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闇夜の死闘〜後編〜

『ブオオオ…』


「ほら、これも美味しいよ」


その夜、知り合ったステゴサウルスと思わぬ形で再会したエインはオススメの樹の実を食べさせ、共に焚き火を囲む形で寛いでいた。


「おおっ〜…意外にも温かいのだ」


寝そべるステゴサウルスのお腹に身体を預けるルティカは、そこから伝わる温かさと鼓動に目を輝かせていた。


「呑気なことしてる場合じゃないだろ。ここにはバジリスクはもちろん、他にも危険なモンスターが彷徨いてんだからな」


一部始終を見ていたカルロスは頰を緩ませることなく辺りを警戒していた。その言葉通り、聞いたことがない不気味な鳴き声が闇夜の静寂を裂くように響き渡っていたり、こちらを監視するような眼光が暗闇の中で灯っていた。


時折、捕食されているのかバリボリと骨や肉を噛み砕く音に混じって悲鳴のような声が聞こえてくる。


「楽園を味わった分、余計何だか怖く感じるよ」


ここは安全な防衛壁に囲まれた国内でもなければ、マイアサウラ達の営巣地である楽園でもない。弱肉強食が強調された異世界の真っ只中で野宿しているためにラーナも気が気ではなかった。


「火を焚いてれば大抵のモンスターは寄ってこないはずだ。まあ、ゴブリンやオークとかの例外もいるけど」


この異世界のモンスターは元の世界のモンスターと異なり、魔法を使わないために自ら火を起こすことは出来ない。そのため火を本能的に恐れるため、焚き火のある野営地には近寄らないはずだ。


『『『ギャア…ギギギ…』』』


「じゃあ、あのオルニトレステスも例外なの?」


逆に焚き火の灯りが好奇心を刺激したのか、暗闇の中から小さな角を持つ肉食恐竜の頭部が見え隠れしており、オルニトレステス達はこちらをジッと見つめていることにエインは警戒していた。


『ブオオオ!』


しかしステゴサウルスの吠え声を聞いたオルニトレステスは尻尾を巻いて暗闇の中に消えた。


「おおっ…とても頼りになるボディガードなのだ」


「確かに安心しますね」


背中の並んだ板と尻尾のスパイクは人間からも、そして捕食者から見てしても強いインパクトと近寄りがたい雰囲気を与えるためにとても頼りになる護衛だろう。


「あのバジリスク相手に何処まで通用するか分からないぞ」


「うっ…それを言われると今度は不安になる」


そんな恐竜にも平気で襲い掛かりそうな巨体を誇るティタノボアがこの辺を彷徨いているため安心は出来ないとカルロスから念を押されてラーナはゲンナリする。


「それにしても不思議なのだ…あのバジリスクはあんなにルティカ達の近くにいたのに、何で襲ってこなかったのだ」


だが、気になることがあった。泥沼に嵌ってしまった時にティタノボアは正しく目と鼻の先にいたのに、こちらを見失ったかのような素振りをしていたのは何故なのかとルティカでなくとも首を傾げてしまう。


「とにかく食われないように腹ごしらえをしておけ」


カルロスは鞄から干し肉を出してエイン達に渡していく。


「ぐぬう…やはり干し肉は硬いのだ…!」


ウィルマに向かう前もそうだったが、温室育ちのルティカからすれば干し肉の硬さはある意味で難敵であった。


『バウ…グルル…』


しかしそんなルティカを尻目にロボは美味しそうに干し肉に齧りついていた。


『『『ピィピィ!ギャアギャア!』』』


「君達もお腹空いたの?」


成り行きで助けたプテラノドンの子供達もエサを催促するように長い首をもたげて鳴き喚くため、エインは干し肉を与えようとする。


「あう!」


「あっ!トウガ!何するの!」


与えようとした瞬間にトウガが横から割り込んで、有無を言わせずエインの手から干し肉を横取りして食べてしまったのだ。


『『『ギャアギャア!』』』


当然これにはプテラノドンの子供達も反論するように鳴き喚いていた。あんまり騒ぎ過ぎると捕食者が寄ってくる可能性もあるため何とか宥めようとした瞬間、トウガが再び動き出したのだ。


