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第18話 芳醇な香り(5828.am7:37)

 芳醇なコーヒー豆の香りが鼻腔をくすぐる。

店内に入った途端から浅煎りの酸味掛かった香りが辺りを包み込んでいて落ち着いた気分にさせた。


「いらっしゃいませ。あ、人を連れられているなんて珍しいですね」


「ええ、ゆっくり彼女と話したいと思って。テーブル席は空いてますか?」


 確認しますね、と恐らくマスターであろう壮年の男性は店内を見渡す。

そういえば前回来た時はコーヒーの抽出に専念して接客はしていなかった気がする。


 彩花と葉山はいま喫茶店『アンジャッシュ』に来ていた。

ようやく泣き止んだ彩花は半ば無理やり連れこまれたのだ。


「こちらへどうぞ」


 奥の方へと案内される。


 まだ早い時間だったが、すでに店内は混み合っている。

カウンターは満席だったが、幸いテーブル席はいくつか空いていたおがげで座ることができた。


 特にカウンター席はいずれも中年男性の1人客が大半を占めている。

つい最近来た時も同じように席は埋まってはいたがカップルや子供連れなども利用していたのでだいぶ印象が違って見えた。


 また注文の仕方や店員とのやり取りからおそらく常連客なのだろう。

落ち着き払った店内にいるだけでソワソワしている彩花とはまさに大違いの振る舞いだ。


 ふと、気付かれないように対面に座る葉山を見てみる。

メニューを開き眺めている彼に緊張している素振りはない。


 何を頼もうか考えているというより、何を飲むかは決まっているが他のものも見てみようといった感じだ。

目線を辿ると上から下へゆっくりとしか動いていない。


 また先ほどのマスターとのやり取りを鑑みるに頻繁にこの店を訪れているのだろう。

それもあの反応からして1人で。


 あのマスターはどこまで知っているのだろうか。

葉山に美由紀という妻がいたということを。


 その妻が交通事故で不幸な死を迎えたということを。

あのマスターはどこまで知っているのだろう。


「注文は決まったか?」


「え、はい。えーと……ブレンドを」


 咄嗟に目についたホットコーヒーを選んでしまった。

彼を見ていたことでメニューを選ぶのを怠ってしまっていた。


 それに最初はカフェオレにしようかとも思ったが迷ってしまったのだ。

普段からコーヒーは好きなので家でもドリップを常備しているほどの愛飲家だ。


 だが飲むと胃がやられることがあるのが悩みであった。

出先では会話に集中したいこともあり比較的胃に優しいカフェオレを選ぶことにしていた。


 無意識にそうしようとしていたが脳裏に彼女の姿がよぎってしまったのだ。

彼女、ともにこの店で会話に花を咲かせた京子のことだ。


 最後にカフェオレを飲んだのが京子とここにきた時だった。

それを思い出してしまったのだ。


 訂正する気は起きない。

まだ立ち直りかけていない彩花にはそれを頼む勇気がまだなかった。


 そんなことを考えているうちにいつの間にか横に来ていたマスターは葉山から注文を受けてカウンターへと戻ってゆく。


 こういう仕事は相手の素振りを注意深く観察しないといけないという。

いかにも合理的な葉山に合わせられるという点を見るに熟練しているのが伺える。


 彩花は葉山の方に視線を戻す。

まだ飲み物も届いていないが待つのが惜しい。


「あなたは何者なんですか?」


 色々聞きたいことはある。

だがこれが分からない限りは何も進まない。


「お前の聞きたがっている要点は分かっている。つまりなぜお前の能力を認知できているのか、だろ?」


「そうです」


「分からない」


 即答をされた。

葉山なら何でも知っているだろうという先入観があっただけに彩花はがっかりした。


「葉山さんにも分からないことがあるんですね」


 嫌味な言い回しになってしまったが、もちろん、と話す彼に気にしている様子はない。


「でもあなたは推測だけはある程度立てているんでしょ?」


 彩花は自分の持論を問いかけた。

私の知っているあなたはこの程度ではないでしょ、と。


 葉山はかすかに目を見開き、そして僅かに微笑んだ。少し楽しそうな表情を浮かべる。

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