第12話 アンジャッシュ(5826.am9:32)
一先ず人気の少ないところまで逃げ切ることができた。
立ち止まり腰に手を付きながら息を整える。
運動神経のいいであろう川崎さんでも堪えたらしく膝に手を付いて息を荒げている。
ここまで全力疾走をしたのは久しぶりだ。
冬場とはいえコートの下は汗だくになっている。
「川崎さん足速いですね」
「あ、ありがとうございます。高校の頃は陸上部をやっていたので」
どうやら吃音は緊張していたからというわけではないらしい。
体育会系の人間でここまで言葉に詰まる人は珍しいと彩花は感じた。
「あ、運動部といっても部員数の少ない弱小だったので」
川崎は恥ずかしそうに目を逸らしながら答えた。
どの学校も人数が多いわけではないのだろう。
「どうして私を引き留めたんですか?」
今更だったがこれだけは聞かねばいけない。
威勢の良さを学ぶ。彼女はそう言っていたが具体的な情報はまだ何も聞いていない。
「えっと、それはですね……あ、そういえばお名前聞いてからでもいいですか?」
初対面の人間に、それに半ば巻き込まれるような出会い方だったので一瞬躊躇う。
だが不思議とこの女性の仕草を見ているとそんな警戒心も薄れてしまった。
多分この人は嘘つくの下手だろうから……
「彩花。彩花といいます」
「私も改めて川崎京子です。京子って呼んで大丈夫です」
息を整え終わった川崎は姿勢を正して頭を下げた。
「さ、さっきはごめんなさい。あなたの行動を見ていたら参考にしたいなって思って」
さっきのことというのはショーケースのガラスを石でかち割ったことを言っているのだろうか。
そこから何を学ぼうとしているのか理解ができない。
「えーと、あのかわ……ではなく京子さん。お時間あればお茶しながらでもどうですか?」
◇
2人は喫茶店へとやってきた。
駅の近くによさそうな雰囲気のお店が目に入ったのでそこにした。
店前のショーケースには美味しそうなケーキやプリンのレプリカが並べてられている。
ボードによると日替わりスイーツはチーズケーキらしい。
看板を確認すると『アンジャッシュ』とゴシックな書体で書かれている。
奇しくも葉山が指定した喫茶店に来ることになってしまった。
この周回の葉山はすでに亡くなっている。
いつもとは違う展開になってしまったためだ。
だが彼には悪いが(かなりどころか相当だが)、予め店の雰囲気を確認できるのは彩花にとって好都合であった。
人見知りをするタイプではないが、初めて訪れる場所はどうしても緊張するものだ。
ましてや葉山の言い振りではここは彼の行きつけなのだろう。
どういう展開になるか分からないがホームかアウェイでどちらが交渉で有利になるのは明らかだ。
ここは敵情視察も兼ねて京子との悩み相談兼ガールズトークを楽しむことにした。
「本題に戻らせてもらいますけど、悩みってなんなんですか?」
注文を終えて私は本題を切り出した。
ちなみに注文したものは2人ともブレンドコーヒーとセットデザート。
いつも通りカフェオレにしようと迷ってはいた。
だが先ほどすでに飲んでいるし、甘いスイーツを食べるのではお口直しに苦味を欲すと思いやめたのだ。
ちなみにデザートは彩花がチーズケーキ、京子はモンブランである。
「わ、私これからデートするんです」
服装の気合い度からして男絡みだと思っていたがどうやら的中したようだ。
京子は頬を赤らめモジモジと動き始めた。
「それってお付き合いしてる人とってことですか?」
「いえ、こちらが一方的に片思いしてる人です。大学で同級生の方なんですけど」
聞くと彼女はここ辺りの美術大学の生徒らしい。
同じ科の男性と話が合うこともあり彼女からお出かけを提案したそうだ。
よくこのザ•人見知りといった性格で誘えたものだ。
失礼な先入観を改めるとともに、それだけ彼女が本気であることを再認識した。