「うああああっ!がああああっ!!」


両腕の翼を広げ、その小さな身体からは想像出来ないほどの雄叫びが暗闇に響いたことで全員が黙り込んでしまう。


「あぐっ…!むぐっ…!」


辺りが静まり返ったことで満足げに干し肉を齧るトウガ。まるで勝利の味を噛み締めているようだった。


「こいつ最近ヤケに攻撃的じゃないか?」


前まではヨチヨチ歩きで愛らしかったが、獣人族が狩猟のパートナーにしているぐらいだからか、成長と共に攻撃的な性格に育ちつつあるようだ。


「ちゃんと躾なきゃダメだよ」


「え、僕が…ですか?」


同じく驚いていたエインはラーナからの指摘にハッとなるも再び驚いてしまう。


「そりゃそうだよ。だって今やエインくんはトウガちゃんのママ…と言うよりパパなんだからしっかり躾しないとダメだよ」


「ううっ…と言われても…」


確かにアレッサ達から自分がトウガの世話をするよう言われていた。だが、思えば5歳の頃に実の両親から捨てられたエインからすれば、子育てなんてどうすれば良いかよく分からなかった。


『『『ピィピィ!』』』


「とにかく今は食い物を何とかしないとダメだな。そいつらが騒ぐとマズい」


何にしてもプテラノドンの子供達を黙らせるには別の食べ物を与えるしかない。カルロスは再び鞄の中を探って別の干し肉を差し出そうとする。


「あう!」


「おわっ!お前まだ食う気かよ!」


まだ満腹じゃないのか今度はカルロスの手から干し肉を横取りしてしまったのだ。


「トウガ!ダメだよ!」


「むぐっ!」


エインは取り返そうとするが、トウガは口を開けずにそのまま干し肉を食べてしまうのだった。


「あう!うあ!」


「まだ食べるの!?」


『『『ピィピィ!』』』


「参ったな…あれで最後だったんだぞ」


プテラノドンの子供達はもちろんトウガもまだ欲しいと騒ぎ立てていた。しかし鞄の中を幾ら探しても他の食糧は見つからなかった。


「僕が浅瀬で魚でも獲ってきます。だからトウガ達のことをお願いします」


「え、大丈夫なの。こんな真っ暗闇なんだよ」


一寸先は闇に包まれており、灯りがないと何があるのか分からない有様だった。木や岩などの障害物はもちろん、最悪の場合は突如として目の前に捕食者の口が広がっている可能性があるだろう。


「灯りがないと不便だろ。これを使え」


松明を一つ手に取って渡そうとするがエインは問題ないと首を横に振った。


「僕なら大丈夫ですよ。確かに暗いですけど、集中して見ればなんてことないですよ」


そう言うとエインは目を暫く閉じた後にカッと見開くが、一瞬だが瞳に青緑色の光が灯ったようにも見えた。


「大丈夫なのだ?」


「うん、よく見えるよ」


辺りは真っ暗闇なのだが、エインの目にはほとんど白黒のツートンカラーではあるものの、それ以外は周囲の輪郭や形をキチンと捉えていた。


「周囲には今のところ危険なモンスターはいないみたいですね。あ、あそこの木の上にワライフクロウがいますよ」


『ボゥー、ボゥー』


「え、本当に見えてるの」


裏表がない性格の上に当てずっぽうには見えない言い方をしたかと思えば、エインの視線の先から話にあったワライフクロウの鳴き声が本当に聞こえてきたことで事実だと証明された。


「お前…何で見えてんだよ。こんな暗い中で」


「え、目を閉じて集中すれば見えるようになるんですけど」


「そりゃあ…暗闇に慣れさせれば出来るけど、木の上にいる鳥を見つけるなんてことは…」


暗闇でもある程度目を開けていれば瞳孔が動いて見えるようになってくる。しかしそれにも限度があり、だからと言って暗闇の中で葉が生い茂る木々の中から隠れている鳥を見つけるなんて簡単なことではない。


