘気を使って見たが元Bランクの試験官が意味が分からず驚愕、といった表情をしているのを見る限りやはり闘気は知られていないのだろう。
少なくとも普通の一流程度の戦闘職には。
グレイ試験官は俺が何をやったかはわからないが今の自分の状況は理解出来ているようで俺に蹴りを放ってくる。
おぉ、思ったより体術も出来そうだね。
今の状況で回避すると得物を奪い返される可能性があるので再び気を使って腕でガード。
多少体勢が悪かったとはいえ、自身の蹴りを受けて微動だにしなかったため試験官は顔を顰めている。
俺はその間に足元の大剣をすぐさま回収できないあたりにまで飛ばす。
これは魔法でだ。
ランク決めの試験なので多少は色とりどりな手札を見せた方がいいだろうからね。
次にナイフを手首のスナップで投げる。
このサイズだとなかなか厳しいがまぁやってやれないことは無い。
ナイフはグレイ試験官の左の頬に切創をつけて30メートルほど先で落ちる。
そういえばこの世界の単位って地球と同じだろうか?
多分違うだろうな。
後でパオラに聞いてみよう。
ダンジョンコアももっとそういう知識をくれても良かったのに。
グレイ試験官は大きくバックステップをして構える。
さっきも咄嗟に蹴りをしてきたけれども、その構えを観るとやはり蹴りを主体としていることがうかがえる。
どうせなので付き合うことにした。
俺も構えて右手をくいっとして来てみろよと挑発してみる。
こっちでも通じたようでこちらに向かってくる。
どうせなので口笛を吹いてさらに煽ってみる。
それでもそれなりに冷静なようで雑になることは無くしっかりとこちらを見据えながら前蹴りをしてくる。
俺はすぐさま体を落としながら背面を向き両手の指全体を地に着け、後ろ向きのまま足を相手の胸当ての下あたりに突き出す。
「うがっぁ」
面白いように飛んでいってくれる。
すぐさま体を元に戻して向き直り駆ける。
そして今度は少し手前で跳び、顎を真横から蹴り抜いてやる。
俺が丁寧に着地して相手の顔を覗くと既に意識は無くそのままゆっくりと前方に倒れた。
麗しい女性ならまだしも歳のいった大男を抱きとめる気はない。
俺は振り返りギルド職員さんをみて笑顔を浮かべながら尋ねる。
「さて、これで試験は終了ですか」




