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不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第七章【番外編】

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【とある親子の婿殿候補・観察記録】その二

1月17日、昼に一話、夜に二話更新しています。

 アルゲオと別れた後、フェーミナは早速準備に取り掛かる。婚約お披露目会は大規模な夜会では無く、親しい者だけを招いたようで、服装も簡易的なもので構わないと招待状に記されていた。

 お披露目会は一週間後だが、準備に余念が無いフェーミナは着ていく服と共に、対イグニス用の作戦も緻密に練り上げる。


◇◇◇


 お披露目会当日。

 急遽参加が決まったフェーミナにフロースは驚いていた。彼女が公の場に姿を現すのは一年振りだという。

 今回もフェーミナの代理でフロースが行く事になっていたので、予想外の展開にひたすら驚愕をしていた。


「お祖母様、体調は本当に問題ないの?」

「ええ。侍医も大丈夫と言っていたわ」

「そう。だったら良いのだけれど」


 フェーミナの扇で隠された口許は、上向きに弧を描いていた。


 ーーこれからどんな愉快なことが起こるのかしら?


 そんな気持ちをひた隠し、孫娘を伴って王宮へと出掛ける。


 会場には思っていた以上の招待客が居て、久方振りに姿を見せたフェーミナの元には沢山の人だかりが出来上がっている。そんな者達を丁寧に捌いていたフェーミナだったが、意識は会場の全体を見渡すようにしていた。


 パライバ王子の近くには親衛隊の若手しか居ない。副隊長と思わしい長身の騎士は、王子より少し離れた場所に居たが、イグニスの姿は確認出来なかった。

 フロースに近付こうとする男たちを追い払いつつも、どうやって本日の獲物と接触をしようかと作戦を練り直していた。

 ふと、視界の端にあった孫娘の様子が落ち着かないものになっているのに気が付く。周囲を忙しなくキョロキョロと眺め、まるで何か探し物をしているかのようだった。


「フロース?」

「!!」

「何か探し物?」

「え!?」


 彼女がイグニス・パルウァエの姿を探しているのは分かっていたが、淑女がこのように落ち着かないのは誉められたものではなかったので、きつい口調で尋ねてしまう。


「フロース、このような場所で、忙しなくしてはいけないわ。あなたは淑女なのよ?」

「……はい」


 フロースは自分の行いを顧みて、反省するかのように肩を落としていた。

 そんな中で、知り合いが話し掛けて来て、ついつい十分程話し込んでしまう。

 そして、知人と別れた後で背後に居た筈のフロースを振り返れば、付き添いの侍女を残して居なくなっていた。


 侍女曰く、知り合いを見つけたから話に行くと。


「……まあ、本当に? 困った子ね。あなた、フロースを探して来てくれるかしら」

「畏まりました」


 周囲を見渡してもフロースの姿は無い。おそらくはイグニスを見つけたからこの場を離れたのだろうとフェーミナは予測する。

 数分後、優秀な侍女はフロースを発見したと報告し、フェーミナはその場へと歩き出す。


 パライバ王子の斜め後ろにある柱の影にイグニスとフロースは居た。突然居なくなった孫娘に声を掛け、探すのに苦労をしたと文句を言いながら詰め寄る。何故このような場所にと疑問に思い、真面目に見える騎士が物影にフロースを連れ込んだのでは? と顔をしかめたが、最初から会場にイグニスの姿が無かったので、思い違いだったと瞬時に察して心の中で謝りを入れる。


 フェーミナは偶然イグニスと会ったようなていで挨拶をし、フロースに乗馬を教えてくれている事に対しての礼を言った。フロースはまたしても心配そうにイグニスを見上げ、前みたいにフェーミナが心無い質問をしないかハラハラと落ち着かない様子だった。計画ではこの場で色々と聞き出そうかと思っていたのに、このままでは孫娘の妨害が入りそうだと思って予定を変更する。

 フェーミナの取った作戦とは、イグニス・パルウァエを乗馬に誘い、色々な対応を見てみようというものだった。母親との思い出話を交え、馬に乗って出掛けないかと誘ってみれば、快く応じてくれた。

 ただ、隣に居たフロースは祖母がイグニスと出掛ける事になった事実が面白くなかったようで、みるみる内に不機嫌な顔となってしまった。フェーミナの顔を見ながら何か言いたい様な顔をしていたが、唇を噛み締めて我慢をしている。彼女は自分が祖母に口で勝てないということはよく理解していたのだ。


 こうして無事に獲物イグニスの捕獲準備を済ませたフェーミナは不機嫌なフロースを伴って、上機嫌で帰宅をする事となる。


◇◇◇


 侍医から外出の許可を貰い、意気揚々と遠乗りに出掛けたフェーミナは、迎えてくれたイグニスにスカートの裾を掴んで膝を軽く曲げる淑女の礼を取る。それに対してイグニスは右手を心臓の上に置いて、片足を一歩引いた状態で膝を曲げる、騎士が相手に敬意を示す挨拶で返してくれた。終始真面目な顔で(こうべ)を下げていたが、フェーミナと目が合うと、少し照れたような笑顔になる。