「本当に松明が無くて平気なのだ?」


「わっ!?眩しいよ…!?」


気を遣って松明を差し出すルティカだが、エインは太陽を直接見てしまったかのように目を逸らしていた。


「ん?これが眩しいのか?」


辺りを照らすだけでそんなに眩しいはずがないのに、見るのを嫌がるエインにルティカは首を傾げる。


「とにかく僕が食べ物を探してきます」


「そうか…一応気を付けてな」


木の上のワライフクロウが見えるのなら大丈夫だろうと言葉を掛けてから送り出す。


「えっと…何か食べ物になりそうなのは…」


それからエインは川に向かう途中でも周囲にある木々の間や茂みの中を探すも、目ぼしい物を見つけられなかった。


夜行性の生き物の多くは瞳孔を動かして、暗視ゴーグルのように僅かな光を目に取り込んで昼間と同じように物を見ることが出来る仕組みをしている。


エインの目も同じ仕組みを獲得しており、今も昼と変わらない形で物を見ることが可能なのだ。先程ルティカの松明の光を避けたのは僅かな光を取り込むために逆に眩しく感じたからだ。


「やっぱり川を探してみよう」


当初の目的通り川まで向かうエイン。すると川の流れとは異なる水音を耳にして辺りを警戒する。


『『『ブルル…』』』


「ヒラコテリウム…ビックリした」


少し離れた場所に数頭のヤギサイズの馬がいると思えばヒラコテリウムだったことにエインはホッとする。


「釣り竿はないからオノーダおじさんがやってた手づかみ漁をやってみようかな」


竿がないため虫を手に貼り付けて、寄って来た魚をその名の通り直接手で掴んで獲ろうと考えたエインは石をひっくり返して手頃な虫を探す。


『『『ヒヒー!?』』』


「え、何今のわあっ!?」


近くでヒラコテリウムの悲鳴が聞こえたことに顔を上げると、丸太のような尻尾がエインの身体に当たって岸辺に落ちてしまう。


『ギシャアアアア!』


「ううっ…ティタノボア…!」


正体はヒラコテリウムを襲おうと飛び掛かったティタノボアで、当たったのはその巨体をくねらせたためによる尻尾の一撃だった。この辺にはいるとは思っていたが、まさかここで再会するとは夢にも思わなかった。


『『『ヒヒー!?』』』


『シュシュ…!』


しかしヒラコテリウムは無事に逃げおおせ、奇襲が失敗したティタノボアは舌を出しながら暫くその方向を睨んでいた。


『シュシュ…』


「……!」


ヒラコテリウムは助かっただろうが今度は自分の番だとティタノボアが近寄ってくることにエインは青ざめる。逃げたいところだが鳩尾(みぞおち)に筋肉の塊とも言うべき尻尾が当たり、ダメージが大きいためにすぐには立てそうになかった。


『シュシュシュシュ…』


「っ!」


ティタノボアは吐息と舌が当たりそうなほど近寄って来て、エインも「もうダメだ!?」と覚悟して目を逸らす。


「……?」


ところがいつまで経っても捕食による苦痛が伴わないことに疑問に思ったエインは恐る恐る目を開く。


『シュシュ…?』


目の前にいるのにティタノボアは泥沼に嵌った時と同じく目標を見失ったように辺りをキョロキョロと見渡していた。


『…!ギシャアアアア!』


『ヒヒー!』


しかしエインとは明後日の方向の茂みに向かったと思えば、隠れていた別のヒラコテリウムが森の奥へと逃げていき、ティタノボアはそれを追うように這っていく。


「どうして茂みの中のヒラコテリウムを見つけられたのに目の前の僕を?」


幾ら暗視ゴーグルのような目を持つエインでも茂みに何がいるかは探らないと分からない。対してティタノボアは茂みを見透かしていたようにも見えたのに、何故目の前にいた自分を見失ってのか分からなかった。


「……泥?そう言えば昼間も…」


だが、こんなことは一度だけではなかった。最初追われていた時も泥沼に落ちた途端にティタノボアは自分達を見失っていた。そして今のエインはその時と同じく、岸辺に落ちた際に全身に泥を浴びていた。


