彼らの永遠 9
暗い中、日代はスマホの明かりを頼りに課題をやっていた。まだ納めていない単位があるらしい。
「日代ごめんね、気遣わせて」
「や、いいよ。半運命共同体とはいえ、この作品はこの作品。完成しないのは嫌だから」
「そっか。……あのね日代、半運命共同体って言葉を軽く扱ってる気がするけど、半分だろうが運命共同体は軽くないからね」
「……確かに」
「でしょ」
くすくすと笑い合った。
「御影は変な奴によく好かれるからなあ。気を付けなよ、卒業してもさ」
「日代は私の周りで数の少ない普通なひとだから貴重だよ」
「鉢峰は?」
「鉢峰は変じゃん」
「変だな」
「嫌だなあ、この組のメインスタッフ三分の二がおかしいのか。編成として駄目じゃん」
「あ、自覚はあったんだ」
失礼なことを言う日代を相方にその日の作業は無事終わり、湯川に遭遇することもなく駅で日代と別れ電車に乗った。作業進度を鉢峰にメールで報告し、……あの日受けたメールを見る。
「……」
返信した時には既に、そのメールアドレスは存在していなかった。誰でも取得出来るアカウントなので捨てたのだろう。……。
帰宅し、今日のともりは揚げ物に挑戦したいと言っていたので唐揚げを一緒に作った。と言っても一度二度お手本を見せて、あとは危なくないように見守るだけだったけれど。跳ねた油でたまに小さな火傷をこしらえながらも、ともりはからりときつね色に唐揚げを揚げた。
「初挑戦してはなかなかに見える」
「なかなかどころかとっても優秀だよ。いただきます!」
「めしあがれ」
早速唐揚げに箸をのばした。ふうふうと冷ましてからぱくりと一口。さくりとした衣の食感に香ばしさ、じゅわっと滲み出る肉汁とやわらかさ。ちょっと心細そうにともりが見る中、最初のひとつを食べ終わりにっこり笑う。
「おいしい!」
「本当? ……よかった」
ほっとしたようにともりが微笑んだ。安堵したようなふにゃっとした笑顔。
「いただきます。……ん、んー。うん、まあそこそこ……みーさんの味付けとちょっと違う。やっぱみーさんの方が好きだ」
「でもともりのもおいしいよ?」
「ありがと。でも、目指すのはみーさんのだなあ。これも悪くはないけど」
思案げにもぐもぐと食べながら視線を彷徨わせる。何が多くて何が足りないのか考えるように。
「何だろう、調味料の分量? みーさん目分量だからそこ見様見真似しか出来ないし。やっぱ感覚かあ……こればっかはもう、数こなして慣れるしかないね。……頑張ろ」
「……」
ぼそりと最後、独り言のように付け加えたともりを見てーーーまたひとつ、唐揚げを口に運ぶ。味わって、飲み込んで。
「……ともり、火傷大丈夫だった?」
「ん? ……ああ平気。ちょっと飛んだけだし。だいじょーーーや、駄目だ。明日に支障が出るかも。ねえみーさん、あとでキスしてくれない?」
「確かに頭は大丈夫じゃないね」
『結局遭遇したんだ。日代が節穴なのはわかってたけどやっぱり案の定か』
「節穴言うな。あれでうちの組の唯一の良心だぞ」
というか三人中だけれど。班で言うとまあーーーいや、結構無茶、無理、無謀なメンバー、かな? ああ、早くみんなで集まって打ち上げしたい。
『で、結局蕪木にも言ってないと』
深夜二時、寝入っていた時間だが鉢峰は遠慮なく電話してきた。漸く時間が出来たと言って。確かに作業進度を報告したメールに返信がなかったから、忙しいのかなあとは思っていたが。
『前も言ったことにさらに付け足すけど。蕪木は御影のことが好きなんだから、きちんと知りたいと思うと思うぞ。家族同然ったって姉弟感覚だとは絶対蕪木は思ってない』
「……」
『今従兄弟関係レベルで留まってるのは蕪木の決意の固さでしかないんだから』
やっぱり家族じゃん。
『やっぱり家族じゃんって思っただろ。残念、従兄弟は結婚出来る』
「何の話だい。……ともりもね、その内周りが見えるようになるよ。来年から私も社会人だし」
社会人と学生。距離が置けた気がして、ほっとする。
『どんなにほっとしたって結局三歳差だからな。せいぜい時間稼ぎくらいにしかならない』
「……」
『好きになるまでの執行猶予は短いぞ。あっという間に蕪木は卒業して自立した社会人になって御影に追い付く。弟でも従兄弟でも家族でもないひとりの男として。その時歳の差なんて全く問題にならない。そもそも残念歳なんて最初から問題じゃない』
「……」
『自分でもわかってるだろうけど。そういう関係として受け入れるのが怖くて逃げてるだけだからな、御影』
「……偉そう、に」
『二年間修羅場を共にした奴が躊躇って怖がって怯んでたらこれくらいは言うよ。卒業したら御影、何の枷もなくなったってどこにでもどこまでもひとりで行きそうだから』
「……」
『まあ本当に酷くなって作業に差し障りも出るレベルにまでなったら、俺も躊躇わず学生課に報告したりするから。俺のこれからもかかってるんだから』
「……うん」
そっくりそのまま返したくなって、やめた。
ミユキは湯川が気に喰わない。
「……?」
鉢峰と喋ったことで喉が渇き、水を飲んでから寝ようと部屋を出た。明かりの消えた廊下に漏れる、ともりの部屋の明かり。ドアの下の隙間から滲み出るそれ。
まだ起きているのか、と思い、早めに寝た方がいいよと言おうと小さくノックする。……返事はない。
「……ともり?」
薄くドアを開けて。返事はなく、そのままドアを開けた。
スタンドライトまでついた明るいともりの部屋。机に突っ伏する形で、ともりは眠っていた。
「……」
そっと近寄り、覗き込む。ぐっすりと眠り込んでいるともり。開かれたノートに教科書に電子辞書。羅列されているのは英語。
「……」
近くにあった単語帳を手に取る。ぱらぱらとめくると、何度も何度も繰り返し読み込んだのか表紙が擦り切れている。あちこちにチェックマークがあって、ひとつひとつ、ともりが丁寧に取り組んでいたのが手に取るようにわかった。
シャーペンを握りしめたまま眠っているともり。
その手からそっとシャーペンを抜いてーーー小さな火傷の痕。薬を塗ったので、そこだけ艶やかに潤っている。
穏やかな寝顔。子供っぽくてあどけない表情。瞼にかかる前髪を軽く梳くと、心地良さそうにすり、と指先に擦り寄られる。
「ん……」
微かに弛んだ口元を見て、小さく微笑んだ。




