心臓の温度
〈 心臓の温度 〉
こきり、と彼女が小首を傾げた。眼が合っていたので自分が何かしたかとこちらも首を傾げたが、彼女は無言のままふるふると首を横に振る。じゃあなあに? と視線で問うと、彼女はぺたんとリビングのフローリングに座り、ひょいと足の裏を覗いた。裸足のそこから何かを摘むようにして取り除く。その何かがきらりと光った気がして焦ったが、よく見るとそれはクリップのようだった。怪我はなさそうなのでほっとする。御影家は、というか彼女は家でスリッパを履く習慣がないのでいつも靴下か素足でいるのが常だ。なので掃除も行き届いているのだが、先ほど書類を整理していた時に落ちてしまっていたらしい。……それより。
「みーさん、足小さくない?」
「そう言われたことはないなあ」
意外な返事が返って来て、そう? と首を傾げる。眼の前にしゃがみしげしげと足を見下ろした。
足の指だというのに折れそうなくらい細い指。小指なんて本当に小さくて、こんな指でよく力を込められるなと感心を通り越して少し恐ろしくなった。一本くらいなくなっても気付かないくらい全ての指が細い。
「……ともり今恐ろしいこと考えてない?」
「いや別に? ……サイズいくつ?」
「うーん、二十四・五とか……ヒールだと下がるけど、小さくはないよ。身長に対して大きい方」
「……そうなの?」
「うん。平均よりはある」
それは意外だった。彼女の身長は平均以下、体重も平均以下。小柄で華奢な骨格。……へえ、そうなんだ。
「ともり、知ってた? 足のサイズとここからここって同じ長さなんだよ」
「ん? 腕?」
ここからここ、と示されたすらりと細い腕を見る。手首から肘の関節まで。いやまさかと思ったが、彼女が軽く脚を崩して腕と足を並べてくれたので見下ろすと……確かに同じ長さだった。彼女が身長の割には手足が長い理由がよくわかった。すらりとしているので余計そう見えるのだろうが、後ろ姿だけ見るとまるで子供のような小ささに見えなくもないのにそれに違和感を感じるのは、手足が長いからだ。なるほど、と内心納得する。
「ともりの足は大きいよね」
「みーさんと比べればね」
「横に並ぶと私の足小さく見える。不思議」
「……サイズは大き目かもしれないけどみーさん足の甲が薄いね。だからそんな大きくは見えないんだ」
「あ、うん。スニーカーとかなら紐で調整するんだけどヒールだとなかなか大変」
「そっか」
なんとなく、そっとその足を手に取った。きょとんとする彼女に抵抗や悪感情は見当たらず、うれしいような無防備に注意喚起したくなるような、そんな複雑な心境になる。
大き目、らしいが。……でも小さな足だった。細く、薄く、華奢。足首はびっくりするくらい儚い。肉が付いているのか一本一本触れてなぞって確認したくなるくらいの指に、その先にある爪。……小指の爪なんて本当に微かなもので、精巧な細工のよう。とてもかわいく思えてつい小指を撫でると流石に擽ったかったのか彼女が「んぅ、」と小さく身をよじった。
「……他は何かあるの?」
「ん?」
「こことここのサイズが一緒」
小さな声にくらりとしたので取り返しのつかないことになる前にゆっくり足を下ろし離した。本当はもっと撫でたりいろんなことがしたかったが今は我慢。死ぬ気で我慢。頑張れ俺。
「えーと……あ、拳」
「拳?」
握られた小さな白い拳が、てん、と、目の前に現れた。
「拳って、心臓の大きさと同じなんだって」
「……」
その、あまりにも小さくて。
あまりにも頼りない。
本当に小さな小さな、かけがえのない彼女のその心臓をーーーそっと、包んだ。
薄い体温。あたたかくてーーー小さくて。
自分の好きな女の子の小ささに、……改めて、心が奪われた。
急に黙りこくられ、握った拳を包み込むように握られた彼女はその深い深い眼をゆっくりと瞬かせーーーふは、と、微笑った。
「ふは、ーーーあったかい」
「ーーーそっか」
そう言って、くれるのか。
その小さな心臓で、その小さな身体で、その小さな足で、抱えきれないほどの力を奮い手を差しのばしてくれる彼女はーーー本当に、小さかった。
「ともりの手は大きいね」
「……そうだね。怖い?」
「ううん。ともりの手だから」
「そっか」
そっか。
あなたが怖がらないのなら。赦すのなら。ーーーあたたかいねと、微笑ってくれるのなら。
いつだってのばそう。あなたの心臓に。あなたの心に。
あなたの心に、触れよう。
〈 心臓の温度 あなたの心に触れるひと 〉




