二十九、がれきの発掘 二
恐るべきコーダーの指摘が、せっかくの絵図をびりびりに引きさいた。
「な、なら、船でどこか遠くの……」
「どこの街でも、新参者は市民権を得るのに一年はかかる。その間、夢葬屋なんて開けないし、代書人になるには地元のコネがいる。まさか、パニーに食わせてもらうつもりじゃないよな?」
「あり得ない! そんなことは!」
「良し。じゃあ、個人的な想いより街の保全を先にしてくれ」
「わかった。そこは、コーダーの意見を呑む。ただ、一言だけつけくわえさせてくれ」
「何だ?」
「パニーはあくまで、あくまで私のものなんだ!」
熱烈な宣言に、コーダーは顔をしかめて背中を壁につけた。その後退ぶりが、逆説的に、甘い背徳感をまざまざと自分の心に刻みつけた。
「勝手にしろ。パニーが大将と反対の気持ちになっても、特に驚いたりはしないがな」
「他人は理解できなくていい。それより……」
ここで、出したくもない欠伸が出た。
「それみろ。大将も限界だろう」
「さ、参事会と……教会……」
「いいから寝ろ」
結局、トラバスが使いおえた直後のベッドそのままで、深い眠りに落ちてしまった。
「皆様に悪いですわ、私やノンドだけ……」
どこかで聞いた声がする。可愛らしい少女……いや、幼女に近い声だ。
「とりあえず、腹に何か入れておいた方がいい。あんたもな」
「まことにもって、情けないやらありがたいやら……」
こちらも、聞きおぼえがある。四角四面な敬語だが、それだけにきびきびしている。
「どのみち、こっちもこれくらいしか用意できる物がない」
「あとで必ず、お金を払いますわ」
「そういうことは気にするな。それより、寝床をどうにかしなきゃな」
「私、床にそのまま寝ても平気ですのよ」
「無理するな。背中が痛む……まあ、サイズ的にはパニーの横に……」
「それだけは許さん!」
「きゃあーっ!」
「うわぁっ!」
がばっと跳ねおきると、テティとノンドがそろって仰天した。
「大将、起きたか」
「あれ……どうして、テティさんとノンドさんが……」
「大将が休んでいる間に、あれこれあった」
答えながら、コーダーはパニーのベッドをためつすがめつした。
「パニーのベッドには誰も触れてない。今のところは」
「なら良かった」
「タックさん、お具合はいかがですか?」
テティは、ベッドからだと、頭と胸くらいしか見えない。
「これは、お見苦しいところを……」
パニーが絡んでなければ、まっとうな零細自営業者になる。
「まだ、寝ていてくださいませ。それと、とても恐縮ですが、お願いがあります」
「何でしょう」
「しばらくの間、私とノンドを、このお店にかくまって欲しいです。お金は、ノンドから払います」
テティがぺこっと頭を下げると、白いうなじが視野に入った。
「どういうご事情ですか?」
吉凶を同時に感じつつ、端的に質問した。
「私の屋敷も、ご近所様も、トラバスさんに襲われました」
「襲われた……」
勇者なだけあって、決断力と実行力は大したものだ。何ら賛同できないが。
「私は、ノンドに助けられて、ここまで逃げてきました」
「え? じゃあ、富裕区は……」
テティは、しょんぼりうつむいた。
「い、いや、失礼しました」
慌てて謝罪しつつ、計算した。この非常時にテティをかくまうことは、計りしれない実益をもたらす。テティから一度依頼を受けたことも交えて、トラバスを倒す大義名分にもなる。
一方で、不安な要素もあった。テティの両親には、ついぞ会ったことがない。この前訪問した時は、未成年とはいえ、ただの客と執行者だった。かくまうとなれば話は別だ。
「せんえつではございますが、そこからは私がお話してもよろしいですか?」
ノンドが続きを引きとるのは、妥当としかいいようがない。
「ああ、頼む」
「もう、日付が変わりましたが……夕べ、突然、トラバスさんが私どもの屋敷に侵入してきました。そして、手にした剣で、会う人会う人を斬り捨て始めたのです」
「日付……そういえば……」
「大将、衛兵詰所を出てから、まだ一晩も越してない」
「そうか……」
改めて聞かされると、異常極まる内容だ。
