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夜を守るひと


〈 夜を守るひと 〉


「っ……!」

その瞬間、テレビのスイッチを消した。

「あれ?」

不思議そうな声を上げたともりがぐるりと辺りを見回してーーーリモコンをテレビに突き付けるようにして向けたまま固まるミユキに行き着く。

黒曜の眼が瞬いた。

「みーさん?」

「あ」

はっと我に返って再起動した。ぎこちなく微笑みを顔に乗せてみせる。

「ご、ごめんね。操作間違えた」

曖昧に誤魔化して時間を稼ぎ、もう終わっていますようにという祈るような心地でボタンを押してーーー流れ出す車のCMにほっとする。ともりはちょっと不思議そうにしていたがまあいいかというように視線を戻し、その裏でミユキはこっそり息を吐く。

最近規制が激しくなってご無沙汰だったのに。久しぶりに見た。ホラー映画の予告編。




昔からホラーが苦手だった。

ただ単純に怖い。怖いから、無理。

ホラー映画の現場の話が来た時も、どうにか他の仕事を入れて『すみませんスケジュール埋まってます』と答え回避する程度には無理だ。つまり絶対に無理だ。父が生きている頃から無理だった。ちょっとでも怖そうな映像が流れると硬直し動けなくなるミユキを父はよく抱っこしてあやして解凍してくれたものだけれど、その夜は怖くて怖くて布団の中でぎゅうぎゅう父や母に抱き付いていた。父は「かわいい怖がり屋さん。眠るまで見張っていてあげるから大丈夫だよ」とミユキをあやし、やわらかな速度でぽんぽんと肩や背中を叩いてくれてーーーそうしている内に意識はとろりと溶けて、いつの間にかにミユキは眠る。

それでも夜中トイレにはひとりでなんて絶対に行けず、父と母を起こして三人で行った。

テレビからひとが出て来るんじゃないかと思うので未だに自室にテレビが置けない。怖い。

夜ぼんやりとした世界の中で見えるクローゼットの隙間とかも怖い。夏にやる特番は絶対に見ない。涼しくなるために怖い話をするなんて絶対にない。するくらいならどれだけ暑くても我慢する。

幽霊が嫌なわけじゃない。ミユキには幽霊でもいいから会いたいひとがいる。

ただ悪霊は駄目だ。無理だ。怖い。どうしても怖い。

だからさっき流れていた映画の予告編とか、本当無理だ。暗闇から手が出て来ていた。お風呂に入ったあとでよかった。ひとりぶるぶる怯え震えながら入浴するなんて全然気持ちよくない。




けれど、夜眠るというミッションは当たり前だが回避出来ない。起きてるのだって怖いのだから、だったらさっさと眠って朝を迎えてしまいたい。けれど。

(寝れない……)

意識は妙に高ぶっていた。眠気が全く来ない。暗くしていないと流石に気になって寝れないし、けれど暗いと怖くて寝れない。

怖いものを見るといつもこうだ。だから我慢するしかない。自然と眠気が来て、眠気が恐怖を上回るまで……それまで恐怖に耐えなくてはいけないのだけれど。

(早く寝たい……)

深く深く息を吐き、落ち着きなくごろりと寝返りを打った。眼は開けない。開けたら真っ白い顔色のひとが眼の前にいたらどうしようとか、そんなことは考えてないけれどでも絶対開けない。

眉間に力が入り過ぎていることを自覚しつつ、また息を吐いてーーー


ぎしっ……


「………………」

……い、ま。

音が。

ーーーえ。

え?

