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第32話 手段

 絶壁の綱渡りのようなヒーローショーは無慈悲にも終わりが遠い。


 なす術もなく歯を喰いしばることしかできないことに雨竜は苛立ちを覚える。


 起こり得るアクシデントとして考慮していたのは木原が躓いた場合がメインだった。

 自信をなくし演技が厳かになることばかりを想定して準備を進めていた。


 あらかじめ彼のマスクの中にスピーカーを仕込み、トランシーバー越しにいつでも指示を出せるようにしていた。


 だが蓋を開けてみればどうだ?

 生の観客の声を受けた彼は自信をなくすどころか役に成り切っているではないか。


 今の彼はレッド役ではなく本物のレッドとして精神が完全に一致しているように見える。


 そんな彼にどんなアドバイスをしても逆効果になることは目に見えている。

 ポケットの中で握ったままのトランシーバーはメシメシと音を立てた。


 どうせ仕込むなら怪人の方にもやっておくんだった。

 やるせない後悔が今まで培ってきた雨竜の自信をとことん追い込んでくる。


 怪人役に一言、たった一言でいい。

 レッドを本気でぶっ倒せ、と伝えるだけで全て解決するんだ。


「相手が何をしでかすか分かっていれば対処出来るんじゃないですか?」


 後ろから聞き覚えのある声がわざとらしく問いかけてくる。

 雨竜は同じくわざとらしく深く深くため息をつく。


「…いま何度目だ?」


 ポケットに手を突っ込んだままショーを見守る彩花に目を合わせないまま問いかける。

 奇しくもこれまた彼女と同じく手はポケットに突っ込んだままだ。


「2回目ですよ、雨竜さん。お望みのもの持って来ましたよ。大変だったので褒めて欲しいくらいです」


「言うようになったじゃないか。俺の見ない間に大人に偉くなったもんだな」


 雨竜の皮肉たっぷりのジョークに彼女は顔を隠しながら微笑する。

 そのまま姿勢良く伸ばしていた背筋を僅かに崩した。


「雨竜さんがそんな初歩的なミスをするなんて珍しいじゃないですか。いつも先の先を読んで備えなければって私に教えたの誰だと思ってるんです」


「なら覚えとけ。誰にでも失敗は付きものだったな」


 雨竜は右手を突き出して生意気な小娘に持ってきたものを催促する。

 だがいつまで経っても手に想定した重みが感じられない。


 何をしているんだ、と嫌気が差して睨みつけようとゆっくりと振り返る。


 唇を結びながら舞台に見入る1人の少女。

 その視線はショーよりもっと先の先。無限に広がる青空に向けられているよう見える。


 心ここに在らず、という風には捉えられない。

 目線はしっかりと何かを捉えていて現世に結びつけている。


「彩花…?」


 雨竜が想定していなかった一面を見てしまい困惑する。


「え、ええ…すみません。大切に使ってください」


 手渡されたトランシーバーは人肌よりも一際冷たい。おおよそコートに入れていたとは思えなかった。


 再びポケットへと仕舞われようとする彼女の手を強引に掴み手で包み込むと案の定氷のように冷え切っている。


 病弱で肉の薄いか細い指。それとはまた別の要因なことは彼女の顔を見れば一目瞭然であった。

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