第43話 意味深な笑み
「あの、雨竜さん。一体、何が分かったというんですか?私にはさっぱり」
相手がようやくカップを置いたところで彩花は答えを問いかけた。大事な一服を邪魔するのは不本意だと思い待っていたが、気分良さそうににやけるだけの彼に少々苛立ちを覚える。こういう態度をとる時は大抵自分で考えろ、というサインだということはみにしみるほど刷り込まれている。
以前にもこういうことがあった。とある都立の女子高生からラブレターの内容を一緒に考えてほしいという依頼を受けたときのことだ。憩いの相手は自身がマネージャー務めている部活の同級生。2年間ずっと片思いをしながらその気持ちを伝えられなかった。
彼女は後押し屋の依頼人として文句なしの努力を積み重ねていた。髪型はもちろん彼好みの体型や服装の情報収集を欠かさなかった。趣味や好物やお気に入りのスポットなども些細な噂すら漏らさずチェックするほど真面目にこなしていた。彼が行きつけ銭湯で決まって使っているロッカーの位置すら把握していると聞いた時は流石の彩花もドン引きしたものだが、どうしてその熱意が湧いてくるのか興味を抱いた。
彩花に恋愛経験はない。誰かに興味を持つことさえ一度もなかったかもしれない。もちろんドラマでこの手のものは見たり憧れたりはする。だが現実に同じようなトキメキを感じたことはなかった。
そんな自分が恋文の手伝いを出来るわけがないと断ろうと決意した。自分の至らなさと頼ってくれた依頼者に申し訳ないと思った。それ以上にありもしない感情を彼女の言葉として誰かに伝えなければいけないのが無性に恥ずかしかった。
その日の夜、いつもの打ち合わせ場所に彩花は向かった。時間は特段決めてはいなかったが自然と毎日19時にこのファミレスで集合するのが日課になっていた。だから今日も来ると自然と確信していた。
毎度毎度、依頼に関係することばかりでない。本題よりも雑談をして終わることの方が多かった。彩花は彼女と他愛のない話をしているこの時間を楽しんでいた。たった数時間の女子会は日々彼女にのしかかる責任を忘れさせてくれた。
いつものテーブル席に座りながら外を眺めているとガラスに反射した自分が目に入る。なんと辛気臭い顔をしていることだろう。鏡はヒトの本性を表すという。今回は鏡ではなくガラスの反射であったが自分を客観的に見ることでようやく寂しさを自覚した。だが所詮は依頼人と代行者。遅かれ早かれ依頼を完了すれば赤の他人に戻らなければいけない宿命だと自分を押さえ込む。
「なんだ、また冴えない顔してやがるんだ」
突如横から声を掛けられた。現実に引き戻され振り返ると依頼人ではなくどうしてか雨竜が店内照明を背に見下ろしている。目が光に慣れていない上に逆光のせいで細かな表情まで読み取ることはできなかった。
「お前が選びそうなところなんでこの辺りじゃここくらいなもんだ。探し出すのなんてあっという間だ」
暇なんですか、と軽口でも叩こうかと思ったがそんな気分にはならなかった。几帳面な雨竜がここにわざわざ赴いたのも用があってのはず。ここでいざこざを起こすのは生産性に反している。
「依頼人のラブレターを考えているんです。でも分からないですよ、人を愛するってことが」
「ふっ、そんなことで悩んでいるのか」
雨竜は笑い混じりに返答し背を向ける。相談に乗ってもらえると思っていた彩花は呆気に取られてしまった。突然の流れに声を上げることも忘れてしまった。
そんな彼女の思いが伝わったのか雨竜は振り向く。だがその顔は心配しているような風ではなく迷える子羊を可愛がっているかのような慈愛が困っていた。
「それは俺に聞いても答えは出ないもんだ」
この一言は後にこの依頼を解決する大切なアドバイスとなった。30分後に依頼主が来るまでの間、なぜこのような言葉を自分に放ったのかを考えた。考えて考えて考え続けた。
答えも出ないまま打ち合わせが始まった。いつも通りドリンクバーを頼んでから彩花は今あったことを話してみるとメロンソーダを啜りながら女子高生は笑った。
「そんなこと誰にも分かるわけないじゃない。だって本人ですら分からないことなんだからさ。でもそれでも相手のことを1番に考えること自体に意味があるんだとアタシは思うんよ」
ああ、雨竜はこのことを伝えたかったんだな。彩花は2人に頭が上がらなかった。




