第33話 トランシーバー
そっぽを向く彩花はまだまだ年端のいかぬ小娘なことを改めて認識させる。
虚勢を張っていようが大人を頼りにしていると気付かれた途端この態度。
彼女の手を離してトランシーバーに何重にも巻かれたイヤホンコードを周りの観客に当たらぬように慎重に解く。
電源を付けると彩花が予めセットしてくれたのだろう、周波数が表示され通話ボタンを静かに押し込む。
「ショーの最中すまない、そのまま落ち着いて聞いてくれ」
送信中もショーは沙汰なく進行されていき本当にこの音声が相手のスピーカーに届いているのかと心配になる。
相手というのは怪人役。いまレッドと絶賛戦闘中の怪人役の役者にメッセージを送ろうとしている。
「私は木原くんのアドバイザーをやっている雨竜というものだ。いまから一つだけ頼みたいことがある」
たった一言だけ。何が相手に伝わるのか必死に考える。
余計な説明は現場を戸惑わせてしまうだけだ。
本気のレッド。観客との違和感。怪人の正確さ。
このキーワードから怪人役に伝わる言葉が見つからない中、全力のレッドが重心の籠った正拳突きを怪人に喰らわせる。
呻き声を上げながら死狼狽える彼に僅かな違和感を覚えてトランシーバーを構えた。
「全力でやり返せ、以上だ」
言うべきことは全て伝えたと言わんばかりに耳から外したイヤホンとコードを元通りに巻き始める。
「もういいんですか?まだショーは終わってませんけど」
呆気に取られる彩花はショーと雨竜を交互に観ながら歯切れ悪く問いかける。
脇を握り締めるか細い手は血が滞り先ほどの血色の悪さが嘘のように指先をピンク色に染め上げている。
雨竜は敢えて答えない、答えても頑固な小娘には言葉では納得させられないことは火を見るよりも明らかだ。
ただこの少女が火を見ても納得するかは分からないが。
無論彩花も彼の嫌味ったらしい教育方針は重々承知で頑固なおっさんだと割り切り黙り込む。
間違いであるならすぐに分かる。
彼がこの賭けで彩花の期待に応えたことは未だにないが、この手段が確実にショックを与えられる。
頑固者同士の我慢比べは実に醜く執拗で効率がいい。
彩花がショーに視線を戻すと怪人がレッドの猛攻を読み切りやり返す一歩手前といったシーンだ。
ショーも映画も同じもの、聞くものが聞けば激怒ものの台詞は以前舞台好きの雨竜が述べた持論だ。
これには映画好きな彩花も一理ある。創作物とはテンプレを繋げてオリジナルを作るもの。斬新なアイデアこそ必要不可欠だが、それだけでは視聴者は共感を得ることができない。
成り上がるために絶望を。
陥れるために一筋の希望を。
主人公には試練を与えなければ見るもの全てを期待させる作品こそ面白いと珍しく熱弁する雨竜にうんざりとしてはいた。
だが、このヒーローショーこそテンプレ中のテンプレ。
悪が現れ正義が倒す。シンプルなようで盛り上がる展開こそこの構図が必要なわけで。
猛勢を浴びて怪人は両手両膝を付き、レッドの次なる技を繰り広げる準備をを見ていることしかできない。
怪人役も演技ではなく本気で消耗しているように彩花には見え、このままやられてしまうのではないかという危機感を覚えた。