「……僕が見えてないんだ」


泥を被るだけで見失う理屈はまだ分からないが、少なくとも身を隠す方法を理解したエインはティタノボアが去っていた方向を見てあることに気が付いた。


「大変だ!あっちにはルティカちゃん達が…!」


ティタノボアが向かった方向は自分が歩いてきた道、もっと言えば帰りを待つルティカ達の野営地がある場所だ。エインは急いでティタノボアの後を追いかける。


「こんな暗闇の中をよく一人で行けるわね」


「ルティカは次期王女になるから当然平気なのだ!」


「ほお、だったらエインと勝負をしてみてはどうでしょうか姫様?」


「い、いやいや!ここで散り散りになるのは危険だから止めておくのだ!」


帰りを待っているとルティカが子供特有の強がりを言うためにカルロスは逆に茶化して困らせるのだった。


「まあ、確かに今は下手に動かない方が身の…わっ!何するの!?」


『バウバウ!』


ロボが叫びながらラーナに飛び掛かると、彼女が立っていた場所に巨大な物体が地面に向かって落ちてくる。


『ギシャアアアア!』


『ウウウウッ…!』


「バジリスク!?」


エインの予測通りティタノボアは野営地まで来て、ラーナを襲おうとしたがロボのお陰で阻止されたのだった。


『ブオオオ!』


外敵の存在に寝そべっていたステゴサウルスは立ち上がり、スパイク付きの尻尾で地面を叩きながら威嚇する。


「あう!うああ!」


「こんのぉ!掛かってこいなのだ!」


同じく威嚇をするトウガと負けじと子供用の剣を抜くルティカ


「ラーナ!そいつらを連れて逃げろ!」


それを見たカルロスは苦虫を噛み潰したような顔で槍を構えつつもラーナにそう叫んだ。


「カルロスは!?」


「いいから行け!姫様を守れ!それにエインからそいつらを託されただろ!」


身を案じるもののカルロスの言う通り、今はルティカ達を守ることが最優先だった。それに状況からするに口には出していなかったが、遠回しに護衛対象と子供達を守りながらではやりづらいのが本音だった。


