君の嘘と嘘と嘘と嘘と 9
ぱん、と、乾いた音がした。
無抵抗にそれを受け衝撃に流され横を向く黒髪の青年。
眼の前でそれを冷たく見る親友。
「―――あんたが追い込んで、どうするの」
辛うじて残り、ほとんど消えかけていた意識が、……ゆっくりと、束ねられた。
「……吉野」
紡いだ声は自分のものでないように掠れていた。顔を上げた吉野が、ほんの少し、微笑む。
「やほ。……なんとまあ。えらいことになったね」
「……そうだね。……あのさ」
「なあに?」
「……これ、ほどいて、くれる?」
「んー、まだ駄目」
「……なんで」
「ユキ、まだまだ全然落ち着いてないし苛ついてるでしょ? だから駄目。あんたも頭冷やしなさい」
「……」
全く信用がないのはこの親友も同じらしい。ネクタイで束ねられた両手。当然やったのはともりで、それは、自傷癖を防止するためでもあった。
「今後のために言うとね、ともりくん。物置に手錠があるから今度からそれ使いなさい。昔探偵もの撮った時に使った小道具があるから」
「……はい」
「まあ、こんなこと二度とあってたまるかと言いたいところでは、あるんだけど」
「……」
「……あるんだけど、ね。……まあ、私としても複雑で。……ねえ、ユキ」
軽い軽い―――本当に、軽い口調で。
「やっぱりユキは、要くんとくっ付いた方が絶対によかったね?」
「……」
「……」
ともりが。……唇を、噛んだ。
震える手が―――拳に、なる。
「……吉野」
「そう。わかってるね? どうして私がこんなこと言うか」
―――わかって、いる。
「全部ぜんぶ、今回のことは全部ユキのせいだよ。ユキが今までどう生きてきたかの問題だよ。……要くんと結ばれてれば、こんなことにならなかった」
「……そんなこと言ったって、」
「仕方ない? ―――どうかなあ」
「吉野。私が悪いのはわかってる、から。本当、わかってる、から……」
だから。ともりの前で。―――お願いだから。
「わか―――てる、から。なんとか、するから……」
ぐるぐるぐるぐる渦巻いて。
壊れそうになる。―――認めるのが、怖い。
「ともりくん。ちょっと席、外してくれる?」
「……はい」
掠れた声で言って。……ふらりと、ともりは部屋を出た。
取り残される―――ともりの部屋で、親友と、二人。
「……下にひと、いた?」
「ああ、挿木くんってひと? いないよ。ともりくんが帰したって。私が来た時にはもういなかった」
「……そう」
「ね、しいたけ料理が作りかけだった。しいたけ食べようとしたの? 大っ嫌いなのに? 昔克服しようとして吐きかけたくらい苦手なのに?」
「うん……」
「……ひょっとして、挿木ってひとに張り合ったの?」
「……」
「……馬鹿。不器用」
「……わかってるよ」
「わかっててやってるなら性質が悪い。……あんたがともりくん不安にさせて、どうするの」
「……」
ふと、吉野の言葉が蘇った。この間の女子旅の時。
ユキは歳下は『歳下』って見るから。対象とか、そういう風には考えないでしょ?
そろそろ、真面目に考えてもいいんじゃない?
「……」
うつむく。―――そういう、風。
「……だって……」
「だって、だね。……でもね、もう少し上手くやれと、私は言いたい」
「……だって……」
「うん。だって、だけどね」
「だって……やりかた、わかんない。どうしたらいいのか、わかんない。勝てば、いいの? どうやったら、勝てる?」
「それはね。それが、ユキのせい。ユキが今までどう生きてきたかの問題だよ。……人間関係を、恋愛を避けてたから覚えることも体験することもなかったからだよ。……要くんと結ばれてれば、こんなことにならなかったのはわかるよね?」
こくこくと、うなずく。
吉野が言ったのは嫌味や皮肉なんかじゃない―――ともりを責めたわけでも。ともりにはそういう風に聞こえただろうし、そういう風に聞こえるように言ったのだろう、けれど。
「喧嘩の仕方も知らない。拗ね方も知らない。その上こんなことも知らないんじゃ、そりゃ拗れて大事になるよ。……ともりくんだって不安に煽られて、やりたくないようなこともしちゃうよ。……自殺しそうな声で電話して来たよ、あの子。今だって舌噛み千切りそうな顔してた。本当に反省して、辛い思いしてるんだよ。自分を責めて責めて責めて。ユキが吐いた理由も自分のせいだと思ってる」
「……」
「全部ユキの問題でしょ? ともりくんはほとんど関係ないでしょ?」
「……うん」
「じゃあちゃんとしなさい。……出来なくても、やるの」
「……」
こくり、とうなずく。―――無言で、けれどしっかりと。
吉野は微笑った。小さく微笑って、そして、ミユキの手を解いた。




