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神生ゲーム~天が覗く間奏曲(インテルメツォ)~  作者: 猫宮めめ
茜色の交叉路

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3話 領域型の妖

 緑の空間から無事抜け出した海里は後ろを振り返る。健も無事に抜けられたようで安堵する。

 一瞬、健の目が紅く光って見えたが、気のせいだろうか。


「健君も無事でよかっ――」


 安堵を零し、声をかけようとした視界に蠢く影が映し出される。


 ほとんど閉じた裂け目の合間を縫って伸びてきた蔦が健の背後に迫っている。

 咄嗟に龍刀を構えようとするが、タオを抱えたままではできない。


「健く――」


「しつこい」


 背後に視線を遣りもしない健の一言。すぐ傍まで迫っていた蔦が千々に切り裂かれる。


「よかった。健君、怪我はない?」


「ええ、海里さんたちの方は?」


「俺は大丈夫。タオさんも怪我はありませんか?」


「下賎な者に触れられていること以外は無事よ。早く下ろしなさい」


 抱えたままだったことを思い出し、慌ててタオを下ろした。タオは海里が触れた箇所を手で叩きながら、家の方を睨みつける。


「まだ匂いがするわ」


 海里たちを捕らえた領域型の妖が茜桃を盗んだ下手人ということで間違いないということか。

 とはいえ、この場にいるメンバーだけで対処にあたるのは流石に荷が重い。


「一度家に戻ってレオンたちに話をしよう」


「その必要はありませんよ」


 背後から聞こえた声に海里は肩を震わせた。

 知っている声だ。知っている声が仄かに怒気を含んで投げかけられた。

 恐る恐る振り返れば、レオンが立っていた。


「クリス様からの連絡で、慌てて来てみれば、これはどういう状況ですか?」


「レオン、あまり海里様を責めるな。大方、タオが無理を言ったんだろう」


 窘めるレミは鋭い瞳でタオを見ている。事実である以上、庇うこともできない。

 下手に庇えば、タオがもっと怒られるだけだ。


「申し訳ありませんが、そーいう話は後にしてください。あれの対処が先です」


「貴方は……」


「それも後。来ますよ」


 視線で示された先で、家だったものがぐにゃりと歪んだ。形を変えた先にいるのは歪な形の植物だ。

 何重にも蔦を巻いた身体に、赤黒いもので構成された花弁の顔。滴り落ちる雫は血の色をしていた。


 それは数百を超える蔦の大群だった。様々な形状の蔦は統一感のない動きで、この場にいる者たちを襲いかかる。


「タオさん!?」


 傍にいるタオを庇うように海里は龍刀を抜く。龍刀を振るえば簡単に切り裂ける程度の強度ではあるが、あまりにも数が多すぎる。


 十を切り裂く間に倍の数が迫ってくる。

 なんとかタオを守ることはできているが、他のみんなの状況を把握する余裕はない。


「この程度の攻撃など、あたしの敵じゃないわ!」


 タオは生成した小さな赤い実を広範囲にばら蒔いた。赤い実は粘着性を持っているようで、蔦同士が絡み合うようにくっつく。


 複数の蔦が一つに纏められ、お互いが干渉し合うせいでまともに動けなくなっている。

 その間に本体に向かって駆け、なるべく根元に近いところを切り落とす。


 頭上では強風が駆け抜け、多くの蔦を一瞬で切り裂いた。ばらばらになった蔦が降り注ぐ中で、傍らにレミが着地する。


「お怪我はありませんか?」


「うん、大丈夫」


 安堵を描く裏でレミは荒れ狂う蔦を風の刃の餌食にしている。広範囲を走る風は、新たに生まれる蔦さえも次々と切り裂いていく。


「本体を倒さねば意味がないか」


 切っても切っても蔦は湧いてくる。レミは睨むように本体、肉の花弁としか言いようがないものをいくつもつけた植物型の妖を見遣る。


「レミなら近づける?」


「厳しいでしょうね。その前に蔦に邪魔されます。仮に近づけても、その間に攻撃力は削がれるでしょう」


 同じ理由で遠距離攻撃も難しい。届く前に蔦に邪魔されるのがオチだ。


