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神生ゲーム~天が覗く間奏曲(インテルメツォ)~  作者: 猫宮めめ
茜色の交叉路

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最終話 欲しかったもの

「……海里様」


「ごめん、俺も手伝いたくなっちゃって」


「いえ、謝られる必要はありません。助かりました」


 物言いたげにこちらを見るのはレオンだ。勝手な行動をして怒られると思っていたので、その反応は少し意外だった。


「ですが、あまり危ない事はしないでください」


「うん、気をつけるよ」


 癖のように笑顔を貼り付けて答える。レオンはまだ何か言いたげな表情をしていたが、それ以上言ってくることはなかった。

 代わりに視線を健の方に向ける。


「素直に自分が過保護なだけと伝えたらどーです?」


 こちらに歩み寄りながら健はそう言った。


「海里さんの実力は充分実戦で通用するものですよ。遠慮する必要はないと思います」


 一瞥とともに海里へそう投げかけ、健はレオンと向かい合う。


「改めまして、俺は岡山健。貴族街の処刑人です。今回の任務がそちらと被っていたよーでお邪魔させていただいてます」


「処刑人……まだお若く見えますが」


「年齢的には海里さんの一つ下です。いろいろ事情がありまして」


 レオンの目は疑念を持って健を見ている。

 小学生の少年が処刑人だなんて仕事についているなんて信じられなくて当然だ。


 海里も戦闘中、常人離れした健の振る舞いを見ていなければ、レオンと同じ疑念を抱いたままだっただろう。


「レオン、そいつの言っていることは本当だ。春野家で何度か顔を合わせたことがある」


 健に助け舟を出したのはレミだ。

 春野家当主と昔馴染みであるレミは春野家へ使いに出されることが多い。そのときに健と顔を合わせたことがあるのだろう。


「不躾な発言を謝罪します」


「気にしていませんよ。どー見ても怪しーですし」


 レミから素性を保証されたことで、レオンは健への態度を改める。とはいえ、警戒の色は消えないままだ。


 春野家当主は妖界の王と友好的な関係にあるが、貴族街全体がそうとは言えない。一先ず敵対はしていないだけの関係であり、素性が保証されたとしても、手放しに信頼を注げる相手ではないのだ。