 まさかイグニスがこのような紳士的な挨拶をしてくるとは思ってもいなかったので、フェーミナは自然と顔が綻んでしまうが、こんなに簡単にほだされてはいけないと自分に言い聞かせて、獲物の粗探しを再開させる。


 医師は長い時間の乗馬を許してはくれなかった。なので途中まで馬車に乗って移動をし、細い街道に入ってから馬に乗るよう言われている。


 公爵家から護衛と侍女を数人連れ、イグニスの乗る馬を先頭に馬車は街道を進む。


 細い街道に入る前にフェーミナは馬に乗り換えようとしていたが、ここでもいたずら心が湧いてきてしまう。

 乗馬に慣れていないフェーミナの為に、大人しい気性の馬が連れて来られていたが、イグニスが跨っている綺麗な白い馬に乗りたいと言ってみる。

 親しくも無い老婆と馬になんか乗りたくないだろうと、浮かんで来る笑みを扇で隠しながらイグニスを見れば、馬が褒められたのが嬉しかったのか、フェーミナに礼を言って愛馬の鼻を優しく撫でていた。

 そしてフェーミナと一緒に乗馬をする事を嫌がりもせずに、公爵家が予め用意していた、あぶみが二個装備されている二人乗り用の鞍を自分の馬の背中に装着させている。


「……フェーミナ様、馬に乗るときの踏み台を用意していましたが、あの騎士様の馬は大きいので用意したものだと届かないかと」

「あら、そうなの?」


 公爵家がフェーミナの為に用意していたのは小柄な馬で、女性の護衛と二人で乗る予定だった。乗馬の際に使う台もその馬に届くような品だったので、馬の中では大柄なイグニスの馬に乗るには高さが足りないという。


「だったら私がフェーミナ様を持ち上げて馬に乗るお手伝いをしますが」

「まあ!!」


 フェーミナはちょっとしたいじわるのつもりだったので、乗れないと分かった時点で引くつもりだったのに、当のイグニスが持ち上げて馬に乗せてくれると言ってくれたので、そのままお言葉に甘える事にした。


「それでは失礼します」

「お願いね」


 イグニスは一息でフェーミナの体を軽々と持ち上げ、丁寧に馬の上に乗せる。自分も鐙に足を掛けて後ろに跨った。


「びっくりしたわ。あなた力持ちなのね。羽が生えたみたいにふわっと浮いたから、驚いたわ」

「そんなことありませんよ。フェーミナ様が軽かったから、楽々持ち上がっただけです」

「……あら、そうなのかしら?」

「はい。……それはそうと、馬の乗り心地はどうですか?」

「ええ、安定しているわ」

「それは良かった」


 イグニスの大きな白い馬はフェーミナが乗っているからか、いつも以上に慎重に走っている。はじめは体が強張っていたフェーミナも次第に慣れてきて、景色を楽しむ余裕も出て来た。


「若い時に乗馬をした時は、怖くて楽しむ暇も無かったけれど、今日は楽しいわ。馬に乗るのが好きになれそうね」

「光栄です」

「あなたは馬に乗るのは好き?」

「はい。休みの日は二頭の馬を連れて草原に遠乗りに出掛けています。鞍の無い馬に乗るのも好きです」

「…鞍の無い馬になんか乗れるの?」

「コツを掴めば案外簡単に乗れるんですよ。ーー馬の体温とかが直に伝わって心地がいいんですが、夏場だと馬の汗で股が大変な事になります」

「ふふ、それは大変」


 イグニスとの相乗りは、意外にも話が絶える事無く、和やかな時間が過ぎて行った。


◇◇◇


 少しの間イグニスと行動をしただけでフェーミナは分かってしまった。


 これはフロースが好きになる訳だと。


 貴族の子息たちは幼い頃から女性に対する態度を教え込まれる。が、その様子はどうしても演技掛ったものになってしまったり、皆同じ内容を学ぶので似たり寄ったりな対応になってしまうので、フェーミナのような長い年月を生きてきた者には、それが躾けられて出て来た行動だと分かってしまうのだ。

 しかしながら、イグニス・パルウァエという男は無意識の中で女性を敬おうと行動を起こす、天然の紳士なのだろうとフェーミナは考える。


「ーー私の完敗だわ」


 川辺を歩く際に、足場が悪いからと自然に差し出されたイグニスの手を掴みながら、フェーミナは誰にも聞こえない程の小さな声で負けを認めた。


 【とある親子の婿殿候補・観察記録】完

番外編の更新はこのお話で終わりになります。今までお付き合い頂きありがとうございました。

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