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第5話 命の恩人(--:--)

 車体に当たり彩花は宙を舞った。強烈な力が彼女を吹き飛ばした。


 重力が失われながらぐるぐると回る。視界はアスファルトの道路と真っ青な青空が交互に入り込んでくる。


 身体は不思議と羽のように軽く感じる。


 自分がなぜこんな状態になっているのか分からなくなる。このまま空まで飛んで行っちゃうのだろうか。


 アスファルトが回転しながら大きくなってくる。

これから訪れるだろう衝撃に身を構える。


 経験した事のない衝撃が体全体を襲った。当たった衝撃は力を吸収し切れず身体を宙に跳ね返る。道路を跳ねながらゴロゴロと転がった。


 何回転も何回転も転がった。回りすぎてどれほど転がったかも予測できない。


 やがて回転の速度も落ち着き、横向きの体勢で止まった。


 だが一つ違和感を感じた。地面が柔らかく感じたのだ。それとやけに地平線が低く見える。


 身体は動かないが首は少しだが動かすことができる。強烈な痛みに震えながらゆっくりと首を自分の後ろに回す。


 そしてその理由がはっきりした。


 人の顔が背中越しに見えたのだ。女の人の顔が私の眼前に広がる。


 誰!?いつから!?


 誰かが私を抱きつく形で一緒に倒れているのだ。容姿の整っている女性が鼻から血を流して気を失っている。


「あ、あ……」


大丈夫ですか、そんな言葉は息が吸えないせいで声が出ない。掠れたような呻き声が喉を過ぎる。


 一体いつから?介抱してくれた?それとも飛んできた私に当たったとか?


 もしかして……。


 考えられる中で1番確率が高く、最悪な推察が頭に浮かんだ。私を庇って一緒に轢かれたとか……?


 瞬時にパニックになる。痛みはないのに身体は思うように動かない。


 やめて、やめてよ!


 私のせいで巻き込まれたってこと?


 なんで私の不注意で傷つかないといけないの!?


 思いが伝わったのか彼女は僅かに唇を動かした。


 よかった!生きてた!


 そんな安堵も束の間、彼女の呻き声で顔は見えなくとも重傷だと分かった。喉に血が溜まっているようであった。


 「あ、あう……」


 行き場のない悔しさに涙が込み上げる。それと一緒に痛みが徐々にやってくる。


 どうしてこんなことになったの。


「……て」


「……え?」


 聞き取れなかったが何かを伝えようとしている。聞き逃さないように意識を集中する。


 風が切るような声しか聞こえない。何を、何を伝えようとしてるの!?


『いきてね』


 実際に聞こえたわけではない。それでも何を言いたかったのか不思議と分かった気がした。


 生きてね、それが彼女の最期の願いだった。愚かな私に送る最大の願いだった。


「ダ……メ……」


 突如身体が持ち上がる。いつの間にか集まっていた救急隊員に引き起こされたようだ。


 だめ!あの人から離れたくない。そう思うも身体が動かない。


 すると背中に手が添えられたような気がした。


『生きてね』


 もう一度彼女の声がした。


 今度はハッキリと聞くことができた。私はしばらく泣くのを止めることができなかった。


 ◇


 過去を振り返り終え、彩花の意識はマンションの一室に戻る。涙が溢れて止めることが出来ない。


 手に持った美由紀の写真を胸に抱える。私はこの人の未来を奪ってしまった。


 耕一というあの男もそうだ。彼女が生きてさえいれば自殺なんて一切考えていないはずだ。夫婦円満に幸せな暮らしを過ごしていたはず。


 こんなコート買わなければよかった。震えを覚え両腕で身体を抱く。


 美由紀に庇われたときの感触を思い出してしまい、思わず胃の中が込み上げてきて吐き出してしまった。


 ―私のせいだ。


 私がいたせいでみんな不幸になっている。後押し屋に入って誰かを救うとか助けるとか。そんなことをする以前の問題だった。


 もう耐えられなかった。ここから消えてなくなりたいと思った。


 再度手元の写真を見やる。美由紀の笑顔が冷え切った胸に大きく刺さった。それがトドメとなった。


 彩花は決めた。自分のやったことにけじめを付けることにした。


 ◇


 彩花には歩く気力すらなかった。もう何かするのも面倒に感じる。


 そうだ、能力使えば屋上まで一瞬じゃん。目を閉じて両腕を名一杯広げる。そして腕を伸ばしたまま胸の前で手を叩く。


 力がこまらず情けない音が出る。壁に反響すらしない脆弱な拍手だった。


 でもこれでも条件は満たしたらしい。いつものグルグルとした感覚が訪れる。


 自分が回っているのか、周りが回っているのか。はたまたこの世界自体がそうなっているのか。目を閉じている彩花には定かではない。


 段々とその唸りがでかくなっていく。足が背中に、頭が地面に、天井が床に。グルグルと混ざり合ってごちゃ混ぜにしていく。


 まるで紙粘土だ、といつも思った。白とか緑とか赤とか色んな色を混ぜたとき。引き伸ばされてできる幾学模様を作り出すような。


 どこかを境に混ざり合ったものが新たに形を、世界を再構成する。風を感じ始めて目を開ける。


 いつもの屋上が出来上がった。もう何千回も見たであろう景色。


 もう今回で終わりにしよう。


 フェンスへと歩き出し。


 フェンスを超えて。


 フェンスの前へ立った。あとは一歩踏み出すだけだ。

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