 健は警戒の視線を向けられることに慣れてると言わんばかりに涼しい顔をしている。


「質問いーですか?」


「何でしょう」


「ここに来る前にレオンさんたちが対処した方がいると思うんですが、その方の所在を教えてもらえませんか? こっちの標的なんです」


「その方でしたら、意識を奪い拘束した上で第三者の目が入らない場所に確保してあります」


「その場所を教えていただいても構いませんか?」


「問題ありません。こちらとしても回収していただけるならありがたいです」


 元々妖処刑部隊は処刑対象以外を害することを禁じられている。多少融通が利くとはいえ、不評を買いかねないことは避けたいのが本音だ。

 海里はその確保している人物について知らないが、健の標的と言うからには人間なのだろう。


 処刑対象外の妖を殺すことより、処刑対象外の人間を殺す方が厄介なことになる。ここでその後の対処を別の人物に任せた方が利点が多いのである。


 相手の事情も知らず、その後引き渡した人物がどう扱われようと知らぬ存ぜぬを貫けばいいのだから。


「術的に隠してありますし、一度案内しましょうか?」


「ああ、それには及びません。場所さえ教えていただけたら、探知が得意な協力者を向かわせます」


 それが別行動しているという協力者のことなのだろうか。

 値踏みの視線を注ぎつつも、レオンは「分かりました」と頷き、確保した人物の居場所を健に教える。


「お礼と言うわけではありませんが、こちらをお返ししますね」


 言いながら、健は麻袋を差し出す。

 甘い香りを漂わせるそれをレオンが受け取るよりも先に奪い取った人物がいた。


「茜桃じゃないの!? 何故、貴方のようなのが持ってるのよ!?」


「こちらで探していた薬物と一緒に保管されていたので回収しました」


 疑いの目を向けるタオに健は涼しい顔で答える。それでもなお、タオは健を怪しんでいる様子だ。

 相手をする気のないらしい健はすぐにタオから視線を外し、冷静に会話ができる相手、レオンへ再度向かい合う。


「茜桃の種と貴族街から盗み出された薬物、これらを使って新たな薬物を作り出すというのが今回の目的だったよーですね」


「既にその薬物が作られた可能性は?」


「ないとは言いきれません。少なくとも先程戦った妖は何らかの薬物で自身を強化していたのは間違いありませんしね」


「……こちらでも調査してみる必要がありますね」


 横からまだ何かを言っているタオを無視する形で二人は会話を続ける。タオは最終的にレミに回収された。


「改めまして、協力感謝します。助かりました」


「こちらこそ。と、そーだ」


 何か思い出したように健はスマートフォンを取り出す。いくつか操作したかと思えば、海里のスマートフォンが通知音を鳴らす。

 海里のものだけではなく、レオンとレミが持っているスマートフォンも同様に通知音を鳴らしていた。


 それぞれ画面を確認する様を見て、健は口元に笑みを乗せた。演技と分かる怪しげな笑みだ。


「実は趣味で情報屋をやっているんです。もし、御用があれば、そちらのリンクにアクセスしてください」


 教えてもない連絡先をどうやって知ったのか。そんな疑問は健のその言葉ですぐに解消される。

 情報屋としての実力を示すパフォーマンスと言ったところか。


「それでは俺はこれで失礼します」


 ひらひらと手を振り、健は去っていく。引き止める間を与えない背を見送り、残された面々はそれぞれに息を吐き出した。


「……それで、何故、お二方がこちらに?」


 思考を切り替えたらしいレオンが説教モードに入って、海里とタオへ声を投げかける。

 嘘を答えるわけにもいかず、かといってタオに責任転嫁することもしたくない海里は返答に迷う。


「わ、私から言い出しました。観光案内でもしなさいと」


 意外にもタオは素直に自白した。

 レオンの後ろに立つレミの視線を気にしながら、自身の行いを口にする。


「それでこの家を見つけて乗り込んだのよ」


「軽率な行いをしたという自覚はあるな?」


 タオが相手ということでレオンではなく、レミの方から問いかける。タオはしおらしく頷いた。


「ごめんなさい」


「反省しているならいい。お前の祖父に話はさせてもらうがな」


「……っ、ごめんなさい」


 自分に非があると認めている手前、言わないでほしいとは言えなかったのだろう。タオはただ頭を下げる。


「帰ったら散々怒られるだろうから、こちらからはこれ以上何か言うつもりはない。レオンもそれでいいな」


「ああ、それで構わない」


 幹部の身内であるタオにこれ以上厳しくすることはできない。後は彼女に身内に任せるとして、レオンの視線は再び海里へ向く。


「勝手な行動をしてごめんなさい」


 巻き込まれた立場だなんて言い訳はできない。海里もまた素直に非を認めて頭を下げる。


「俺も……何かしたかったんだ。守られてるばかりじゃなくて、レオンたちの力になれたらって」


 一人で立っている健の姿を見て勇気を貰ったのかもしれない。

 迷惑にならないように、我儘を言わないように、そんな心は奥にしまってレオンと相対する。


「俺も処刑部隊の一員だ。力不足なのは認めるけど、もっとみんなの力になりたい。ダメかな?」


「……。……海里様が力不足ということはないと思います」


