あなたの嫌いなその日のこと 4
新幹線を降りたらそのあと在来線でさらに二時間弱かかるらしい。
「お昼、簡単でもいい?」
先を急ぐ様子の彼女に黙ってうなずく。彼女と一緒なら何でもいい。
鞄少し大きめの肩掛け鞄から彼女がおにぎりを取り出した。いつの間にかに作っていたらしいそれのアルミ箔を片手で不器用そうになんとか剥く。……利き手である右手を今はがっちり封じているのだった。流石に走行中の新幹線から逃げる術はないはずなので離そうかと思ったが、意に反して自分の手はぴくりとも思わなかった。
「はい。あーん」
「え?」
「ん? ……あそうか、ともりは右手空いてるのか。じゃあ自分で食べられるね」
「え? あ。……や、無理。あーん」
あーん、と、おにぎりを口元に差し出されたので思わず一度二度瞬きをしてから我に返った。手を繋いだまま食事することに適応し過ぎだった。
シャケを全体にまぶしたピンク色がかった、白い空に散る桜吹雪みたいなおにぎり。いつも彼女がつくるもの。右手を使わないまま口を開け、それにぱくりとかぶり付く。やさしく満たす、素朴な味。
「おいしい?」
「ん、」
もぐもぐとしながらもこくりとうなずくと、漸く彼女はちょっと笑ってくれた。
「多めに作っては来たんだけど、足りなかったら駅弁買おうね」
「ふぇいき」
ごくん、と飲み込んで、
「選手交代。おにぎりちょうだい? 今度は俺が食べさせる」
「え? それは恥ずかしいからいい」
あっさりと首を横に振った彼女がついゆるんでいた手の中からするりと手を引こうとしたのであわてて捕まえる。
「待って。まだ駄目。落ち着かない」
「食べる間だけちょっと離して? 左手だけで食べるの私すごく下手なんだ。両手使えても薄暗いところでハンバーガーの包み紙剥けないほど不器用なんだから」
「どんな状況なのそれ。その時どうしたの」
「一緒にいた子が剥いて持たせてくれた」
「なにそれかわいい。俺が剥いて食べさせてあげたかった。……だから今は俺がおにぎり食べさせてあげるよ。ほら、貸して」
「やだ。恥ずかしい。それに今私物騒なこと考えてるからつい指噛んじゃうかも」
「噛んでくれるの? 首とかも噛んでほしいな。ひとから見えるところに付けてくれない?」
「違う方向性で物騒なこと考えてないで手離そうか」
「本気なのに……物騒なことって?」
「馬乗りになってあの澄ました顔殴りたいとか、その程度だよ」
「……みーさん、やっぱ怒ってる?」
「ううん。全然」
長いようであっという間だった新幹線から降り、一度駅の外に降り立った。
「ともりの服買って行こう」
着いた先ではコンビニもあまりないから、と言われ素直にうなずいた。従います。
ぱ、と傘を開いた彼女に促されて中に入った。するりと傘を抜き取り濡れないように彼女の肩を軽く抱く。相合傘。うれしい。幸せ。
「傘も買った方がいいかな」
「絶対いらない」
首を横に振って断固拒否し、駅前のデパートに入っていた量販店でインナーとシャツを買った。エスカレーターの立つ方が逆だったり、耳にする言葉のイントネーションが違ったり。……西に来るのは中学の修学旅行以来だった。つい視線をうろうろさせているのが不思議だったのか彼女がきょとんと見上げて来る。
「どうしたの? 大丈夫?」
「え。あっ。うん。……めずらしくて。あんまり来たことない」
「修学旅行とか以来?」
「うん。それにあんまり覚えてないし。鹿は覚えてるけど」
「鹿かあ。追っかけ回されなかった?」
「鹿煎餅持ってないのに鹿に囲まれた」
「……鹿もやっぱりここまで桁違いの顔立ちだと寄って来るのかな。興味深い。……」
「どうしたの?」
「ん? んー、ともりが中学三年生だった時、私は高校三年生だったんだなあって。学生時代の三つって結構大きいね? 今も大きいけどさ」
「……今は大きくないよ」
自分だって大学生になって。彼女は今、卒業を控える四年生で。……来年は社会人。働きはじめる彼女と大学二年目の自分。ーーー焦るな。自分が焦っていることくらいわかっているのだから。
「中学時代のともりかあ。ふは、会ってみたかったなあ」
物騒な考えは新幹線の中に置いて来たのか、ゆるく笑って彼女が言った。再び駅に戻り、在来線のホームへ向かう。
「……愛想も可愛げもないガキだったよ」
「そのぎらぎらしてるともりを構い倒したい。ぎゅーってしたりよしよししたり。今よりも小さかったんでしょ?」
「そりゃあ……でも今のみーさんよりも大きかったよ」
「え」
「みーさん百六十もないじゃん。俺中学時代百六十あった。……みーさん?」
呆然と見上げて来る百五十五センチを見下ろす。百五十五.五だと、彼女はいつも言い張るけれど……。
「……五歳。五歳ともりにしよう。五歳のともりをぎゅーってしたい」
「ああ、それはもう是非。今でもいいよ」
「大きいともりは遠慮します」
「酷い」




