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第21話 隠し事

 葉山はカップを口元へと運び口の中を潤した。口腔の中を芳醇な香りが包み込む。長く話していたからか染み渡り、続けて二口目を流し込む。


 後押し屋のルールは誰が誰のために定めたものなのか。情報収集していたころから感じていた違和感。明らかに依頼者に向けた説明ではないと薄々気付いてはいた。


 だとしたら理由は一つしか思いつかない。そうでなければ会社がわざわざ信条なんてものを設定する必要はないのだから。


 果たして彼女はこの疑問を考えたことはあるのだろうか。もしこの仮説が事実なのだとしたら本人に知らせるべきではないだろう。


 ルールを作った製作者の意図に反することになる。これは担当者自らが気付かなければいけないことだろう。深読みするならばこれは――


 ◇


 一瞬の違和感だった。いつもどんな動作でさえスマートな葉山がほんの一瞬躊躇いを見せた気がしたのだ。何千回も彼を見続けている彩花はそんな僅かな動作を見逃さなかった。


 なぜ気付いたのかは分からない。だがいつも淡々として言葉に迷うことがなかった彼に限って不自然だと感じたのだ。まるで喉まで出掛かっていたのに躊躇したような間がそこにはあった。


「それでいまに至るというわけだ」


 矢継ぎ早に話題を終わらせる葉山に対し、彩花は追及することはしなかった。恐らく証拠がないまま踏み込んでも彼は答えてくれないことは分かっている。


「1回目と同じく何回もカフェやらを回ってお前がやっと気付いたってわけだ」


「自殺志願者にしてはなんか楽しんでませんか?」


 葉山は自虐気味に鼻で軽く笑う。その傲慢さに私は少し腹が立ってくる。唇の端から薄い血の味がする。


「ルーティンは大事だぞ」


 葉山は一度言葉切り、続ける。その顔からは先程の笑みはない。生徒に説明する教師のように俯瞰的ながらも真剣に彼女の目を覗き込んでいる。


「お前が来てくれたおかげで時を繰り返している確信が持てた」


 納得すると同時にある疑問が生まれる。彩花が再び現れたとしても夢の中の出来事が現実に、すなわち正夢という可能性は捨てきれないのでは?


「お前は2回目からすでに口調や仕草に統一性がなかったからな」


 葉山のとんでもない記憶力を忘れていた。この自己の能力により一つの仮定が違うと証明したというわけか。


「呆れた。あの時はそんなにアプローチ変えてないはずなのに」


 だが、ここで考えうる限りの最も恐れていた不安が脳裏をよぎる。


「え、ちょっと待って。まさか……今も全部覚えてます?」


「本当はもっと早く言おうと思ってたんだがな。つい面白くなってしまってな」


 どうやら不安は的中したようだ。

何度繰り返しても飛び降りるのをやめない彼に嫌気が差していた時期がある。


 あの時の私はヤケになっていたのだ。

今思えば正気を保っていたら出来ないことをやったいた……。


「どうせ全部忘れると思って……」


「……地獄の死者卍彩花卍はオスカー賞狙えたと思うぞ」


「あああああ!!!」


 しっかり覚えられていた。

ついテーブルに手を付いて立ち上がってしまう。


 食器やらが大きな音を立てて、店内の視線がこちらに向いた。

顔が熱くなっていくのを感じながら静かにゆっくりと座った。


「忘れて」


 私は睨みつけながら忠告する。

恥ずかしくて泣きそうになったが我慢した。


「忘れることができたらな」


 なんて大人げない男だ!

羞恥心はじわじわと怒りへと変わってゆく。


 いますぐにでも殺してやりたい!

そもそもこんなことしてるのもこいつが全部の元凶じゃないか!


「言い過ぎた、悪かった」


 私の心情を読み取ったのか葉山は頭を下げた。

何をいまさら、血の上った頭はまだ昂ったままだ。


「葉山さんはなんで諦めないんですか」


 だからだろうか。普段は言わないようなことを口にしてしまった。

せっかくコミュニケーションの取れるようになった展開を不意にしてしまっただろう。


 でも一度口にしてしまえばもう止めることはできない。


「飛び降りるのとき、美由紀さんの声がしたでしょ……それでもやめないんですか?」


 言いながら顔を上げることができなかった。

葉山がいまどんな表情をしているのか見るのが怖かった。

 



 


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