「カルロス…死なないでよね!姫様!行きましょう!」


「し…しかし…!?」


カルロスの身を案じるラーナに左腕を引かれるルティカは留まろうとするが体格差により引きずられていく。


「今は姫様の身が第一です!さあ、皆もおいで!」


「うあっ!うううっ!」


『『『ピィピィ!』』』


片腕で暴れるトウガとプテラノドンの子供達を器用に抱えたラーナはティタノボアとは反対方向の暗闇に向かって走り出して姿を隠すのだった。


「さあ、待たせたな。エサならここにいるぞ!」


逃げたのを確認したカルロスはティタノボアの鎌首に向かって矢継ぎ早に槍を何度も突き出す。


『ギシャア!?シュシュ…!?』


思わぬ反撃に鱗が削れて傷が入るものの、蛇ならではのクネクネした動きで槍を何度か避けていく。


「スキル『連続突き』があれば手数では負けないんだがな」


基本的に槍は直線的な攻撃が多いため、柔軟な動きが出来るよう進化した蛇種に取っては避けるのは造作もない。そのためカルロスは思わず無いものねだりをしてしまう。


『ブオオオ!』


しかし手数の無さをカバーするようにステゴサウルスはスパイク付きの尻尾を鎌首目掛けて振り回す。


『シャアア…!』


本能的にあの尻尾の一撃を貰えばひとたまりはないと判断したティタノボアは鎌首だけだなく上体も起こして自身を大きく見せる。


「大人しく引き下がれば何もしないぜ?」


『ブオオオ!』


頼もしいパートナーがいてくれるお陰で実際のところ心許なかったカルロスは挑発的な軽口を叩く。


『シュシュシュシュ…!』


言葉を理解したかどうかは分からないがティタノボアは鎌首を下ろして来た方向を戻るように這っていく。


「何だ…随分とあっさり引き下がったな」


助かったが、もう少し襲ってくると思っていたカルロスはティタノボアが簡単に引き下がったことに違和感を覚える。


『ウォン!ウォン!』


「お前、残ってたのか。どうした」


ラーナを追っていたと思っていたロボが、この場に残って不意に吠え声を立てたためカルロスは驚いてしまう。


『ウウウウッ…!』


今度は唸り声を挙げながらティタノボアが去って行った場所を睨みつける。更に野営地の周囲をグルリと回るように、何かの後を追うように方向転換をしていく。


「おい、何なんだ」


『ウォン!ウォン!ウオオォォン〜!』


最後にラーナが逃げて行った方向を睨みつけ、遠くまで聞こえる遠吠えを挙げる。その声量はまるで危険な何かを報せる警告のようにも聞こえた。


「おい、そう言えばあの先にはラーナが逃げて行った方向じゃないか。それにお前が吠えてるのって…」


吠えるのを止めないロボに首を傾げていたが、仲間の逃げた先に向かって何に対して吠えているのか気が付いたカルロスは次第に青ざめていく。


「あのバジリスク、まさか最初からラーナ達が狙いだったのか」


あっさり引き下がったと思っていたが、身体が大きいステゴサウルスや槍を構えて強気だったカルロスを相手するよりも、逃げて行ったラーナ達を纏めて丸呑みにした方が頭数が多く、仕留める労力も少なくて済むため狙うとしても優良物件だ。


「くそ!追いかけねぇと!あいつらの匂いを辿れるか?」


危険がないように逃がしたはずが、却って危険に晒してしまったことにカルロスは更に苦虫を噛み潰したような顔をしながらロボに追跡を頼み込む。


「はあ…はあ…あれ、皆は?」


そのすぐ後で泥まみれになったエインが戻って来るも、誰もいないことに辺りを見回す。


「まだ新しい足跡があるから皆は無事だろうけど、ティタノボアの這った跡がある…何とかしないと!」


残された形跡から何があったか判断したエインは鞄からブーメランを手に取って追跡を始める。


「ラ、ラーナ…ここは何処なのだ?真っ暗で何がどうなっているのか分からないのだ」


「う…どうしよう…慌ててたから松明を忘れちゃった」


今がどんな状況が立たされているか分かっていないラーナ達は更に悪いことに暗闇の森の中で灯りも持たずに孤立してしまっていた。


「ひう!?そ…そこにいるのはバジリスクなのか!?」


「いるの!?」


小枝が踏みつけられる音が暗闇の中で響き、ルティカとラーナは怯えて子供用の剣とナイフを構える。


『キチチチ』


「…何だ、違ったのだ」


茂みからプテラノドンのような腕を持つ小型獣脚類『イー・チー』が出て来て、唖然とするルティカ達の前を通り過ぎていく。


『ケエエエエ!』


「うひゃあ!?」


「ワ…ワイバーンの親!?」


安心したのも束の間、二人の頭上から親のプテラノドンが空から滑空して来て空へと連れ去って行く。


「あいたた…なのだ…」


『ケエエエエ!』


「ひゃあああ!?やっぱり怒ってる!?」


連れ去られるも適当な木の上に落とされたルティカとラーナの前で親プテラノドンが怒りの吠え声を挙げていた。


『『『ピィピィ!』』』


怯える二人に対して子供達は親が来たことに喜んで足元へと駆け寄っていく。


『クアアア…ケエエエエ!』


子供が無事なのを確認した親のプテラノドンは慈しむような鳴き声を発した後、ラーナとルティカをどしてやろうかと威嚇する。


「や…やるのか!?やってやるのだー!?」


生命の危機に破れかぶれだとルティカは剣を振り回しながらプテラノドンに突撃していく。


『ケエエエ!』


「ひょわっ!?」


しかし嘴(くちばし)を目の前で振り下ろして威嚇しルティカに尻餅を着かせるプテラノドン。


『ケエエエ!』


「ひえっ!?」


それで終わりではないとプテラノドンは嘴をカチカチ鳴らしながら迫ってくる。


「ルティカ姫様!?うわっ!?」


『クエエエ!?』


助けようと立ち上がったラーナだが不意に木が大きく揺れたことにバランスを崩し、プテラノドンも不測の事態に慌てて空へと飛び上がる。


「助かったの…?」


「うわあっ!ラーナ!下…下を見るのだ!?」


一難去ってまた一難。プテラノドンは逃げただろうが、新たな脅威が下から迫ってくるとルティカが騒ぎ立てる。


『シュシュ…!』


「バジリスク!?まさかここまで追ってきたの!?」


木の根元にはカルロス達が足止めしているはずのティタノボアがラーナ達の存在を見透かしているのか、アサガオの蔓のように身体をクネらせ、木の幹に巻き付けるように上へ上へと登ってくる。