「こちらにも私的な警備はいましたが、死ぬか逃げるかでした。衛兵も駆けつけましたが、次から次に倒されました。ただ、彼らが時間を稼いで下さったおかげで、辛うじて私はお嬢様を連れて脱出できたのです」
「えっ、じゃあ、ハーモ隊長は……」
「さあ……。逃げる途中で目にしましたが、街で暴動が起きていますので。ただ、トラバスさんがきてから今に至るまで、私個人はハーモ隊長を目撃していません」
「被害に会ったのは、お宅様だけか?」
「いえ。他にも二、三軒が、すでに焼き討ちされていました」
「それは、トラバスによってか?」
「恐らくは。我々が逃げていた時点では、暴動は、まだ中間層区を襲っていましたから」
「何てことだ……いや、待て」
肝心な着目点に、ようやく気づいた。
「どうしてウチは何ともないんだ」
「えっ……ここは貧民区ではないのですか?」
何ともシビアなテティの疑問に、全員が脱力した。
「ここは中間層区です。以後お見知り置きを」
しっかり教育せねば。
「はい、大変失礼しました」
素直にテティは頭を下げた。
「ウチが襲われないのは、アコーのお陰だよ」
コーダーが、トラバス云々とはまるで異なる方角からの驚きをもたらした。
「アコーの……?」
「アコーはもともと貧民区の出身だ。で、自分の収入の大半を、貧民区のために使っていた」
「そ、それであんなにがめつかったのか……。でも、それならそうと……」
「金に意地汚いのは最初からだ」
「あ、そうなの」
アコーは、一貫して床で寝ている。
「暴動か、トラバスか、どちらかだけなら衛兵隊だけでどうにか鎮圧できるだろう。しかし、同時は困る」
コーダーの分析に、異を唱える人間はいなかった。
「コーダー、暴動はどの辺りまで広がっているんだ?」
「ちょっと前に見てきたかぎりでは、中間層区の三割くらいが被害にあっている」
「火事は……?」
暴動に火事はつきものである。いかに港湾都市といえども、このままでは街そのものが焼け野原になってもおかしくない。
「いや。ボヤくらいはあったが」
「火事は、まだないのか……」
安堵する気には到底なれない。本格的な火事が起きる前に事態を収拾しなければ、街の終焉となる。
「トラバスを止めるには、どうすればいい?」
この難局を乗りきる見識の、随一の持ち主……コーダーに助言を仰いだ。
「オリン教の司教か、さもなくばユーバにそういわせるしかない。もっとも、暴動までは抑えられんだろう」
司教とは、街におけるオリン教の最高責任者である。その権力は参事会長に匹敵する。
「両方とも、ミラーさんからすれば宿敵になる」
テティを保護しているとはいえ、非常時といえども、下手をすると重大な裏切りとみなされかねない。
「政治家に義理だてしている場合じゃないぞ」
コーダーの一言が、背中を押した。一寸先は闇、弱肉強食。
「仕方ない。どちらかに接触しよう」
「ユーバ様なら、富裕区の一番奥にお住まいを構えておいでです」
ノンドが気を利かせてくれた。
「そこへいくには、暴徒の集団のさなかを通らねばならん。富裕区にはトラバスもいる。教会は、中間層区と富裕区の境目にあるから、多少はましだ。それに、司教座の教会なら、下手な豪邸よりはるかに厳重な警備がある」
コーダーの示した手がかりからすると、教会しかない。
「問題は、どうやって司教にトラバスを止めさせるか、か……」
『パニーを連れていけば?』
レッタが、神をも恐れぬ重大な不遜を口にした。
「は……?」
『パニーの身柄と引きかえに、トラバスを止めさせる。確実よ?』
「なめるな、このクソババァーっ!」
常軌を逸した罵声が地下室を揺さぶった。
「いきなりどうしたんだ、大将!」
「タック様、お気を確かに!」
コーダーとノンドが、同時に声をかけてきた。
「あ、いや……その……魔女が我々をもてあそんでいるなあ、とつい力んでしまった」
「テティをおびえさせるようなことはするな」
コーダーが、表情を険しくした。
「私なら大丈夫ですわ。観察していて面白うございますし」
「面白い……」
無邪気な分析結果に触れて、頭が冷えた。同時に、注意も喚起された。
テティは賢く、度胸もある。恩義にも忠実だし、他人を貧富で判断しない。ならば、今後も親しくして損はない。同時に、警戒すべきでもある。




