君の嘘と嘘と嘘と嘘と 7
とりあえずお互い落ち着こうと、出かけた。深夜のコンビニで栄養ドリンクを買う。
「ぷは」
「飲み慣れてるね」
「これよりもっと強いやつがたまに配られるの。眠気覚ましの炭酸のカフェインたっぷりのやつが現場で」
「それは……」
「寝ないで働けということです」
「……それは……」
そういう、ことです。
口元を指先で拭い、瓶をコンビニ前のゴミ箱に捨てる。
「よし、元気。さあ話しましょう?」
「……いざ言われると、困るね」
「話したくないってこと?」
「いや、感覚の問題だから、なんて話したらいいのかわからない」
「んー……」
纏めると、挿木という人間はともりにとって嫌いで苦手な人間、ということだった。……だが話を聞くに、相手の方はどうやらともりのことが嫌いでも苦手でもないようだけれど。
「……あいつ、本当無理だ。言わないけど俺からしたら佐々木もかわいそうだ。……もう別れたけど、もっと別の男と付き合えばよかったのに」
ともりが女の子に対してそういう風な発言をするのはめずらしかった。約束を何度もすっぽかす、口先だけで守らない、浮気する……確かにまあ、いい彼氏とは言えない。約束も大事だが……浮気するくらいなら付き合わなければいい、のに。どうやら一度や二度じゃないようだし。
「浮気するひとは……嫌、だな」
「大丈夫。絶対にしないから」
「え? あ、うん。……うん?」
ぷらん、とブランコを漕ぎながらこきりと小首を傾げる。途中にある小さな公園。しんと静まり返る真夜中の公園で、きこ、きこ、と微かに泳ぐ、ブランコの音。
入れ違いに、ともりがふわりと隣で浮かび上がる。
「楽しいね」
「うん」
浮遊感の中呼びかけるとすれ違う瞬間ともりもうなずいた。きこ、きこ……ぷらん、ぷらんと一瞬だけ重なり、すれ違い、また重なる。いくつになっても何年経っても、楽しいことというのはある。お互い身体に噛まれたあとを持つ者二人が、真夜中の公園でブランコに乗り、会話する。
「……挿木が、みーさんのこと、欲しいって言った」
「……」
「付き合ってないならまだ俺にもチャンスあるよなとか、そういうことを……ずっと、言う」
「……」
きい、きい。重なって、離れて、重なって、離れて。
「……挿木くんはいい加減で、女たらしで、不誠実で、軽くて。……だからともりは、好きじゃない?」
「うん」
「だけど挿木くんはともりと仲良くしたいみたいだね」
「……」
「……」
その理由を、ともりは知っている。そしてそれを、嫌悪している。
挿木という人間は、自分がどう見られているのかということを非常に気にしている人間なのだ―――外見だけでなく、ステータスを。自分が普段、どのような人間と親交を深めているかを。
漆黒の髪に黒曜の眼。あまり見ないレベルで顔立ちの整っている青年。
アクセサリーのように―――考えないで、欲しい。
「……ざけんな、よ」
「え?」
「ううん、何でも」
ともりからしてみれば異論はあるだろうが。けれどミユキからしてみれば、そんな風にしかともりを捉えないし考えない人間より、よっぽどミユキの方がともりのことを大事にしている、つもりだ。
挿木のものか、ミユキのものかと問われれば。ともりは絶対にミユキのものだ。なのに我が物のようにそんな軽く扱わないで欲しい。……いや、そもそも、ともりはものではないけれど。……そういう意味では、なく。
「……」
ふざけんなよ、と、今度は口の中だけに収めて呟いた。
けれどしかし、そのひととは思ってもいない形で再会した。
「こんにちは」
「……」
近所のスーパーでにこりと微笑む茶色い髪の青年―――挿木。
胡散臭いくらいのその爽やかさに一度ゆっくりと瞬き、それから頭を小さく下げる。
「こんにちは」
「お買い物ですか?」
「はい」
「持ちますよ」
断る前にひょい、とカゴを持たれる。微かに触れた冷たい手。自然な仕草だったので拒否する合間もなく両手が空っぽになった。
「大丈夫です」
「そんな。友達の彼女が目の前で重たいもの持ってるんですよ? そんなこと言わないでくださいよ」
「……」
彼女じゃない―――ことくらい、知っているだろうに。
「……まだ、買うので」
「大丈夫ですよ。彼女さん、こんなに腕細いのに。俺が持ちますから」
「……彼女じゃないんで」
小さいがしっかりとそう言うと挿木はおや、というように瞬いた。それなりに整った顔立ち。いわゆる『遊んでいそう』に見える顔立ち。明るい茶髪はワックスで癖付けられていて、自分がどう見られているかよくわかっている人間。もてるだろうな、と素直に思う。
「……付き合ってないんですか?」
「付き合っていません」
「……じゃあ俺にもチャンスありますね?」
にこりと微笑みかけられ。その高い位置にある眼を見上げる。
「俺、御影さん見かけた時、小さくてかわいくていいなあって思ったんですよ。蕪木の話聞いてると本当羨ましくて。ね、蕪木と付き合っていないなら、俺立候補していいですよね?」
「有難いお話ですけど、遠慮します」
「俺じゃ駄目ですか? せめて友達からでも」
「本当、そういうのいいので」
「難しいなあ。やっぱ蕪木みたいなの毎日見てると眼が高くなるんですかね?」
「そうですね。ともりは好き嫌いなくたくさんご飯食べてくれるし健康的な生活を送っているから顔色もいいしすっきりした顔してます。そういう風なひとを毎日見るのはこっちも気分が良くていい気持ちですよ」
「―――そういう意味で言ってるんじゃ、ないんだけどな」
浮ぶ苦笑い。無視して、カゴの中にキャベツを入れる。
「いいなあ蕪木。家に帰ったらかわいい彼女がおいしい食事作って待ってくれてるんでしょ? そりゃ蕪木、周りの女に眼向けないわけですよね。どれだけ言い寄られてもどれだけ告られても全部断って。ねえ、知ってます? あいつが参加する飲み会ってすごい出席率になるんですよ。女が。だから仲間内以外じゃあいつ飲み会嫌がって参加しないんです。だから唯一時間取れる学食とかで女が鈴鳴り。あいつの周りだけキャバクラみたいになってて。……ひょっとして俺が知らないだけで何人かとは出来てるのかな。すごい親しげに話しかける女もいるし。
ね、本当、俺じゃ駄目ですか? 俺、料理は出来ないけどそれ以外の家事はそこそこ出来ますよ。……ところでトマト多くないですか?」
「そんなことないです」
「あ、しいたけ。俺しいたけ好きなんです。入れていいですか?」
「絶対に駄目」
「何で? しいたけ嫌いなの?」
「きら……いじゃない。別に。けど今日は使いません」
「じゃあ明日使いましょう。はい、しいたけ」
「や、やだ。……いや、嫌じゃないけど、使わないものは買いません。明日のメニューだってしいたけ使わない」
「ふうん、御影はしいたけ、食べれないんですねえ」
「……」
「そっか、食べれないんだ……子供みたい。かわいい。見た目通り幼い。人形みたい。ちっさ」
「っ、」
しいたけをワンパック。選んで掴んでカゴに入れた。
「別に、嫌いじゃない。今日は一品追加」
「そう。期待してるね?」
にこにこと笑いながら着いて来る挿木―――ち、と舌打ちを内心隠す。
敵だ。




