あなたの嫌いなその日のこと 6
到着した家は雨と紫陽花のよく似合う、縁側のある古き良き日本家屋だった。ぽつぽつとある飛び石が雨に濡れてつるりと美しく光沢を放つ。
駅で彼女を見付けて数時間。目的地に到着した。
「くのじいー、みぃちゃんとみぃちゃんの未来の旦那さんよー」
何やらいろいろあきらめたのか彼女は何も言わなかった。いや、早くくのじいに会いたいと急いていたのかもしれない。微かに線香の匂いのするその飴色の木目の玄関に上がり、廊下を進む。
「ーーーくのじい」
畳の青い匂い。仏壇のあるその部屋に、そのひとはいた。
座布団に座るそのひとの前に、彼女がぴょこんと膝を付ききゅうっと抱き着く。
「おひぃさん、久しぶりじゃの」
皺の刻まれた手がやわらかく彼女の背を撫で、やさしく言葉を紡ぐ。
「よう来たの。ーーーおひぃさんに会うのが楽しみで、昨日は眠れんかったよ」
「うん。わたしも」
細められた眼がゆっくりと身を離した彼女と合い、ふは、と笑い合った。
「婿を連れて来たんか?」
「うーん、そうではないんだけど……でも私なりには大事にしてるつもりで、とっても大事にしてもらってるひとが一緒」
「それで十分ね」
彼女の髪を懐かしむようにさらさらと撫でたそのひとは、ゆっくりとこちらを向いてーーー微笑った。
「よう来てくれたんね。檞のじいちゃん、くのじいって呼ばれるもんの」
「ーーーはじめまして、蕪木灯です」
畳の上に正座し、折り目正しく頭を下げた。
「お世話になります。よろしくお願い致します」
「お客さんなんだから、ゆっくりしてていいのよ?」
「いえ、手伝わせてください。急に押しかけて来たんですし」
「はああ、最近の若い子はいい加減なんて言うけど、全然違うじゃないの。やっぱりあてにならないものねえ、世間なんて。……ああ、そうだ。あのね、申し訳ないんだけど、ひとつ頼まれてくれないかしら?」
「何でも仰ってください」
「廊下の電気が切れてしまっているところがあるの。替えの電球はあるんだけど、もしよかったら、」
「もちろんです。場所を教えてください」
彼女とくのじいをゆっくり話させてあげよう。お茶を持って来てくれたわこさんのそんな目配せを受け眼でうなずき返し、台所まで着いて来ていた。替えの電球を預かり奥の方の廊下へ案内される。
「ここなのよ。夜トイレに行く時ここを通るから早く替えなきゃと思っていたんだけどね、以前椅子に登って私落ちちゃったことがあって。三日後に市の見回りの方が来るから、お願いしちゃおうかと思ってたのよ」
「バランス崩れちゃいますもんね」
だが、幸いなことに天井が比較的低めだったので少し背伸びするだけで椅子は必要なかった。新しいものと入れ替えスイッチを押すと、ぱっと一気に明るくなる。
「ああ、ありがとう! これで大丈夫だわ! 背が高いのねえ、本当助かったわ!」
明るくなった電気の下でうれしそうに手を叩いたわこさんが笑い、ふっとこちらの心も軽くなる。叔母とはまたタイプが少し違うが、女とはいえ全く嫌悪感は感じなかった。役に立ててうれしいと心がはしゃぐ。
「せっかくですから、何か力仕事とか高いところの仕事はありませんか。これでも近所のご老人宅によく出入りして働かせてもらってるんです」
「なによ、最近の若い子どころか私たちの若い時代よりもいい子じゃないの! 本当世間あてにならないわね!」
「いえ。お礼にっておいしいおかずとかもらってるんで、ボランティアとかじゃないんですけどね。煮しめがおいしくておいしくて」
「任せて頂戴、腕を奮うから! あ、でも、最近の若い子って好き嫌いどうなのかしら? みぃちゃんは椎茸と穴子以外何でもよく食べるから考えないで出しちゃうのよ」
「何でも食べます。……辛子と山葵は今修業中ですが」
小さく付け加えるとわこは「任せなさい!」とにっこり笑った。




