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ぷっしゅ・ばっく  作者: 棗ひろき
第二章
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第37話 ドアをくぐれば

「いらっしゃいませ、何名様でしょうか」


 喫茶店『アンジャッシュ』のドアを開けた。

 この入り口を潜るのは何度目になるだろうか。


 彩花が想いを馳せるや否や馴染みの店員が彩花たちを愛想よく出迎える。

 手際の良い鮮やかなお辞儀はいつ見ても綺麗だと思う。


 だが彼女は彩花のことを覚えていない。

 ドアの閉まる鈴の音がなんだかいつもより響いて聞こえた。


 彩花の葛藤など梅雨知らず。

 20代前半辺りだろう落ち着きのある雰囲気の女性店員は一瞬目を見開くもすぐに平常に戻る。


 タイムリープの域を超えて記憶が蘇った、わけではなくその視線は雨竜に向いていた。

 壮年の男性が似ても似つかない未成年の娘を連れて訪れてきたらそれは警戒するだろう。


 この物騒な世間において彼女の反応は最適解だ。

 彩花はクスッと静かに笑うと隣の壮年男性は不機嫌そうな顔になった。


「いえ、先に連れが待っていると思うのですが」


「カワサキ様のお連れ様ですか?でしたら奥の席でお待ちになっていますよ」


 彩花が問いかけると店員はこちらです、と京子が待っている席へと案内してくれた。


 いつもの如く混み合っている店内を進むと先に注文を頼んでいたのだろう、カップに口を付けている彼女が目に入った。


「ではごゆっくりお過ごしください」


 店員はゆっくりとお辞儀をしてからレジカウンターの方へと戻っていった。


 今思えばこのタイムリープの分岐点にはいつも彼女がいた。

 そういうときはこの店が絡んでいることが多いから当然。


 だがそれよりも印象に残っているのは彼女の接客対応だ。

 それが揺らいだことは彩花が覚えている限り一度もない。


 些細なことで変わっていく未来分岐の中で彼女だけが変わらずこの店で待っていてくれた。

 そんな小さな事柄でも自分の心は無意識に救われていたのだろう。


 心の中で自分も頭を下げつつお礼を口にすると京子の方へと向き直った。


 ◇


 こちらが着いたことに気が付いた京子は口に含んでいた珈琲を飲み込んでから席から立ち上がった。


 急がせてしまったか、と先に声を掛けなかったことに対して彩花は後悔しながらも再開できた喜びに笑顔を浮かべた。

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