昔々、君が見た夢
〈 昔々、君が見た夢 〉
夏休みに入り、ニュース番組も子供向け施設のレポートが多く放送されるようになっていた。基本的に彼女はニュースと週末放送される映画枠しか地上波は見ず、あとは有料の映画専門チャンネルに固定されている。つまり映画かニュースくらいしか見ないのだ。ああでも、世界を映す旅番組は好きで時間のある時見ていたりするが。
まあだから、基本的にバライティー等は見ないのだが、たまたま夕食後テレビがついていて、たまたまそれがバライティーで、たまたまそれが『子供たちの将来の夢』特集だったわけで、何もなくだがふと、彼女が昔何になりたかったのかが気になった。
「みーさん」
「言いませんー」
「まだ何も言ってないのに」
「想像がついた」
「想像がつくほど俺のこと考えてくれるのはうれしいんだけどさ」
ソファーに並んで腰かけ食後のお茶を飲む彼女が正々堂々『言わない』と選択するのでさてどうしようかなと思った。彼女が本気で『言わない』を選択した場合、これは本当に、何があっても口を割らない。やんわりと話題を取り下げようとすると流石にこの場合は言い過ぎたと思ったのか彼女は唇を微かに尖らせ、
「……笑われたら流石にショックだから、言いたくない」
「それは心外」
眉を寄せ彼女の手の中からマグカップを抜き取った。きょとんとする彼女をそのままにローテーブルにカップを置き、迫るようにして軽く体重をかける。
「え、わ、ちょ、」
「どんな夢でも俺がみーさんを笑うはずないでしょ? そう思われるのは心外」
「あ……ご、ごめんなさ、」
「怒ってないよ。別に夢だって言わなくていいし。けどまあ……なかったわけじゃないんだよね? それは少しうらやましい」
「ん……」
「俺は……最近気付いたけど、結構昔が曖昧かも。ところどころ記憶が抜けてる気がする」
気付いたのは本当、ここ最近だった。
ふとした瞬間に、覚えていないことに気付く。ーーーあったはずのことを。何気ないことを。
自己防衛が働いていたのだろうかと何となく思うが、日常生活に何の問題もないとはいえ一般的に考えてこれは問題な気がする。ぎりぎり許容範囲内の問題、というか。
彼女がふわりと両手をのばした。なんだろうと思いこきりと首を傾げると、のびた細い腕がきゅうっと首に抱き付いて来る。何でそうしてもらえるのかはよくわからなかったが、心がほろっとほどけて微笑んだ。あたたかい。
ゆるくその小さな身体を抱きしめて、耳元でささやく。
「……別に気にしてないよ。ただね、将来の夢とか持つ以前に俺はその時その時に必死だったと思うから。子供の頃持つ将来の夢、持ってみたかったなあって」
ふとそんな風に思っただけだ。
「……お嫁さん」
「え?」
「……お嫁さんになるのが、夢だった」
「……」
瞬きして。
抱き付く彼女をーーーゆるく剥がし、見下ろした。
「誰の?」
にっこり笑って問うーーーその幸福な相手を。
彼女は一度、口籠った。視線を逸らし、薄い唇が微かに動き、言葉にならず、……もごもごと居心地悪そうに、
「……お父さん」
小さな声で、そう言った。
「……お父さん?」
瞬いて。
ふっと、無意識の内に固くなっていた身体から力を抜く。
「お、お母さんと別れてほしいかったとか、そこまで深く考えてたわけじゃもちろんないの。ただ単にお父さんのお嫁さんになりたかっただけで、そしたらずっと三人一緒にいられると思ってたの。ほら、子供だったから、単純に……お、お父さんもお母さんもいつもにこにこ微笑って『そっかあ、うれしいなあ、楽しみだなあ』って言ってくれてたからおかしな話だなんて全然思わなくて……」
「……え、なんで? おかしくなんてないじゃん」
というか普通にうれしかったんだろう、彼女の父親は。自分の娘に「わたし、おおきくなったらおとうさんのおよめさんになるの!」なんてにこにこして言われた日にはそりゃ天にも昇る心地になるだろうし、父親冥利に尽きると感じるのではないだろうか。彼女の母親だってそんな幸せを眼の前にしたらついにこにこ微笑ってしまうだろう。
「……ひょっとして誰かに笑われたの? その夢」
「……小学生の時、クラスの男子に……」
「名前覚えてる? ちょっと軽く話し合いして来るから教えて?」
「い、いいよいいよ。言ってることはその子の方が正しいわけだし」
「いやでもね、そういうのってサンタクロースと一緒でしょ? きちんとしたサンタなんて俺来たことないけど。叔父さん家行くまでは」
「叔父様たちからプレゼント普通にもらわなかったの?」
「夜中に叔父さんが真剣な顔で忍び込んで来て気配で目覚めた俺は訳がわからず寝たふりしてた。枕元に何か置かれてはじめて、『え、あれ、これひょっとしてサンタイベント?』って思った」
「ごめん、その件に関しては私も何も言えない……」
「みーさんも初めの年やってくれたもんね。夜中にそーっと部屋入って来てくれたからてっきり夜這いかと思ってよろこんで起きたらみーさん悲鳴上げて驚くからびっくりした」
「寝てると思ってたのにすごくうれしそうな顔でいきなり起きたからびっくりして……」
あまりにびっくりしてしまい結果自失呆然とした彼女を膝の上に乗せて抱きしめご機嫌に愛でた。今から思うとあまりにもシュールだが、
「プレゼントがみーさんかと思ったんだよ」
「アグレッシブな考え方するね……」
「そうかな。だって夕飯はご馳走でケーキも食べて、一緒に映画観てまったりしてプレゼント交換して、夜寝てたらみーさんが来たでしょ? 本命のプレゼントだと思うよ普通に。まあ今となってはいい思い出だよね」
「なのかなあ……」
私は腰が抜けたけど、と言いながら彼女が首を傾げる。
そうだよ、と、今度はこちらからきゅう、と抱きしめる。やわらかくて温かい。
「将来の夢か……」
将来。
ーーーいつか彼女は、ここではないどこか遠くへ行くのだろうから。
そんな彼女に追い付けるように。
そんな彼女を捕まえられるように。
「……それが俺の夢かなあ」
「……? どんな夢?」
「……内緒」
こきりと小首を傾げるその首筋に顔を埋める。
いつか見せてあげよう。ーーーここではないどこか遠くで彼女に追い付き捕まえ、そして、
ーーーこれが夢なのだと、叶えた現実を手に、力一杯彼女を抱きしめよう。
〈 昔々、君が見た夢 いつかいつか、君と叶える夢 〉




