四十一、貧民 四
「義兄さん、手の平にトラバスさんの顔が移ったでしょう?」
「え? そ、そうだ」
「トラバスさんは、義兄さんの夢葬を通じて、自分の力の一部を義兄さんに植えつけたの。だから、義兄さんが見聞きしたことは、トラバスさんにも筒抜けになってる」
「私の本音に反応するんじゃないのか!?」
「それも正しいけど、厳密には、義兄さんが本音で接した情報……つまり、義兄さんが正しいと確認した情報だけが、ふるいにかけられてトラバスに伝わる」
『レッタさん! どうせならもっと詳しく教えて下さいよ!』
『嘘はついてないわよ。私だって、それ以上のことはわからなかったし。トラバスが、それほど狡猾だったってことでしょ』
今さらレッタを糾弾しても始まらない。
「ま、待て……。致命的な事実が一つある」
「致命的……?」
パニーが、心配と気遣いに小首をかしげた。コーダーも、唇を真一文字に引きむすんでいる。
「私が、トラバスの寝ていたベッドを、未消毒のまま使って寝たのがトラバス自身にバレたことだーっ!」
「バカバカしい」
一息に斬りすてるコーダー。
「義兄さん、そこは重要じゃないから」
パニーも、心なしか口元が引きつっている。
「仲間内だけの秘密じゃなくなったんだ! もはや私は……」
「フォニアの人形がどこにあるかまでは、やつはまだ知らん」
「そうですね。私達にとって、数少ない利点です」
「わ、私の心を……」
「どうせ、みんな周知のことだから、もういいだろう」
こちらの無念に何ら反応しないまま、コーダーは、懐から一本の巻物を出した。くすんだ青色をしており、遠目にも頑丈な紙に書かれているとわかる。
「何ですか、それは?」
「系図だ」
「系図?」
「聖堂から持ってきた」
「せ、聖堂って……まさか……」
「大将。さっきから、雨が振っているだろう? 俺は、『雨水コーダー』だ」
「盗んだのか!」
痛快な感動と、衝撃の恐怖で、声がうわずった。
「拝借した。あとで返す」
「でも、そんな時間があったのか?」
「数十年前、俺が捕まった時。あのヤマは、聖堂への侵入だった。有力者とのコネですぐに釈放されたが、仕かけだけはずっと残しておいた。頑丈で、百年たっても働く仕かけをな」
説明を終えたコーダーは、巻物を広げ、パニーにも衆目にも、こちらにも順ぐりに中身を晒した。
「リネットとフォニアはもちろん、彼女らの子孫がパニーだと、はっきり書いてある。そして、リネットの夫が、ユーバの祖先とも。もっとも、ユーバの祖先は、不老特性までは持ってなかった。代わりに、人の心を束ねたり操ったりする魔法を熱心に開発していた。フォニアとフィナンを裏切ったユーバは、リネットの夫から数十代あとだが、人形に魂を吹きこむ術は初代譲りだ。さらに数百年して、今の世になる」
「その数百年で、人形の技はユーバ家から忘れられて、ペンドルが引きついだんだな」
「大将、ようやくこちら側に帰ってきたな」
「お帰りなさい、義兄さん」
「な、何だか……何だか……嬉しいけど嬉しくない!」
「あとにしろ。オリン教を作ったのは初代ユーバだが、教会はすぐ他人の手に渡した。存在しない神を祭るのは、他人にやらせた方が具合がいい」
「先祖代々、狡猾というより卑劣なやつだな」
「大将、あいつらを弁護するつもりはないが、政治だの宗教だのに首を突っこんだら誰しもそうなる」
「これが、歴史の真相なんですね。とりあえず、ここにいらっしゃる方々には、ご理解頂けたと思います」
パニーの主張に、熱狂的な拍手や絶賛はなかった。長椅子に座る貧民達は、自分達の想像をはるかに超える事実に、ただただ圧倒されている。貧富の差を問わず、これから先知らされていく、他の大半の市民達も似たようなものだろう。
「大将の手の平を通じて、やつも知っただろう。そして、ここにいる人々が知ったからには、いずれ街中に広がる」
「だからトラバスは、我々を始末して巻物を回収しないといけないんだな?」
「そうだよ、大将。機会はお互いに、あと一回しかない。あとは、トラバスの居場所さえはっきりすればいい」
「それなら、多分、私が……」
パニーが、こちらを注目した。
「どうしたんだ、パニー?」
「義兄さん、こっちへきて」
ここ半年でようやく、パニーからその要求が……! と、浮かれてはいられない。まずは歩いた。パニーも、地下室へのドアを離れて、説教壇の隣まできた。
「右手を出して。手の平を上に」
パニーの指示を実行すると、彼女は自分の右手を……手の平を下にして……そっと重ねた。かさかさしてはいるが、衆目の前で義妹と儀式めいた肌の接触をしていることに電撃さながらの喜びを味わった。
「トラバス……いる……どこか、お金持ちの部屋に」
「金持ちの部屋?」
喜びはすぐに消えた。手を動かさないまま聞いたが、パニーは難しげに目をつぶっている。
「肖像画が壁にかかってる……『初代ユーバ』って……良く似たひとが、絵の脇に……。司教猊下もいる……衛兵さんも……」
「ユーバ家だ。富裕区の」
コーダーが断定した。
「パニー、これって……お前の力なのか?」
「うん。でも……トラバスの力を利用して、逆にたどっただけだから」
パニーは、手を離した。自分の手の平にあるトラバスの顔が、嘲笑っているような気がする。
「こうなれば、関係者一同が雁首そろえたところへ、我々も乗りこもう」
「義兄さん、私も……」
「もちろん。これで四人か」