 迷うような沈黙があって、レオンはそう答えた。その後ろで小さく笑うレミが一歩前に出て、レオンと並ぶ。


「今まで遠慮させてしまっていたようですみません。今後は海里様のことも頼らせてもらいます。ただ」


 一度言葉を切ったレミは物言いたげなレオンを一瞥して笑みを深める。


「我々は心配性でして。海里様を遠ざけているのではなく、危ない目に遭わせたくないだけなのだということはご理解いただけると嬉しいです」


 そういえば健も「過保護なだけ」と言っていたような気がする。

 過保護や心配性が誰を指しているのか、何となく察して海里もまた小さく笑みを零した。


 それは癖のように浮かべている笑顔とは違って、思わず内から零れてしまったものだった。


「我々はちゃんと海里様も処刑部隊の一員と思っていますよ」


 多分それが一番欲しかった言葉なんだろうな、と海里は他人事のように考える。

 これからはもっと踏み込んでみよう。仲間というだけではなくて、家族みたいな関係になれたらいいなと海里は年相応に表情を彩った。


 ●●●


 金髪の青年がこちらに気付いて、視線を向けた。暗殺者時代の名残か、鋭さを残した視線を受けて健は口元を仄かに綻ばせた。


「待たせてごめんね。例のものは回収できた?」


「問題ない」


 端的に答える青年は傍に置かれたスーツケースを示した。

 その中に入ってるのは今回の標的だ。レオンたちが拘束していたものを彼が回収し、スーツケースに詰め込んだ形だ。

 術的に隠しているという話だったが、上手く感知で見つけられたようだ。


「その分なら門衛の試験は余裕そーだね」


 敢えて細かい場所を聞き出さなかったのはテストのようなものだった。

 レオンほどの実力者が隠したものを見つけ出せるのなら、門衛になるための関門である感知能力テストは問題なく合格できるだろう。


「健の方は?」


「こっちも問題ないよ。薬は回収できたし、茜桃もほら」


 言いながら健は懐に入れていた種を見せる。さくらんぼの種を思わせるそれは、茜桃と呼ばれる特殊な果実の種――

「俺が作った偽物だけどね」

 ――の偽物だった。

 皮だけ似せて、霊力で生成したものだ。もちろん、茜桃が本来持っている効能はないし、そもそもこの種を植えたところで茜桃は育たない。


「……それで問題ないものなのか?」


「問題はないんじゃない?」


 薬物を盗み出した下手人を処分し、薬物を回収し、どさくさに紛れて茜桃を入手する、というのが今回の任務の内容だ。


「いろいろ仕込んでたみたいだけど、あれの遊びになんて付き合ってられないよ」


 今回盗み出されたのは貴族街の最高権力者である櫻宮の血を元に精製された薬物だ。他者の判断力を奪って、洗脳に近い状態にする効果を持つらしい。


 その効果自体は間違いないだろうが、実態はもっと単純。

 櫻宮が貴族街の外で自分の人形を手に入れるための薬だ。


 鬼神の力により、櫻宮は貴族街にあるありとあらゆるものを操ることができる。自分のテリトリーでは最強クラスの力を外でも振るうための道具があの薬なのだ。

 自らの血を摂取させることで、相手を貴族街の一部とする。そのための薬だ。


「まずスーツケースの彼を唆して薬を盗ませる。その後、上手く誘導して植物型の妖に薬を飲ませて操り、茜桃を盗ませたって感じかな」


 そして貴族街はあくまで薬物を盗まれた被害者を演じるため、処刑人を動かしたといったところだろう。

 鬼神の力が入り込んで時点で妖界の主は察していそうだが、被害者という建前がある以上、表向きには貴族街を責められない。


「茜桃は一つでも種さえあれば、桜の園で育てることもできるからね。一つ無くなったくらいじゃ、あっちも何か言ってくることはないだろーし」


「茜桃を育てることが目的なのか?」


「んーん、あれの目的は単なる暇潰しだよ。茜桃を手に入れることも、そもそもあの薬を作ったことだって思いつきの遊びだからね」


 思いつきの暇潰しに他者を巻き込み、その人生を滅茶苦茶にする。それを悪いとも思っていない。ある意味、神らしい性格と言えるだろう。


「どっちかって言うとあれが重視してるのは過程だね」


「過程?」


「人形が自分の思い通りに動いてくれることがあれにとっては一番大切なんだよ」


 他者が自分のためにどれだけ動いてくれるか。

 千年以上も生きていながら、櫻宮はずっとそんな子供じみたことばかりを気にしている。

 ずっと自分を満たしてくれる愛を探しているのだ。


 その癖、櫻宮が行っているのは恐怖政治だ。逆らえば死をちらつかせて、他者を人形として面白半分に操る。そんなやり方で求めるものが得られるわけがないのとすら理解していない。

 親に捨てられた子供のような行為をずっと、千年以上も続けている。


「偽物なんて渡したら、問題があるんじゃないのか?」


「大丈夫。この程度の遊びで切り捨てられるほど、俺は安くない」


 鬼神の眷属。その肩書きは簡単に切り捨てられるものではない。

 健はその立場を最大限利用するつもりだ。周囲を大きく巻き込んで癇癪を起こす子供相手なんてしてられない。


 そうして思い通りに動いてくれない存在こそ、あれが本当に求めているものなのかもしれないが。

 構わず、健は帰路に着く。偽物の茜桃を持って。

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