「海里様は一度下がってください。道は作ります」


「……分かった」


 本当は一緒に戦いたかったが、我儘は言えない。

 レミは妖処刑部隊のエースで、一人残したところで問題はない。それよりも庇護対象である海里がいることの方が問題だ。


 邪魔にはなりたくない、迷惑はかけたくないと素直にレミが作った道からレオンの傍まで退避する。


「海里様、お怪我はありませんか?」


「大丈夫、怪我はないよ」


 まったく同じ質問をレオンから投げかけられ、呆れながらも言葉を返した。

 どうしたって海里は守られる側なのだ。


「倒せそう?」


「あの程度の妖ならば今まで何度も相手をしてきていますから、ご心配なされる必要はありませんよ」


 笑顔乗せた返答は海里を気遣ってのものだと窺い知れる。

 なんとなく距離を取られている気分で少し寂しい。これも我儘だ。


 海里は癖になった笑顔で内心を押し隠し、「そっか」とだけ答える。

 今は邪魔にならないことだけ考えようと思考を切り替えた海里は、健のことを思い出して視線を巡らせる。


 危険な状況に陥っているなんてことは想像できないが、一つ下の少年の安否が気にかかった。

 健はすぐに見つかった。特に何をするでもなくその場に立ち尽くしている。


 怪我しているようには見えないが何かあったろだろうか。少し離れた位置に立つ小柄な少年に歩み寄る。


「健君? 大丈夫?」


「そこ、危ないですよ」


 投げかけられた言葉の意味を理解するより先に腕を引かれた。体勢を崩し、よろけた海里を健は危なげなく受け止める。


「ありがとう」


 お礼を告げながら、元々立っていた位置を顧みる。

 ちょうど海里が足を置いていた位置から太い蔦が飛び出していた。先端は鋭く尖っており、あのまま立っていたら怪我をしていたことだろう。


「地雷……というわけでもなさそーですね。ランダムで蔦が出現する術といったところでしょーか」


 どうやらあの妖の攻撃は本体から放たれるものだけではないらしい。


「ここもまだあの妖の領域ってことかな」


「でしょーね。範囲としては家の敷地内といったところでしょーか。領域内ならどこからでも蔦を出せるみたいですね」


 最初閉じ込められた空間を脱して領域から出られたと認識していたが、そういうわけではないらしい。

 ただ佇んでいるだけに見えた健だが、それを確認していたのだろうか。


「その割にはあまり出てないように見えるけど……」


 蔦が出現したのは先程健に指摘された場所くらいで、他の場所には出ている様子はない。

 もし蔦が出現していたら、本体と戦闘しているレミたちも更なる苦戦を余儀なくされるところだが。


「いくつかは出現する前に俺が潰しています」


 さらりと言ってのける健。短い時間でも相当規格外の人物なのだと思い知らされる。


「キリがないので、そろそろ別の手段を講じようと思っていたところです」


「別の手段って?」


「領域に別の術をぶつけることで、その効果を阻害する方法ですね。領域型の妖相手には最も効果的と言われています」


「それ、言葉で言うほど簡単じゃないよね?」


「理論が確立された当時は机上の空論とまで言われていましたからね」


 それはそうだろう。他者の術に干渉すること自体が難しいのに、相手の要となっている術が相手など、単に術の扱いに優れているだけでできるものではない。


 相手の術式を読み解く分析力と、それに合わせて術式を編める力、それを実行できるだけの霊力、それらを行うための時間がすべて揃っていないと不可能だ。


 前半の二つだけでもできる者はほんの一握り。

 海里の知り合いの中では妖華くらいしかできそうな人物が思い浮かばない。もっとも妖華クラスになれば、わざわざそんな面倒なことをしなくとも敵を倒すことができる。


「できるの?」


 机上の空論とまで言われていた方法を持ち出したからには実行可能と言える根拠もあるのだろう。


「数十年前にその方法を実践した妖退治屋がいました。その人もその人で化け物と呼ばれるくらいの実力者ではありますが、そこからアレンジを加えれば、俺でも実行可能までに落とすことはできます」