「逃げないと…!?」


「そんなこと言っても何処へなのだ…!?」


登った木は他の木とは連なってもいないし、降りたくとも高くて飛び降りる勇気もない。


『シュシュ…!』


その間にティタノボアは確実に木を登ってくる。まるで逃げられないのを察しているのか、先端が二股になった舌をチロチロ出して舌舐めずりをしているようだった。


「姫様だけでも守らないと…!」


「な…何を言っているのだ!民を守れないで何が王女なのだ!?」


命の危機が刻一刻と迫る中でラーナとルティカはお互いに守ろうとし合い、武器を手に取って登ってくるティタノボアと向き合う。


「お前の相手は…俺だろ!」


『ギシャア!?』


風を切り、ザシュッ!と言う音と共に木を順調に登っていたティタノボアは鎌首を上げて悶え苦しむ。


『ギシャア!シュシュシュシュ…!』


「流石に今のは聞いたみたいだな」


木の根元にはカルロスの投げた槍がティタノボアの尻尾を貫く形で刺さっていたのだ。異常事態に気が付いたティタノボアは威嚇音を放ちながらカルロスを樹上から睨む。


『ブオオオ!』


『ギシャア!?』


ダメ出しでステゴサウルスの尻尾のスパイクが叩き込まれ、ティタノボアの尻尾に更なるダメージが加えられた。


『…!ギシャアアアア?!』


痛みに悶えていたティタノボアは意を決したように身体に力を込めると、ブチッと言う音共に槍とスパイクが刺さった部分を残す形で尻尾を引きちぎったのだ。


「なんて奴だ。蛇のくせして尻尾を切りやがった」


尻尾の先端とは言え釘付けにしたのに、まさか力任せに引きちぎるとは思いも寄らなかった。


「マズい!槍を抜かないと!?」


『ブオオオ…!?』


尻尾を引きちぎって尚もラーナ達を執拗に狙い、木を登っていくティタノボアを見たカルロスは槍を、ステゴサウルスは尻尾のスパイクを引き抜こうとするも間が悪いことに思ったよりも深く刺さったらしく中々抜けなかった。


