三十八、貧民 一
まずは、トラバスが暴走した最大の目的を消すのが順序だろう。
「確かに……。トラバスは、すでに貧民区へ進んだかもしれませんし」
ノンドも、道筋さえはっきりすればちゃんと賛成してくれる。
「問題は、貧民区へいったとして、フォニアの人形をどう探すか、か……」
まさか、トラバスにならって放火するわけにはいかない。
「どうせなら、コーダーさんと合流してからでも遅くないでしょう?」
アコーの意見で結論がついた。
「良し。じゃあ、出発しよう」
ノンドと二人で馬に乗り、それぞれテティとアコーが乗るのに手を貸した。
「ま、待てっ! いかせない、いかせないぞっ! どうせお前達の仕組んだ罠なんだろう! リネット様ーっ! 私はオリン教徒だーっ!」
ペンドルの絶叫が、虚しく庭園にこだました。
「なるべく控えめに走りますが、遅れないでください」
「わかりました」
テティを背中にしがみつかせながら、ノンドは馬の脇腹を軽く蹴った。馬は軽く加速して中庭をあとにする。こちらも、すぐあとをついていった。
店までは、思ったよりも簡単にたどりつけた。暴徒は略奪に夢中だったし、中間層区のあちこちで火事が少しずつ広がりはじめている。そんな時は、動けなくなった、または動かない者が犠牲となる。恐怖で手足がすくんだ人間がいくらでもいるのに、激しく抵抗したり逃げたりする相手を選ぶのは馬鹿げている。
問題は、店に到着してからだった。玄関はおろか、窓という窓が厳重に外から板が釘打ちされている。道具もない素人では手のほどこしようがない。
「コーダーがやったのか……ここは安全なはずなのに」
ただでさえ時間が惜しいというのに。ドアを叩いてコーダーを呼んだが、何の反応もなかった。
「せめて、書きおきでもあったらな……」
店を封印する板を、手わけして一枚ずつ調べたものの、成果はなかった。
何か、切羽詰まった事態になったのか? それにしては、板を釘打ちする時間はあったわけで、説明がつかない。
考えたくはないが、コーダーは、書きおきを残す必要を最初から認めていなかったのではあるまいか。教会なり参事会なりのスパイ……まさか、そんなはずは……。
「冷たっ」
テティが首をすくめた。すぐに、大粒の雨が路上を濡らしだす。
「お嬢様、これを。タックさんの鞍袋にもあります」
ノンドは、合羽を出してテティにかぶせた。
「ありがとう」
テティは、器用に合羽を身につけた。自分も、まずアコーに渡し、それから自分も袖をとおす。
待ちかまえていたかのように、土砂降りとなった。濡れずにすむのはましだが、根本的な解決にはなってない。
「貧民区の教会にいきましょう。荒らされてなければ……ですが」
アコーの提案は、雨のせいで時々聞きにくくなった。一応、主旨は理解できた。
「誰かが残ってるんじゃないのか?」
そう尋ねると、彼女は首を横に振った。
「司祭様と助祭様の二人しかいません。時々は、尼僧がきて救貧炊きだしのお手伝いをしました。貧民区の教会は、人手を割りあてないようになっていますから」
「神の座も人員整理か」
顔がびしょ濡れになるにもかかわらず、天を仰いだ。
「他にアテがないのであれば、私も賛成です!」
ノンドが、雨に遮られまいと大声を出した。
「良し、教会へ……」
「いくなら、馬はやめた方がいいです」
アコーが、珍しくも口出しした。
「どうして?」
素でわからないので質問した。
「一目で自分達よりはるかにお金があるとわかってしまいます。下手をすると、教会ごと襲われかねません」
「あ、そうか。確かに」
となれば、テティがいるので、歩みは遅くなる。こればかりはどうしようもない。
「道案内を……いや、料金が……」
いつもの性格を思いだし、急に歯切れが悪くなってしまった。
「私は自発的に教会へいきます。ついていきたい方はご勝手にどうぞ」
そう断って、アコーはすたすた歩きはじめた。馬は置いていくしかない。一団となって教会を目指す。
彼女のお陰で、すぐに教会まで進めた。焼けたり壊れたりはしていない。その代わり、窓からは明かりが黄色い光を投げかけている。
「祈祷か何かで、無人でも明かりがつくのか?」
ぴたりとたちどまったアコーの背中に、問いかけた。
「まさか。経費の無駄です」
「じゃあ、あれは何だ?」
「さあ……」
「タックさん、略奪なら明かりは不規則に揺れますよ。あれは、固定された光源です」
ノンドが、冷静な観察力を発揮した。
「我々より前に、避難してきた人々がいるのかもしれませんね」
ノンドに影響されて、自分も安定した想像力を発揮できた。
「仮にそうなら、苦難をわかちあいましょう」
アコーが、いかにも聖職者らしい台詞を発した。ふだんなら、有料で? とでも混ぜかえすところだが、テティがうつらうつらしている。無駄口を叩ける状況ではない。
「私が先頭になろう。万一、アコーがケガでもしたら、貧民区で我々は孤立してしまう」
「わかりました」
アコーもあっさり承諾し、かくて自分が三人をしたがえることになった。
貧民区だけあって、教会は聖堂よりもはるかに小さく質素だった。貧相といってもいいくらいだ。雨のさなかでも、カビまみれな塀や雑草だらけの狭い前庭がはっきり見える。
茶色い扉を両手で押し開けると、壁際の聖水盤が回廊越しに見えた。それを脇にして、長方形に切りとられた出入口の先に、長椅子がならんでいる。まんべんなく人が座っていた。
そして、こちらとまむかいになっている説教壇にはコーダーがたっていた。
「コーダー!」
「コーダーさん!」
自分達が口々に叫び、長椅子の人々がいっせいに振りかえる。衣服もそうだが、ほつれた髪や汚らしい目元が、聞かずとも貧民区の住民なのを雄弁に物語っていた。