「…………」


ぎしっ……きしっ……ぎっ……


「…………」


きしっ……かちゃ……


ドア、が、


きし……みし……


全身の毛穴が開いて、

鳥肌が立った。

「っ……」

息を殺す。

なるべく自然に見えるように、眉間から力を抜いて眼を閉じ続ける。

どうしよう。

どうしよう、嫌だ、

怖い、

「………っ、」

気配、が、

すぐそばまで来てーーー止まった。

滲んだ冷や汗が首筋をじわりと湿らせてーーーその、首筋、に、


誰かが、


「ーーーッ!」

もう限界だった。

声にならない悲鳴を内心で上げてミユキは眼を開き飛び上がるようにして上体を起こした。

否応なく視界を凝らすーーー見たくない、けれど見なければ逃げられない、

「っ、ぁっ……」

そこに、いたのは、

「え……みーさん?」

薄暗闇の中呆然としたーーー

「っ……とも、りっ……」

「う、うん。……どうしたの?」

不思議そうな声。

力が抜け落ちるようなーーー安堵。

「っ……」

「え、みーさん? みーさん?」

へなへなと上体をベットに突っ伏したミユキは、困惑仕切ったともりの声を聞きながらーーー深く深く、息を吐いた。




リビングで様子がおかしかったから、体調が悪いのかと思ったらしい。

「熱は夜上がるっていうし。忍び込むようで悪いけど大丈夫かどうかだけ確認させて欲しくて」

ともりのやさしさで、気遣いだった。それを勝手にミユキが誤解し怯えただけだ。

電気を点け、ベッドにぺたんと座るミユキと脚を床に下ろして縁に座るともりと。

力なくうんうんと頷いてお礼を言った。

「気にしてくれてありがと……」

「ううん。……でも焦った、みーさん魘されてるみたいに全身がちがちに力入ってたから。痛いの我慢してるのかと思った」

寝たふりをしていたつもりだったのに全くそうは見えていなかったらしい。へなへなとした心労を感じながらほんの僅か曖昧に笑う。

「具合は悪くないんだね? でもやっぱみーさん変だよ。どうしたの?」

「……」

ここまで来たのなら誤魔化す方が難しいだろうと。

観念して、ミユキはぼしょぼしょと答えた。

「さっきやってた……ホラー映画の予告編」

「やってたっけ」

「……消しちゃった時流れてたの」

「あー、そうなんだ? ごめん、覚えてない」

羨ましい。

「……え、それが怖くて眠れなかったの?」

問われ。ーーーじわじわと顔が熱くなるのを感じながら、眼を逸らした。

恥ずかしい。恥ずかしい……もうとっくに大人なのに、恥ずかしい。

「そっか。あー、ごめん。俺の気配感じて怖かったんだね。だからあんなにがちがちに力入ってたんだ」

「……」

もう、肯定する力すらない。

「ごめんね、怖かったね。寝てるといけないと思ってこっそりしちゃったんだ」

「……ううん……」

ともりは笑わなかった。ただやさしくミユキの頭をぽんぽんと撫でる。

「でも遅いからもう寝な?」

「う、うん……」

ともりがリモコンで電気を消した。途端に真っ暗になり一気に怖くなる。固まったミユキの身体をやさしくともりが倒し、布団をかけてからまた頭をそっと撫でた。

薄暗闇の中で、ともりが微笑う。

「大丈夫。みーさんが眠るまでいるから」

「え」

「みーさんが眠るまでここにいる。それなら怖くないでしょ?」

「ぅ、うん」

こくこくとうなずく。頭を撫でてくれていた手が布団越しに肩の上に行き、安心させるようにとん、とん、とリズムを取った。

「ちゃんと見張ってるから。……ね? だから、おやすみ?」

「う、うん。……ともり、ありがと」

漸く心がゆるんでーーーふは、と微笑った。

ともりがやさしく微笑い返してくれたのを感じて、とろりと眼を閉じる。

ふわふわとした眠気。手足の先がじんわりと輪郭を滲ませるように鈍くなって、意識がするりと解ける。

あたたかい手が、ミユキの頰を撫でた。


「……相変わらず、かわいい怖がり屋さんだね。ーーーおやすみ、ミユキ」




〈 夜を守るひと 君を守るひと 〉



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