『シャアアア…!』


「くっ…!」


「か…掛かってこいなのだ!?」


「あう!うあ!」


遂に一番上まで辿り着いたティタノボアは得物を構えるラーナ達を纏めて呑み込んでやろうと、鎌首を上げて顎を大きく開けた。


『シャア…!?』


しかし光り輝く円盤のような物が側を通り過ぎていき、ティタノボアは思わず目で追って獲物から注意を逸らしてしまう。


「何なのだ?今のは…」


「光ってる…」


その円盤は光っているために暗闇を切り裂くように飛んでいく。ティタノボアでなくとも関心を引いてしまう円盤は持ち主の手元へと戻っていく。


「皆、大丈夫!?」


「エインくん!」


光る円盤が戻ったのはエインの手元であり、光が霧散すると三枚羽のブーメランへと戻るのだった。


「おい、そのブーメランをどうやって光らせたんだ」


「こうしたんです」


見たところ何ら変哲のないブーメランだったためにカルロスはどうやって光らせたか分からなかったが、エインは生体電流(パルス)を纏ってからブーメランに伝播させる。


「それ!」


生体電流を伝播させたブーメランをスイングをして放り投げると光る円盤となって飛んでいく。


『シャア!?シュシュ…!?』


暗闇の中で光る物体が周囲を飛び交っていたら、誰だって気が散ってしょうがないだろう。例えそれが獲物を前にしたティタノボアでもだ。


「早くそこから降りて!」


『シャア!』


戻って来たブーメランを再び投げて気を逸らそうとするエインだが、ティタノボアはさすがに『鬱陶しい』と言わんばかりにブーメランをはたき落とす。


『シュシュシュシュ…!』


「うわあっ!また来たのだ!?」


「ルティカちゃん!ラーナさんにトウガも早くそこから逃げて!」


ブーメランを払い落としたことでティタノボアはようやくの思いでルティカ達を呑み込もうとする。


「ん…?何この焦げ臭い匂いは」


絶体絶命の危機を前にラーナは何かが燃える匂いを嗅ぎ取った。しかもよく見ると暗闇の中に煙が混じっているのが見えたかと思えば、自分達のいる木が不自然に明るくなる。


「おい!木が燃えてるぞ!」


「そんな…何で!?」


なんと枝のあちこちから出火し、やがて木全体が燃え始めたのだ。


「む?あんな所にエインのブーメランがあるのだ。しかも何だかパチパチしてるのだ」


「まさかあれが原因?」


火元と思わしき場所にはエインのブーメランが引っ掛かっていた。生体電流を纏わせていたため、叩き落とされた時に火花が木の葉に発火したようだ。


『ギシャア!?シュシュ…!?』


「熱っ!?いつの間にか火の手が回ってきた!?」


木や葉が乾燥していたためか、火の手が回るのが思ったよりも早くティタノボアと共に炎に囲まれてしまう。


「飛び降りろ!焼け死ぬぞ!」


「そんなこと言ったって…げほごほ!?」


「ううっ…肺が焼けそうなのだ…!?」


悠長に木を降りている暇はなさそうだし、飛び降りるにしては危険な高さだ。だからと言って留まれば確実に死が待っているのは確かだ。


『……』


そこにはプテラノドンの子供もいるはずなのだが、親のプテラノドンは燃えている木を黙って見ているだけだった。


「ん…あのプテラノドンは…」


エインは親のプテラノドンの存在と生体電流から何を考えているのか把握し燃えている木を見上げた。


「飛んで!飛ぶんだ!」


「え…飛ぶって…」


『『『ピィ!ピィピィ!』』』


突然のエインの叫びと親の意思、そして命の危機をいち早く理解したプテラノドンの子供達は小さな翼を懸命に羽ばたかせ、呆気に取られているラーナ達を尻目に木から飛び立つのだった。


