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第16話 5827回目の時間逆行(5826.11:28)

 見慣れた屋上は冷たい風が吹いている。

地平線を見下ろしているとビルに反射した日差しが時折目に差さる。

その度に目を開けられなくなり思わず細める。


 彩花はこの屋上の景色が嫌いだった。

銀色と灰色に彩られたこの街は無限に広がる空を邪魔しているように感じるのだ。


 ビルは墓石で、道路は灰。

等間隔に立っている電波塔はさながら彼岸花のよう。


 美由紀さんはアスファルトに投げ飛ばされて。

葉山さんはこのマンションの足元に叩きつけられて。


 彼らはこの土地で生涯を終えている。


 もちろん人間の作り出したこの街が悪いのではない。

建物に罪などないのだから。


 それでも結果的に人は死んでいる。

この事実は人類の叡智を彩花にとって忌むべき場所へとかえていたり


 だが今日だけは違う。今日だけは少しだけ許してしまえそうな気持ちになっていた。


 初めて代行屋として、そして人間として他人を導くことができた。

たとえ記憶に残らなくとも、そうであったことがひたすらに嬉しかった。


 目の前の景色に再度視線を向ける。


 この時だけは壮大な墓地ではないとても輝かしいものに映る。

いつもと違う視点で見るだけでこうも世界は違って見えるのか。


「もう行かなくちゃ」


 思わず独り言を漏らす。

乾いた筈の涙がまた溢れ出してくる。


 潤んだ世界を瞳に焼き付けながら大きく広げた両手を胸の前で叩きつけた。


 ◇


 パンッ、と音が鳴り響くと同時に世界は切り替わる。


 いつもの『ぐるぐる』とした感覚に襲われる。


 だが毎回、過去に飛ぶ時は切り替わる瞬間捉えようとするが叶ったことがない。

例えるなら寝る時に意識が飛ぶ瞬間を認知できないような歯痒さだ。


 景色も体感も何もかも変わる筈なのに、元々そのにいたようにギャップを感じられないのだ。


 だが今回だけは異なっていた。


 さっきまで潤んでいた視界は一瞬でクリアになり、藍色の空が視界を包み込む。

カピ付いた頬の感触も消えてなんだか寂しい気持ちになる。


 だが気を取り直さなければ。今回はやることが山ほどある。


 いまはAM07:30、場所は同じくマンションの屋上。

彩花は葉山が亡くなる前の過去へと戻って来たのだ。


 この周回でやるべきことは頭の中ですでに決まっている。

葉山と話をする。彼の正体を暴かなければいけない。


 不可解なのは彼の去り際での言動だ。

葉山は確実に『タイムリープを認知している』と話した。


 もし彼の言っていることが正しいのであれば私がタイムリープしている数だけ飛び降りているということだ。


 それは起きてから死ぬまで何度もループしているということだ。

いつ終わるかもしれない長い時間は地獄と何ら変わりがない。


 まるで正気ではない。

同じ人間に何千回も説得されても死を選ぶ精神が理解できない。


 だが彼を生かすことを諦めるつもりはなかった。

葉山が何を思い今までを生きて来て、何を思い何度も死のうとしているのか。


 私はそれを確かめないといけない気がした。


 もし死ぬことが彼の本当の願いなのだとしたら……

彩花は選択しないといけないと直感していた。


 後押し屋の彩花として。

1人の人間の斉藤彩花として。


 その2人の生き方はまるで真逆だ。

この選択次第ではどちらかの道を捨ててもう一方の道を歩まなければいけない。


 いまこの場で決意することはできなかった。

だから今は情報を集めるしかない。


『判断基準は担当者に一任される』

これは雨竜に耳にタコができるまで叩き込まれた後押し屋のルール。それの第一条だ。


 現場でこのルールが頭に浮かんだのは初めてだった。

なにしろこう言った場面が初めてだったから。


 なぜ思い出したかというと、このルールには裏のルールが存在する。


 担当者が判断をする。

つまり逆に言うなれば、救うも見捨てるも担当者次第ということだ。


 まさか私にも選ぶ時が来るとは……

しかも、相手の生死と自分の生死を問われることになるとは。


 できれば宝くじを引くか引かないかのような気軽なものがよかったと心底思うのだった。


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