君の嘘と嘘と嘘と嘘と 5
チェーン店で、賑やかなお店。値段はそれほどではなく、学生御用達の居酒屋。
ここを使うこともあるからとともりが決めた。知っているお店なら待ち合わせもし易いだろうとうなずき、ボックス席に入る。ともりと向かい合う形でソファー席に座った。ぱたぱたと、巻かれてあったのれんがかけられる。
「ともりと居酒屋来るの久しぶりだね」
「だね」
少し気分は落ち着いたのか、小さく微笑んだともりとメニューを覗き合う。須藤が来る前に少し摘もうかと、サイドメニューのページを開いて、
「出汁巻き卵?」
「いいね。あ、たこわさ。たこわさ食べたい」
「たこわさ……」
「ちょぴっと食べる? でも別に山葵苦手でもいいと思うけど……」
「嫌だ。だってみーさん刺身とか食べる時おいしそうに山葵使うし」
「風味付けくらいで十分おいしいからね……ともり、辛いのは平気なんだけどね」
「山葵と辛子はね……」
「でも七味は平気だねえ……」
「不思議だね」
「ね」
なんとなくこしょこしょとそんな話をして、じっと眼が合い、ふは、と微笑い合った。
なんとなくまったりしていると、すぐに須藤は現れた。思っていたより早く終わったと言う彼はともりの隣に座り、サラダやメイン料理とお酒をオーダーする。お酒はすぐにやって来た。お通しは貝の煮付け。
「では、かんぱーい」
「乾杯ー」
「かんぱーい」
ビール、ビール、ミユキはビールが飲めないのでハイボールのジンジャー割り。ごつ、と重たいガラスの音を立て合い三人で合わせ、く、と口を付けた。冷たくて口の中で弾けるそれが喉を心地よく潤していく。それなのにいくら飲んでもお酒は喉が乾くように身体を潤さない。水分ではないのだと、そんな風に思う。
「須藤くん、ちょっと久しぶりだけど最近どうですか?」
「ぼちぼちですよ。まだ就活ってわけじゃないし、中弛んでます。バイトばっかです」
「居酒屋さんだっけ?」
「はい。賄い出るんで夕飯浮かしてます。御影さん、この前もおかずありがとうございます」
須藤は一人暮らしだ。なので多めにおかずを作った翌日は、それをタッパーに詰めてともりに渡している。須藤には何かと心配や迷惑をかけているだろうなと思うし、何よりともりの大学での一番の友達だった。迷惑でなさそうならこれからもちょくちょく差し入れしたい。
「御影さん料理上手ですよね。節約しなきゃなんでバイトない日は俺も自炊するんですけど、決まったメニューばっかで。だからすごく助かってます」
「いえいえ、ごめんね、あんなので」
「みーさんの料理はすっごくおいしいよ」
「な。本当美味いです」
「ふは、ありがとう。今日もたくさん食べてね」
「いえ、自分のは自分で払うので、」
「学生さん、社会人に甘えてください」
「いえ、でも……」
「いつもともりをありがとう。今度はもっときちんと前から決めて、焼肉とか行こう? 須藤くんにたくさん食べさせて太らせて帰らせたいという欲求が」
「みーさんそういうところあるよね」
ついね、と、笑いかけてーーーのれんの向こうに感じた気配に、無意識の内に身体が奥に逃げた。
ぬ、と、突き出して来た手。
「ーーーああ、やっぱり」
ひらりと、のれんの端を上げて。
明るい茶髪の青年は、くつ、と微笑んだ。
「楽しそうだな。蕪木、須藤、ーーー御影さん」
しん、と、完全に沈黙した。それは大した間ではなかったはずだが、その時を逃さずするりと挿木はボックス席に入り込んだ。ーーーミユキの横に。
軽く肩と肩が触れ。何となく呼吸を止め、気付かれないようにゆっくりと吐く。ーーー通路側に挿木、奥にミユキ。ーーー閉じ込められた。
「離れろ挿木」
向かい側でともりが立ち上がった。浮かんでいた笑みはもうどこにもない。苛立ちと不機嫌さを隠さないその表情と挿木のどこか愉しげな表情とーーーあまりにも、ちぐはぐで。噛み合わなくてーーーどくりと、した。
「そんなこと言うなよ。俺、さっきは御影さんにあいさつ出来なかったんだからーーー改めまして、こんにちは。挿木です。蕪木と同じ学科の」
