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あなたの嫌いなその日のこと 8

「ふふふ、ともくんに素敵なものを見せてあげましょうー。せっかく遠路遥々来てくれたんだからね、これくらいの目の保養がなきゃねえ」

「目の保養?」

天婦羅からはじまりふろふき大根鯛の刺身に採れたばかりの野菜のサラダ。ゴボウと魚の煮付けに和風オムレツにご飯にお味噌汁に自家製の漬け物に彼女の大好きなほうれん草の白和えの夕飯を終え、片付けはさせてくださいと頼み込み乾燥機に最後の皿を入れ蓋をし後片付けも終え。わこおばさんはうきうきとしている。くのじいはそこの縁側で涼んでいるのが見えるし、彼女はまだ風呂なのだろう……と思ったが、「ほらほはみぃちゃん出て来なさいな!」と楽しそうな声で廊下に向かって声をかけたのでああ上がっているのかと視線を向けた、ら、

「……なんでわざわざ浴衣……?」

なんだかとっても困惑気味に唇を尖らせた彼女がのろのろと出て来た。眼に潤いを与える藍色に咲く朝顔の花。小さくて華奢な体躯に撫肩が相まっていつもよりもさらに小さくそして可憐に映る浴衣姿。使うつもりで持って来ていたのか彼女がいつも使う硝子細工の簪でくるりと髪は結い上げられ、ほんのりと桜色に血色が良くなったうなじが惜しげも無く晒される。

ぐらりとして。ぐらりとした。

「……っ……」

がたん、と大きな音がしたと思ったらそれは自分の立てた音だった。気付かないうちによろめいた身体がシンクにぶつかり音を立てる。意味もなく口元を手のひらで覆って、けれど視線は逸らすことなんて出来ず一ミリもぶれず彼女を見つめる。どうしよう。どうしよう。ーーー本当に、どうしよう。

「ーーーああ、本当にかわいらしいの」

いつの間にか居間に来ていたくのじいが彼女の姿を見てにっこり微笑んだ。

「朝顔の妖精かと思ったの」

「……ふは、うれしい」

照れたように彼女がはにかんだ。それで少し勇気が出たのかこちらを向いてくるりと一回転して見せる。

「この点はひっじょうに残念なんだけど、撫肩だし凹凸に乏しいから体型だけは着物体型なんだよ、私。……だから身体には合ってると思んだ」

「……」

「ともり?」

「ーーーぇ。あ。うん、うん……すっごく、すっごくかわいい」

どうしよう、こんなことしか言えない。朝顔の妖精みたいなこと俺も言いたいのに心がいっぱいになってもう何も浮かばない。かわいい。ーーーすごくすごく、かわいい。

にこにこと微笑ましそうにわこおばさんが見て来るが隠す気にもなれない。なんとか踏ん張ってしっかりと自分の脚で立ち、歩み寄ってーーー袖から覗く指先を指先で握った。

真っ赤に染まっているであろう頬も。いっぱいいっぱいになっているとわかるであろう落ち着きなく揺れる肩も。

ーーー言葉でこれ以上伝えられないのなら、この態度で伝わってくれればいいと。

「……すごく、かわいい」

小さな声でそう言うと、彼女は自分を見上げ、ありがと、とやわらかく微笑った。




虫の音が聞こえる浴室の中、その真っ白な背中を流した。

「ありがたいんの、最近、風呂に浸かるのもなかなか大変になってしまってのぅ」

「いえ、痒いところありませんか?」

「気持ちええのう」

「よかった」

銭湯でもない風呂に誰かと入るのははじめてだった。くのじいのその背中を泡立てたタオルで擦る。誰かにこうしたことがないから自分の力加減が合っているのか不安で傷付けてしまいそうで怖くて、けれどくのじいの表情が心地よさそうに微笑んでいるから心がふわっと軽くなる。

「……おひぃさんは、元気にやっとるかね?」

「……はい。……すみません、本当。いきなり付いて来てしまって」

「ええの、ええの。……おひぃさんからの手紙で聞いとったからの。一度会ってみたいとずぅっと思ってたんの。……会えて良かった。安心したんの」

「……そう言って頂けて、うれしいです」

「それに、おひぃさんのことやから。黙って家を出たんやろう? おひぃさんはの……本当に辛い時や苦しい時こそ、本当に上手に隠すことが出来るからのう。……頭の良い子じゃ。……かわいそうに、なるくらい」

「……」

「たくさん、ひとを惹き付けるからのう。たくさん、後生大事に抱え込むからのう。柊の血も幸絵ちゃんの家の血も、全部全部引き継いで呑み込んで生まれた子じゃあ。あの子の持つ不器用さは美徳やの。美しくて、誰もが欲しがる」

「……」

「周りが勝手に奉って。……騒いで、祭り上げて。……そんな風になり易い美徳やの。……港が死んでから、さらにその美徳は強まった。……何年か前から、いいお友達にも恵まれているみたいやからのう……ほら、吉野ちゃん。あの別嬪さんも昔家に来たんよ、おひぃさんと一緒に。あの子もまた難儀やが美しい性根を持った子やのう。おひぃさんと同じ、将来が楽しみやの」

三木も来たことがあるのか。

「再婚して、家族が出来て。……おひぃさんは、失うことが大嫌いじゃ。常に恐れとる。……今だって誰かを失ったまま、まだほんの少しも、立ち直れておらん」

「……」

彼女を愛し彼女が愛する誰か。……失った、心を全部くれたというひと。

「……難しくて、不器用で、いつふらりと消えてしまうかもわからん子やの。……けんど、本当に、本当にやさしい子やの。……なあ、蕪木のともりさん」

「はい」

「あの子のことが愛しいかの?」

「はい」

「そうね」

「はい」

「いざとなったら、わしの代わりに、よろしゅうの」

「はい」

じわり、と、滲んだ熱いものを呑み込んで、睨むようにーーー目指すように、その背中を見据える。

「はい」


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