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第38話 愚かな妄想

 昼時の店内は多くの客で賑わっている。

 丁寧に焙煎された珈琲豆の芳ばしい香りとクラシックなBGM。

 いつ来ての心が落ち着かされる。


 彩花は静かに深呼吸をした。

 息を吸うたび乾燥した鼻腔にジワジワと染み渡っていく。


 彼女はもう一度空気を肺に取り入れながらゆっくりと目を開ける。

 ボヤけた視界の中でピントが定まっていく。

 はっきりとしていく相手の輪郭。


 視線の先に捉えたのは男女二人組。

 彼らはテーブルを挟んだ向こう側で立ち上がるなり会釈をした。


 男性の方は初対面で緊張しているのかまるでお辞儀のように深く頭を下げている。

 おかげで見事な右回りの旋毛を拝むことができた。


 ほう、短髪の頭はこうなっているのか。

 会釈を返す中でも目に入る後頭部をマジマジと眺めてしまう。

 彩花は普段見ることのない部位につい関心を抱いた。


 やがて男性が顔を上げたところで思わず驚きの声を上げてしまった。

 相手が思っていたよりも高身長であったのだ。


 彩花自身そんなに背の高い方ではない。

 それでも男性をここまで見上げるのは初めてだった。


 じわじわと首の後ろが痛くなってくる。

 テーブル一つ挟んでいても首を上げないと鼻から上が見えないのだ。

 

 痛みを和らげるように京子の方へと向き直る。

 改めて2人を見比べるととんでもない身長差である。


 京子自身、女性の中でもそこそこ背の高い部類だろう。

 それでも生まれる頭2つ分弱の差。


 それにしても、と彼に目配せをする京子を彩花は凝視する。

 2人でいた時とはまるで別人だ。


 恋は人を変えるとはよく言うが、まさにその通りであったようだ。

 同じ女性である彩花にも分かるほど、彼女の表情からは雌の香りをひしひしと漂わせているのだ。


 先程会った時にはまだ付き合ってないと言っていたはず。

 あれから数時間の間に進展はあったのだろうか?


 もしそうだとしたら。考えてはいけないのは分かっている。

 それでも良からぬ妄想が頭の中に次々と再生されていく。

 

 そこまで行って慌てて思考を遮ぎった。

 生々しい妄想に後悔しながら彩花は即座に顔を伏せた。


 知人の痴態を想像していたなんて恥ずかしくて堪らない。

 同時に後悔と嫉妬の念が彩花の心に波のように襲い襲いかかった。

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