ヴィオラ
家の前の持ち主を想いながらパオラに続いて中に入る。
これは空間にも干渉してるな。
中の空調は完全に停止しているのに澱んでいる訳でもなく清々しささえ感じる。
室温、湿度共に偏りが一切感じられない。
まぁ、そんなこと分からなくとも外見以上に広い中を見れば一目瞭然だな。
高床なのに地下への階段とかほんと笑っちゃう。
あとそのおっきな暖炉とか意味ないよね。
常に快適なんだから。
……マジかぁ。
はいはい、そういうね。
あー、あー、あー。
他にも色んなとこにいるわ。
なるほど、流石賢者の家だな。
見える範囲だけでもいるわいるわ。
周りには熱を伝えない暖炉には火蜥蜴。
作業台の上の色鮮やか山積みの結晶体の上には楽しそうに宙で踊る風と水の妖精達。
壁にかけられた乾燥させた植物の束にまとわりついているのは葉っぱが身体中から飛び出している小人。
外からは見えなかった光の差し込む窓際にはマンドレイクが座り込んで足をプラプラ揺らしている。
あ、レプラコーンもいた。
それ以外にも見たことないやつもいるがある程度どういうものかは想像がつく。
元々こういう奴らは場所によって姿形が違ってくるからあまり考えても意味が無い。
ただなぁ、奥の隅っこで三角座りしてるの、あれ泣き女だよなぁ。
めっちゃ薄くなってるし。
賢者とやらがいなくなり、憑いている家人がいなくなったからだろうか、かなりの魔力が周りに溶け出している。
たぶんパオラとは合わなかったんだろうなぁ。
家の中に入ってるってことはブラウニー的なこともしてくれるタイプの方だと思うんだけど。
……ちょっと近寄ってみるか。
やはりかなり魔力等は漏出してしまっているようだ。
だが僅かに残っている魔力の質自体は高く、元の力はかなり高いように思える。
血のような力強さを感じられる赤髪に赤眼をしていて、シンプルな白い貫頭衣を着ているから余計にその強い色に目がいく。
そして不意にその赤い眼が俺を捉え、大きく開かれる。
おいおい、家憑きがここまで接近してやっと気づいたのかよ。
かなり弱ってるなぁ。
仕方ない、意図的に切っていた魔力を外に解放しこの場の魔力と漏れ出た彼女の魔力を巻き込みながら彼女の周囲に留める。
これだけでもだいぶ楽になるはずだ。
だからそんな、
びっくりしたぁ!
ありがとぉ!
でも、貴方だぁれ?
みたいな顔しないでよ。
……なんか思ったよりも子供っぽいなぁ、表情が特に。
結構死にかけなのに悲壮感のようなものも感じないし。
もしかしてあんまり状況分かってないのか?
それにバンシーってもっと妙齢な美人さんが多かった筈だけど。
まぁ、さっきも言ったとおり姿形はそこまであてにならんけどね。
見ていると思ったよりも魔力を吸収することが苦手みたいなので少々力技で詰め込んであげた。
あぁ、大丈夫だよ、家憑きさん。
少しの間ここにいるだけで住むわけじゃありませんから。
だからなんでそんな近づいて来てるんだよ。
やめてやめて。
そんな俺の袖持って泣かないでって、あれ?
泣いてない?
……歌?
バンシーじゃないのか?