 元々あった理論を簡単にしたと健は言っているようだけど、化け物と呼ばれる人物の術式にアレンジを加えられる時点で相当の実力者なのではと思ったが口は挟まない。


「術式の構築は概ねできたので実行します」


「……うん。お願い」


 レミたちの動きの邪魔になる蔦を排除と領域の分析と対抗する術の構築を同時並行で行っていたらしい発言に苦笑を零す。


 それはもう充分すぎるほど化け物と称される部類の芸当だ。

 再会したときの衝撃はもはや存在せず、規格外すぎる少年へ思考を割くことはやめた。


 いつからとか、何でとか、彼に対して愚問にしかなり得ないと悟ったのである。


 健を中心に膨大な霊力が地面を駆け巡る。

 どうやらあの妖の領域の核は地中の中にあるらしい。編まれた術式が発動し、地面が火の粉を散らす。


 地上にいる海里たちへの影響を最小限にとどめているのか、熱さを感じることはない。

 しかし敵への効果は絶大なようで、本体が大きく身体を震わせた。赤黒い花弁が地面に落ち、不気味に蠢いている。


 生物を思わせる動きを見せる花弁にレミが水の槍を叩き込む。

 不快な声で怒りを示す植物型の妖はレミを目掛けて大量の蔦を伸ばす。レミはそちらに視線すら向けない。


 レミへ届く寸前、蔦は透明な壁にぶつかる。壁には別の術も付与してあったようで、蔦は瞬く間に燃え上がる。


 長い蔦を伝って炎は本体まで届き、その身を焼く。

 絶叫をあげる植物の妖は即座に蔦を切り離し、すぐに新たな蔦を生み出す。


「完全にレミさんたちへ意識を向けているよーですね」


 巧みな連携で蔦を捌き、ついでのように本体へ攻撃を叩き込むレミとレオン。植物型の妖の怒りは膨らんでいくばかりで、感情的な攻撃を二人へ叩き込んでいる。


 他の三人のことなど、もう忘れてしまっているように見える。


「今が狙い目かな」


 龍刀を握り直し、呟く。

 レオンも、レミも海里が戦闘に参加することを歓迎していない。


 二人ならその先も上手いこと対処するだろう。それが分かっているから、明らかな隙を目にしても動くことを躊躇ってしまう。


「海里さん、俺が合図したら本体に攻撃をお願いします」


「……いいの?」


「駄目な理由がありますか?」


 この場でただ一人、健だけが海里を頭数に入れて考えている。

 無機質な瞳は健の問いの意味が分からないとすら思っているようだった。


「無理強いするつもりはないので、嫌なら別の策を考えますが」


「ううん、俺がやるよ。任せて」


 意識を切り替えて、妖の本体を見据える。

 レオンたちに怒られたら後で謝ればいい。今は皆で無事にこの窮地を乗り越えることの方が重要だ。


「では、俺がまず道筋を作ります」


 言いながら健は先端の尖った金属片をいくつも生成した。金属片は次々と妖の背後に突き刺さった。

 すべてがほとんど同じ箇所に刺さっている。


「今です」


「うん!」


 声が聞こえたと同時に走り出した。

 役目を果たした金属片はすぐに解けて消えていく。見た目よりも深いらしい傷口の隙間から真っ赤な実が覗いている。


 あれを破壊すればいいのだと本能的に悟り、渾身の力を込めて龍刀を前に突き出した。


 持ち主の意思に応える妖具は、易々と実を貫いた。そのまま下へ龍刀を走らせる。

 肉を切る重みをまるで感じない、素振りをしているような感覚で海里は植物型の妖を斬り裂いた。


 甘い匂いのする液体が血の代わりに噴出する。

 一際大きく絶叫した妖はそのまま地面に倒れ伏した。

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