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第17話 小さな慟哭(5828.am7:32)

 彩花は今回の世界では京子に会いに行くのはやめようと思った。

つまり、出会うきっかけとなったファッションブランド店に行かないということだ。


 だが正直、彼女にすごく会いたかった。でも全てを忘れてしまった彼女に会うのは心が苦しい。

それに会っても何を話せばいいのか分からなかった。


 また京子なら私が居なくてもいずれは自分の殻を壊し、本来の自分を晒せ出すことができるはず。


 そのことに気が付いてしまうと、彼女にとって私は居ても居なくても変わらない存在だと思い示されてしまう。


 またも潤んでしまいそうな目元を袖で強めに擦って何とか収めようとする。

それでもすでに決壊しかかっていた涙腺は止めることができなかった。


 そのまま込み上げてくる涙はとめどなく溢れだしてくる。


 誰かが屋上に来るかもしれないことなど考えることもせず、ただ声を抑えることなくひたすらに泣いた。


頭上に広がる青空に少女の小さな慟哭が吸い込まれていく。


 別に京子が死んだわけじゃない、頭の中では理解している。

でもどうしてこんなに悲しいのだろう。


 美由紀さんや葉山が死んだ時もこんなに涙が出たことはないのに。


 訳も分からない感情が胸の中でぐるぐると渦巻いて次から次へと彼女との記憶が頭へと浮かべてゆく。


 そんなことだから背後にいた人物に気が付かなかったのだろう。

すでに昇降口入り口に立っていた葉山は優しく声を掛ける。


「こんな早い時間になにやってるんだ?」


 言葉だけだと冷たく感じるが少なくとも馬鹿にするような感情は籠っていない。

腕を顔から離せない彩花には彼がどんな表情でこの台詞を言っているのか分からない。


 けれどこれが葉山なりの励ましなのだろうと彩花は思った。

もう赤の他人と切り捨てるには惜しい長い時間を関わっている。本気で心配しているのが分かってしまう。


 死ぬことしか考えて居ないこと男が、人を心配するとは思っていなかった。

泣き顔を見られたらきっと馬鹿にされると思っていた。


「……ずっと頭の狂った変人かと思ってましたよ」


 彩花はなんとか思いついた皮肉を言い放つ。

こんな無様な姿をいつまでも見られているのがたまらず恥ずかしかった。


「狂っていても人の気持ちは理解できてるつもりだがな。それに……俺はお前みたいなやつをほっとけるほど出来た人間じゃない」


 なんなのだこの男は。

あんなにも私を苦しめていたくせに。


 本当はひたすらに悪態を突きたいのにどうしてもその言葉が出てこない。


 声に出そうとすると頭の中から消えて居なくなってしまうのだ。

まるで本心ではないと訴えてくるかのように彼女の元から去ってしまう。


 どうして、なんで私の前から去っていくの!?

僅かな光明をまるで真っ暗な水の中を向かって泳ぐようにもがいていくが追い付くことができない。


 泳げど泳げどたどり着けない。

あともう少しで届くはずなのにどんどん先の方へと流れていってしまう。


 待って!私を置いて行かないで!


 するとナニカが私の背後に着いて来ている気がした。

何かは検討が付かないが何となく心で理解することができたのだ。


 ああ、そうか。

私はずっと自分の本心から逃げ続けていたのね。

ずっと気づかないように背を向けていたんだと。


 だからその言葉だけは消えずに頭に残り続けていてくれた。

私は心の中でゆっくりと振り向いて自分の本心であるこの言葉に向き合った。


 ありがとう。


 消えずに残ってくれたこの言葉。

いまの彩花の気持ちを表すには的確な言葉であることは間違いなかった。


 だけどあえて言わないことにした。

この男には感謝なんかする必要もないほど振り回されている。


 だからこの言葉は自分の胸にしまった。

全てが終わったら言おう、2人一緒に明日を迎えることができたなら。


 葉山の顔を見上げた。

葉山は案の定いつもと同じ様子でこちらを見ていた。


 私がいまどう思っているかは知る由もないだろう。

でも表情こそ変えなかったもの目が合った時に安堵を浮かべていたことには気が付くことができた。

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