まぁ、この世界にバンシーがいるかどうかもわからんけどね。
しかし歌かぁ。
そりゃ力のある精なわけだ。
歌は呪文や祈りの派生と言ってもいい、それほど魔法とは密接な関係にある。
逆に歌から、正確には曲から言語、ひいては呪文が生まれた、つまり歌や音楽こそが原初の魔である、と唱える人もいるぐらいだ。
歌を唄う精は場所を問わず土地にも動植物にも影響力が強く、魔力との親和性が高いのは勿論のことで霊力にも通じていることが多い。
恐らく精神の在り方と歌の力の関係や、紡ぎ出す言葉、言霊などのせいだろう。
この今歌ってる精も多少魔力を戻してやっただけでもかなり強いなぁ。
それに容姿もかなりいい。
先程までと打って変わって潤んで熱を湛えた瞳にシャープな印象を与えてくれる顎のライン。
スレンダーだと思っていたが近づくと思ったよりも胸は大きい。
可愛いというより綺麗だが顔立ち自体は少女と大人の女の間ぐらい。
容姿も素晴らしいし、強さも兼ね備えているのがいい。
端的に言って、欲しい、そう思えるほどいい女だ。
あぁ、一筋の涙が彼女の目尻から零れ落ちた。
なぜ歌いながら泣いているのかは俺には完全には分からない。
しかしながらその涙に悲壮感といったものは感じられない。
むしろ喜びや感動といった心地よい感情が見てとれる。
まぁ、ニュアンス的なものは歌に込められた魔力と想いで理解出来るからね。
俺は魔力を完全に活性化させ全身に巡らせる。
この状態なら精霊などの霊体や精神体の殆どに触れることが出来る。
ちなみに下手な、というか普通に巡らせると触れられるけどそれだけで相手にダメージを与えてしまうので注意が必要だ。
祓ったりするだけならなんの問題もないけどね。
その状態で袖をちょこんとつまんでいた彼女を強引に抱き寄せ優しく左の腕を腰に回す。
右の手は親指で目尻を擦り、顔の輪郭に添わせてこちらをしっかりと向かせる。
「お前達はいつも享楽と色褪せた愛を求め彷徨っている」
それは人に憑く精の不変の在り方だ。
俺はそれを否定する気はない。
寧ろ好ましいとすらおもっている。
その在り方があるからこそ、そこに美しさがあるのだから。
しかしだ。
「彷徨い、苦悩し、迷いの霧に呑まれた歌姫よ、ひとつ教えてやろう。
お前達は迷い人。
迷い人は皆、常に標になる何かを求めているのだ」
標を完全に失った精に置いてはその限りではない。
悠久の時を、過去を、現代を、未来を生きる者がそんなことになってしまえば、行き着くのは色褪せたどころか色彩も音も優しき光も絶えた寒々しい夜に、茨に雁字搦めにされ、その棘を感じるだけなのだから。
「お前の言葉で、歌で応えてくれ。
何を標に曙の光を探し求めるのか」
我ながら意地の悪い問いだ。
更には利己的で詐欺にも近いものがある。
それでも、今の彼女はそれを選ぶだろう。
先々の行方知れずの生より、目先の享楽と歪な、しかし真摯な愛に生きればいい。
少なくとも今の俺は本心からそうおもっている。
俺の腕の中にいる彼女の眼に決意の光が宿る。
空気が変わる。
彼女の唇から零れるのは誓いの歌。
契約ではない。
共に生きるという一生に一度の貴い誓いだ。
今の彼女、純粋なる歌の精としての最後の歌を俺は静かに耳で、肌で、感じる。
短く永いその歌を……
「だいぶ時間を使ってしまったな。
パオラ、準備はいいか?」
「いや、私はそれほど時間を使ってはいないのだが。
いきなり2人で酒盛りなどをしたせいだろう」
いや、だってね、せっかく歌の精が俺の使い魔になってくれたんだよ。
それも新しい名前を付けて肉の体も手に入れたんだ。
そりゃ道中で節約してたパンやパニーニに手を伸ばしながら1杯やるしかないでしょうよ。
そうだよな、ヴィオラ!
