三十九、貧民 二
「皆さん、先ほどお話していた、タック氏とアコー氏です。あとの二人は、ミラー参事会員のお孫さんでテティ嬢と、同じく召使いのノンド氏」
コーダーが、淀みなく説明した。
「タックとアコーはともかく、テティだかノンドだかは富裕区の連中だろ!」
貧民の一人が、苛だちを露わにした。テティははっと目を覚まし、縮こまる。トラバスのような『勇者』……いや、『暴者』には一歩も引かないのに、トラバスの数万分の一も強くない貧民には萎縮している。
「お嬢様は、勇者トラバスにご自宅を破壊されて避難を余儀なくされていらっしゃいます。ただの被害者であり、今回の事態に何の責任もありません。どうか皆さん……」
「うるせぇっ、金持ちの使い走りが!」
ノンド必死の説明が、残酷にも打ちくだかれた。
「ここは神のお言葉に耳を傾ける場所。神の御前に、富者も貧者も関係ないでしょう?」
アコーが、代わって貧民に訴えかけた。貧民達は、いっせいにげらげら笑った。
「何がおかしいのですか?」
「尼さん、俺達はリネット教徒だ。オリン教徒のあんたは、ここでは邪教徒だよ」
別な貧民が、目の縁についた涙をぬぐいながら教えた。中年の男性だが、体格はアコーより多少ましな程度だ。
「そ、そんな……ここは、オリン教の教会です」
「この前まではな。でも、同志ケードが命をかけて奪回した」
「同志……」
放心したように絶句するアコー。
「そこまでおおっぴらにいうからには、もう衛兵も教会も怖くないんだな?」
「そうとも、大将。最初に断っとくが、俺はリネット教徒じゃない。ただ、つきあいはあった」
説教壇から、コーダーは衝撃の真相を告白した。
「何故だ!? 何故黙っていた?」
「契約書には、信教の欄がなかったからな」
どうせ街の宗教はオリン教しかない。だから、記入欄が最初から存在しない。
「ここにいるなら、伝言でも残しておいてくれよ!」
「トラバスにでもそれを知られたらどうする? 大将にはアコーもついているし、いずれはここにくると踏んだんだ」
「ケードのことも知っていたのか?」
「いや、細かいことはついさっき……もう、昨日か……まで何も知らなかった。俺は、パニーの身柄をこっちの人々に渡したくないから、ひとくさり演説をぶっていたんだ」
「そ、そうだったのか。待てっ、パニーはどうなった!?」
「この教会の地下室に寝ている。安静なままで、異常はない」
「なら、まあ……」
「良くはないです! 強盗殺人よりもはるかにタチが悪い! 聖所冒涜です!」
アコーがゼニカネぬきで真剣になると、たいていろくなことにならない。
「さっきもいっただろうが、もうオリン教はお呼びじゃないんだよ!」
ケードを同志と呼んだ、さっきと同じ貧民がいいかえした。
「ケードは、オリン教など存在しないといっていたし、トラバスもそういった。あなた達も同じ考えなのか?」
ここはさすがに、自分が前を切らねば。
「当たり前だ! オリン教こそ、この世界から消えうせるべきだ!」
「そのオリン教の炊きだしで命をつないできたのは、あなた達だろう」
オリン教がろくでもないのは、ここの人々と共通だが、アコーのために一言質さねばならない。
「利用できるものは何でも利用するさ。そのやり方を、他人にとやかくいわれる筋あいはないね!」
「なら、せめてパニーを利用するのをやめてくれ」
まさしく本音だ。
リネット教徒の貧民達は、恥じいってこちらの主張を実行したりはしなかった。爆笑で迎えた。
「何がおかしい!」
思わずアコーと変わらない台詞が口をついた。
「リネット教徒の中で、パニーを生け贄にしてリネットの強化を考えているのはごく一部だ。いわば、リネット過激派だ」
笑いがひとしきり収まってから、コーダーが説明した。
「だからって、笑いとばすことはないだろう!」
「俺達は貧しいってだけで中間層区や富裕区の連中から毎日笑われてきたんだよ!」
「それとこれとは話が違う!」
「まあ待て、大将。パニーはそもそも、過激派と本流との間を取りもとうとしていたんだ」
「ええっ!?」
次から次に、衝撃を上回る衝撃がもたらされる晩だ。
「俺も、つい最近知った。確証がないから黙っていた。大将から、トラバスもオリン教を否定したとさっき聞いて、ようやく事実だと納得できた」
「ど、どういうことなんだ?」
「もう、隠す必要もないだろう。パニーは、リネットの直系の子孫だ。ということは、フォニアのそれでもあるんだが、生きている間にいつかは祖先の邪教徒認定を覆したかったのさ」
「どうして、そんなことにこだわるんだ? 自分が邪教徒認定されかねないからか?」
「それもある。だが、根本は、オリン教がでたらめな根拠で市民を弾圧するのが許せなかった」
「……」
まさに赤心、立派な志だ。自分は、義妹への妄想にばかり耽っていて、彼女の本音に何も気づいてなかった。
「それから、ケードもケードの妻のキャスクも、本流のリネット教徒だった。彼女を教会に密告したのは、過激派の連中だよ」
「何だって!?」
まさに内部分裂。それで喜ぶのはオリン教だというのに。
「過激派は、毒をもって毒を制すとでもかんがえたんだろうな。なるほど、本流の信者は芋蔓式に捕まった。ついには、貧民区でだけ生存するようになった。内部抗争で有利になった過激派は、特効薬にちょっとした加工を施した」
「ま、まさか……」
ペンドルの錯乱ぶりが、まざまざと脳裏に蘇る。
「そのまさかだ。特効薬を飲むと、強制的にリネット教過激派になるよう洗脳される。この仕組みが陰湿なのは、健康な人間が飲んでも何ら異常を起こさないことだ。それを、中間層区で大量に配布する準備を整えていた。もちろん、本来の薬効は、ただ病気が治るだけだった」
「すると、今回の暴動は、リネット教過激派を一掃する意図があったのか?」
「大将、良くわかったな。正確には、暴徒に紛れて粛清をおこなっている。判別は簡単だ。オリン教のために死ねるかと聞いて、逆に相手を殺してやると答えたら過激派だ。本流は、そんなことまでしない」
「でも……でも、ケードだって司祭様を殺したじゃない!」
アコーも、ここは譲れないのだろう。
「司祭は、これまでさんざん邪教徒認定で自分達を殺してきた連中の片割れだ。本流だろうと過激派だろうと、一度方向が定まったらためらいはせん。だから、俺は念のために店を封印してからパニーを連れだした。本流からすれば、パニーに害を与えるはずがない」
「いや、待ってくれ。一つ疑問が浮かんだ。フォニアは不老特性の持ち主だったんだよな? じゃあ、リネットは? フォニアが捕まった時には、もちろん生きていたよな?」
これまた重要な、それでいて誰もが見すごしていた事項だ。