「ーーーはじめまして」
握手を求める手が差しのばされて。断るわけにも行かず、その手を握った。……かさついていて、あまりあたたかくない手だった。
握り、離そうとして、しかしミユキの手はすっぽりと挿木の手に包まれたままだった。きり、とその手に力が篭る。
「手、小さいですね。かわいい」
「……」
「挿木!」
ぎりぎり抑えられてはいたがそれは決して小声ではなかった。何が滲んでいるかはっきりとわかる声でともりが言って、通路側にいる須藤が席を立とうとした時、タイミング悪くのれんがぱたりとはためいた。
「おまたせしました! たこわさとふわとろ出汁巻き、唐揚げ、お刺身三種にレタスチャーハンです!」
「はい、ありがとうございます」
にこりと笑って挿木が促し、女性店員が次々にお皿をテーブルに置いて行く。挿木以外は誰も何も言わない中、ちょっと不思議そうに女性店員が見てーーーともりを見て目を見張る。ざわり、と、音も気配も何もなくともりの中が蠢いたのが確かに見えて、考えるより早く足先をのばした。
こつん、と。
ともりの脚を、蹴るというより触れるように。
一瞬だけそうして触れ合って、それから脚を下ろした。……ともりがミユキを見て、ほんの薄く、ほっとしたような空気を醸し出す。みーさん、と、ほとんど識別出来ないくらい微かに唇が動くのがわかった。
「挿木、どうしたんだ?」
凍った空気をなんとか動かそうとしたかのように須藤がなるべく明るく声を上げた。
「よくわかったな、のれんかかってたのに」
「あー、待ち合わせしてたんだけど相手が急用でなしになって。どうしようかと思ったら隙間からこの色が見えたから」
「この色?」
「御影さんの髪の色。ーーーすっごく不思議な色してますよね? 地毛ですか? これ」
頰のすぐ横、かかる髪に触れようと指先がのびてーーーさらに奥にミユキが逃げる前に強い勢いでのばされたともりの手が鷲掴み止めた。目の前でぎり、と挿木の腕にともりの指が喰い込む。力を以って。
「やめろ。触るな」
「あー、ごめん。馴れ馴れしかった? あれ、御影さん、男慣れしてない? 一緒に住んでんだからそれなりにすることはあるでしょ?」「っさしーーー」「ともり!」
被せるように止めた。裏切られたような、何で? と問うような眼差しを横顔で受け流し、「ありがとう、でも、離そう?」とゆっくり続ける。ややあってーーーともりが腕を、離した。
「金払うんで俺も食べていい? ーーーああ、はい、御影さん」
たこわさ、と、てん、と目の前に置かれる。
「……どうして私だって思うんです?」
「え? だって蕪木、山葵食べないじゃないですか」
「……」
「七味は平気なのにおもしろいですよね」
まあいいや、と、挿木がぐいと、今までにない強引さでミユキにーーーテーブルの隅に置かれた七味に手をのばす。臨戦していた身体に一瞬で間合いをゼロにされ、上半身が押されてテーブルの下で脚が泳いだ。誰かの、恐らくともりの脚をもがくように力無く蹴って、ぺしゃ、とソファーの上に横倒れに倒れる。ーーー自分の身体に、影がかかった。
「……ちっさ」
全身を見下ろされ。
ぼつりと、落とされる。
怠さの蓄積した眼が、おもしろくもなさそうにミユキを見下ろした。
「挿木ッ!」
居酒屋の喧騒の中、ともりの声ははっきりと区切られるようにして届いた。覆い被さるようにいた挿木が一瞬で消え、ミユキ自身が体勢を立て直す前に今度こそ知っている手がのびてミユキの身体を抱き起こした。そのまま手を引かれボックス席から飛び出るように脱出し、ポケットから財布を取り出したともりがろくに数えず紙幣をぽかんとした顔で立ち尽くす店員が持つお盆の上に置いた。しんとする店内に明るいBGMが奇妙に浮き上がり、しかしそれを全く気にするどころか気付くことなくともりが大股で歩き出す。ミユキを連れて。
去る一瞬、挿木がくつりと薄く笑うのが見えた。ーーーミユキを見ても、いなかった。
噛み合わない。ーーー挿木には、噛み合わせる気が、全くない。