俺の使い魔になったことによる変質で紫、いや、菫色になった瞳でこちらを振り向く元バンシー似の歌の精。
別に声を出したわけではないが結び付きの強い使い魔はこちらの心情を理解してくれるので、呼ばれたとおもって振り向いているのだ。
そして首を軽く傾げている。
まぁ、常にちゃんと俺の心や思考を読んでいるわけではないので、呼ばれたのは分かったが何に同意を求められているのか分からなかったのだろう。
「いや、初めての食事はどうだったって話さ。
美味しかったろ?」
「うん、すんごくね、美味しかったし、楽しくて嬉しかった」
子供っぽさのある声や仕草でヴィオラは返してくれる。
「今度もっといろんな物食べさせてあげるからね。
期待しててね」
使い魔化した時少し幼くなってしまって少し残念だが小さくて純真な子どもは好きだし、この世界では弟や妹達もいないのでこれはこれで良かったと思う。
一応言っておくけどぺドフィリアではないからね。
「ほんと!ほんと!?
すんごく楽しみ!
そー様だいすきー!」
そう言って俺の胸に飛び込んでくるヴィオラ。
うん、実際に浮遊してくるのだ。
そんなヴィオラを抱きしめて可愛い顔を見つめて、互いに小さく笑い合う。
俺の右手はそんなヴィオラの頭をを無意識のうちに撫でていた。
ちなみに蒼月様と言おうとして「そうげちゅしゃま」と思いっきり噛んでその照れ隠しからか「そー様」
と呼ぶことにしたらしい。
元歌の精なのにそんなことでいいのだろうか。
「なんだかとても疎外感を感じるのだが…」
傍にいるパオラはヴィオラに若干苦手意識を持たれているのでそんなことを呟いている。
全く、お前にはシャルルがいるだろうに。
それより昼前には街の中に入りたいのだ。
さっさと行くぞ。
ちなみにメイビスは街に入れるか迷ったが、パオラが悪目立ちするから辞めてくれと半泣きで懇願したので、森で遊ばせることにしたので今はここにいない。
狩った獲物はパオラの家に置いておくそうだ。
帰ったらパオラの家の周りに血の池が出来ないことを祈るばかりである。
パオラの家から街までは普通に歩いて十五分程だった。
ヴィオラといろんな話をしながら街の門の近くまで来た。
ヴィオラとの会話はこれまでとして、街の方に目を向ける。
俺たちの前に馬車が三台停まっており街に入る手続きをしている。
行商人らしい。
モンスターが出るのに護衛のようなものは見当たらない。
御者や商人を見るとある程度戦闘の心得があることは分かるが人数は多くないし装備もそれ程いいとは思えない。
となるとやはりそれを曳く馬だろう。
かなり大きな荷馬車だがまさかの1頭立てである。
普通なら馬力も操作性も難がありそうだが曳いている馬を見ればそんなことは思わないだろう。
っていうかあれほんとに馬?
体高は4メートル近く体長は尻尾も合わせれば10メートルは優に越すだろう。
一応俺の知っている重種をそのまんま大きくしたようなもので角が生えたりとか脚が多いとかいうファンタスティックな特徴がある訳では無い。
ただただでかいのだ。
これならリザードマン数匹なら軽々踏み潰せるだろう。
それを見て改めてここが異世界なのだと理解する。
異世界、その恐ろしい点は自らの常識も知識も通じない事だ。
馬という言葉で俺はこんなものを思い浮かべることもなければ行商の形も違う。
今見える街の城壁も地球のものとは違和感を覚える。
この世界に骨を埋めるつもりは更々無い。
俺はこの世界を生き抜き理解し糧とする。
そしてふざけた神を殺す。
それを成すには、やはり知識がないのが痛い。
そんなこと関係なしに全てを踏み潰す力があれば別なのだが、生憎俺はそれ程戦闘も統治も得意な方ではない。
だから一歩一歩着実に、焦ることなく、勿論驕ることも無く歩いていくのだ。
俺は朝霧蒼月。
朝霧の杜の一員であり、御門黒恋の息子だ。
不可能などありはしない。
もし出来ないのならば自分がまだ至らないだけ。
必ず成し遂げて見せよう。
さぁ、いこうか。




