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第42話 √Aと√Bと√C

 過去に遡れないのは葉山が原因なのではないか。突然突き付けられた仮説に彩花は困惑しながら、淡々と述べた新井をじっと見つめる。多少の疑いは覚悟の上とばかりに、新井は怒るとも困るともいえない表情で見つめ返してくるのだが彩花がその瞳に感じたのは自身に対する同情だった。


「あり得ません。1番助けたいと思っている人が邪魔をしているって、まさに本末転倒じゃないですか」


「正直僕も突拍子もない仮説だと思っています。でも一度ある点に違和感を持ってしまってからそうとは考えられないんです」


 説明しますね、と新井は一言断ってから自身のバッグからノートとシャープペンシルを取り出す。彩花はノートの表紙が自分の使っているものと同じだったためものだったので親近感が湧いた。時折捲られていくページの中にデッサンでびっしり埋め尽くされているのが伺えた。やがて空白のページに辿り着き、テーブルの中央へと広げてから新井は上側両端に『過去』『現在』と書き込んでいく。そして、文字の中心から下にそれぞれ縦に一本線を引いた。


「この線は例の事故が起きた瞬間から今現在の間だと考えてください」


 過去の線から垂直に線を書き足していき現在に辿り着くと矢印マークを付け加えた。そこに大きくアルファベットのAと記すと再び顔を上げた。


「まず最初のルートを√Aと仮定させていただきます」


「つまり0週目ってことですね」


「はい、その解釈で問題ありません」


 彩花の問いに簡潔に答えてから今度は左側から過去線を超える形で線を引いた後アルファベットBと記した。これはつまり1週目のタイムリープを表していることを彩花は理解できた。


 ここでもう一度説明が入るかと身構えていたが、新井は続け様に線を書き足していく。今度は最初の√Aと同じ線の書き方の様に見える。そして案の定、アルファベットCと表記されていく。


 つまり新井が提唱しているのは並行世界、またの名をパラレルワールド。巻き戻す度に新しい√の世界が生まれているという考え方だ。同じように過ごしていても1つの要因で全く別の結果を生み出した世界というわけだ。


「√Bは先程彩花が仰っていた事故の直前まで遡れたルート。そして√C現在可能なタイムリープの上限という解釈ですが、どうでしょう」


「えと、BとCはそもそもが違うってことですか?能力で遡れなくなっただけではないんですか」


 予定通りの返答に満足した様に続けてペンを走らせていく。今度は書き足した√Aと√Bの中央から下に向けて矢印マークと『タイムリープ』と単語を書いた。


「まずAからBへと移行した理由は分かると思います。これさ能力を得たことでまあ生み出された世界線というわけです」


 新井はBからCへと先程と矢印を書いてから横に今度は『?』マークを書き足していった。この意味が掴めない彩花は頭を抱えながらも聞き出す前に自分の力で要因を思索してみることにした。


 今現在、タイムリープで行くことができるのは事故直後までである√C。だが、実際に√Bである事故直前まで何故だか一度だけ戻ることができたのだ。最初のタイムリープで偶然そこまで辿り着いたのではないかと疑うが、どうやら横の雨竜はそうは考えてはいなさそうである。


「偶然というものは起こり得た以上、条件が整えば再現可能なはず。だが、いくら試しても駄目だったのは俺も確認しているが…、なるほどそういうことか」


 雨竜は自分の中で自己完結が済んだようで優雅に珈琲を口に運んだ。気分転換や集中したい時に飲みたくなる彩花とは違い彼は昔から一作業が終わってから周りを達観するかのような雰囲気で一杯を楽しむのだ。打ち合わせ中では最後まで飲まないのもザラに合った。これでは冷えて美味しくないのでは、とある日聞いてみたことがあるがこう答えられたものだ。ハネモノをやっていた頃の癖だ、と。

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