第40話 背中を押してくれる者達
「遅くなってしまって申し訳ありません。それと、集まってくれて本当にありがとう」
彩花はその場にいる面々に目を配りながら頭を下げる。若い男女と壮年の男性は自身に向けられた覚悟の眼差しを見つめ返すことで己の決意を無言を持ってして回答していく。
だが目の前に座る京子だけは一重の瞳を更に目に怒りが混じっている。
「てっきり話がまとまらなかったのかと心配してたんですからね」
「これには訳があって…話自体はすぐに終わったんで大丈夫」
腹の前で手首を重ねる姿はいつもと変わらないものの弱々しい印象を残していた彼女にしては潔く堂々としていてまるで母親と話している気分に陥る。
それにいつもの癖である吃音が自分がここに辿り着いてから今に至るまで一度も出てきていない。だが彩花の返答を聞くや否や表情を緩ませる。胸に手を当てホッと息を付く彼女を見てつい自分も釣られて緊張を紛らわすことができた。
そして彼女の隣に立つ男性に目を向ける。京子の彼氏さん。いや、まだというのが正しいだろうか。そういえばまだ名前も聞いていなかったことを思い出して手を差し出す。
「自己紹介が遅くなりました。京子さんのお世話になってる彩花と言います。今日は大切な、その、ご予定を邪魔してしまってすみません」
デートという単語が口から出掛けたところを直前で止めた。京子が彼に想いを寄せていることを知ってはいたがあくまでも片道通行だ、聞いた時点では。
彼氏さんにその事を意識させるのは得策ではないと判断した。必ずしもその恋が運命的なものであるとは限らない。もし彼にその気がなかった場合、京子の顔に泥を塗ることになってしまう。それだけは友人として防ぎたかった。
そうした事態を防ぐためにも余計なことを発するのは差し控えることにした。彼女自身が助けを求めてない限り、京子の問題は京子本人が解決すべきだ。
代行屋であろうと私生活であろうと彩花の考え方は変わらない。それ故に、助けを求めていない相手の領域に踏み込むのは不粋であり失礼な行動だと今でも信じている。
そこで彩花は己の命を救ってくれた美由紀のことを思い出してはその行動は最悪だったのか自問する。あの時果たして助けを一言でも求めていただろうか。そうでなければ私はただ勝手に救われただけの被害者になるのではないだろうか。
己の油断で死なせた恩人にそんなことを思える自分がひどくつまらなく最低な人間なことにようやく気付いた気がして頭の中を占めていた鬱憤が多少晴れた気がした。代わりに雑巾の残った搾り汁のように濁った感情が辛うじて保っていた正義感を湿った和紙のごとくぐちゃぐちゃに形を変えていった気がした。
「…彩花?」
「どうしましたか、雨竜さん」
「お前が何を考えているか察しは付くが下手なことはするな。葉山のことはお前に掛ってるんだからな」
彼以外の2人は何が何だかと顔をしているため露骨に顔に出していた訳でないとそっと胸を撫で下ろしたがこれからは気をつけないといけない。
それにしても油断してしまった。この雨竜の読心術が他の後押し屋の中でも群を抜いて優れていることを知っているはずであったのに人の目線を気にすることを忘れていた。
彩花は犬歯で自分の口内を強く噛み締めて改めて平常を作り直した。鏡を見なくても自分がどんな顔か分かるようになったころに静かに顎の力を緩めると小さなクレーターが下唇の裏側に出来上がっていのが舌で確認することができた。
「もうみんなには伝わってると思うけど私は葉山という男を救いたい」
彩花はこれまでに起こったことをありのままに時系列を追いながら説明をした。
2年前、葉山の妻に命を救われたこと。そのせいで彼女が命を落としたこと、タイムリープ能力を手に入れたこと。そして、そのせいで葉山が後を追うことを決意させてしまったこと。
それを防ぐために彼に接触したものの、何故かタイムリープを認知できたことによりことごとく彼の策略に嵌められて未だに説得に至っていない現状を伝えていった。
第三者に噛み砕いて伝えることで自分でもまとまっていなかった情報が一つにまとまってくる。こんな本人すら困惑するような荒唐無稽な話を果たして理解できるのかと説明している本人すら憂慮した。
だがどうやらそれらは杞憂だったようで彼らを見ると真剣な面持ちは崩れておらず真剣に彼女の言葉に耳を傾けている。
真面目な人達だなと彩花は思った。まるで他人事のようだがこんな小娘の話に何一つ軽口を叩かないで聞いてくれているのだ。人によっては茶化すどころか侮辱行為だとして反発してきてもおかしくないと思っていたのだから何だか拍子抜けというかもう少し反論してほしかったりもした。
それでもそんな彼らの真摯な気持ちが彩花のちっぽけな背中を押してくれた気がした。