「飛んだのだ!」


翼を持つためいつしか空を飛ぶと思っていたが、土壇場で空を飛ぶとは思わなかった。


「あう…」


「トウガ!君も早く!」


同じく翼を持つトウガもそれを見て何かしらの刺激を受けて呆然と見ていたが、エインからの言葉が後押しとなったのか顔付きが引き締まる。


「あう…!うあ…!」


プテラノドンに倣って両腕の翼を大きく広げ、力強く羽ばたいて空へと飛び立とうとするトウガ。


「ちょ、大丈夫なの!?」


「トウガ…大丈夫!僕のとこにおいで!」


いきなり練習も無しに飛べるのかと不安に思うラーナだが、エインは受け止める意思を表すように両腕を広げて待ち構えていた。


「ううっ!」


それを見たトウガは枝からジャンプする。しかし彼女の身体は重力に従って燃え盛る枝の中に突っ込みそうになる。


「危ないのだ!?」


「ううっ〜…うあああっ!!」


迫る炎に自ら飛び込みそうになるトウガは渾身の力で羽ばたくと、その身体が徐々に上昇を始めるのだった。


「うあー!!」


「…!スゴいよトウガ!飛べたよ!」


こちらもぶっつけ本番ではあったが、トウガもまた無事に空を飛べるようになったのだ。そのことにエインは自分のこと以上に嬉しくなり涙を目に溜めていた。


「うあ〜!」


「マジかよ…本当に空を飛びやがった…」


いきなり空を飛べたことも驚きだが、今となっては既に重力に逆らって自在に空を飛んでいるトウガにカルロスも唖然となる。


「トウガ!お願い!ラーナさんとルティカちゃんを掴んで地面に降ろして!」


「え、そんなことさせるの!?」


いきなり空を飛ばせたかと思えば、今度はラーナ達を助けるよう空を飛んで欲しいなどと、かなりの無茶振りを言うエイン。


「もう時間がない!急いで!?」


しかし無茶を通さなければ、このまま木が全焼して焼け死んでしまう。だからこそエインは空を飛べるようになったトウガだけが頼りだった。


「う〜…あう!」


最初は躊躇っていたトウガはエインの気持ちが通じたのかルティカとラーナの元へと羽ばたいていく。


「でも、この子の力だけじゃ…姫様!先に行ってください!」


方法としてトウガに掴まって降りるしかないが、彼女の身体ではせいぜい一人分が限界だ。そう考えたラーナはルティカに先を譲る。


「ダメなのだ!もう焼け落ちる…一緒に降りるのだ!?これは王位継承者としての命令なのだ!?」


王位継承者である自身を守るために自ら犠牲になろうとする意図を察したルティカは、共に降りることを自らの権限を元に下す。


「姫様…ごめんなさい!」


「わっ!?何するのだ〜!?」


謝ったかと思えばルティカを抱えたラーナはトウガに向けて彼女の身体を投げ飛ばしたのだ。


「あう!あううう〜…!?」


「うぐっ…ラーナ!?」


トウガは咄嗟にルティカの両腕を両足で掴むと、やはりまだ飛び始めたことと重量の関係でゆっくりと高度が落ちていき、ルティカはその間に木の上に残ったラーナを必死に呼ぶ。


「あう!?」


「トウガちゃん!ルティカちゃん!ラーナさんは…!?」


軟着陸してきたトウガとルティカを両腕で受け止めるエインはラーナがいないことを訊ねる。


「ううっ…木の上なのだ!?」


「姫様…無事で…ごほっごほっ…!?」


無事にエインの胸に到達したトウガとルティカを見たラーナはホッとするも、樹上は煙が辺りに充満して呼吸も出来なくなってくる。


「エイン!?ラーナを助けて欲しいのだ!?」


「でも、こんなのどうやって…!?」


言われなくとも助けたいところだが、もう木はいつ焼け崩れてもおかしくない有様だった。


『ブオオオ…!?』


幹が焼けたお陰で尻尾のスパイクを引き抜いたステゴサウルスも燃え盛る木を前に唖然となっていた。


「そうだ…お願い!力を貸して!」


そんなステゴサウルスを見たエインは生体電流で自分の意思を伝えると、蔓を引っ張る来てスパイク付きの尻尾の上に乗っかる構図は何処かで見たことがあった。


「おい、何をして…」


「発射ー!?」


『ブオオオー!』


嫌な予感がして引き止めようとしたカルロスだが、有無を言わさずエインが叫ぶとステゴサウルスは尻尾を勢いよく樹上へ向かって振り上げる。


「おおおおっ〜!?」


「おい、マジかよ!?」


城の中でアンキロサウルスのゴンの尻尾の勢いを利用して、上空のプテラノドンに向けて土を浴びせたが、それと同じようにエインが高くジャンプするとは思いも寄らなかった。


「あちちちち!?」


「ちょ…何やってるの!?」


勢いよく樹上まで登る(?)ものの、辺りが燃え盛ってるのに身体一つで飛び込むなんて正しく焼身自殺も同然であった。これには息苦しくてグッタリしていたラーナも度肝を抜かれて起き上がる。


「ラーナさん!一緒に行こう!」


「わっ…!?ちょ…何してるの!?」


「僕が小さい頃、おじさんが教えてくれた背負い方だよ!」


エインはラーナを背負い、持って来た蔦をオノーダから教わった方法で自身の身体と彼女とを固く結び付ける。


「あとは…それぇ〜!?」


「ひゃああああ!?」


蔦の一端をまだ燃えてない部分に結び付け、エインは意を決してその場から蔦を伝って、一気に燃え盛る木を降りていく。


「わぶっ!?」


「うっ!?」


蔦を伝って勢いをなるべく殺しながら降下し、更にエイン自ら下になる形で軟着陸する。


「大丈夫ですか…あっ!?」


「え…何?」


ラーナの無事を確認しようとしたエインだが、木の上から何かが落ちてきたのを見て凍りつく。


『ギシャアアアア!』


「嘘…でしょ…こんな火傷だらけになってるのに…!?」


業火に包まれて身体の所々に火傷を負ったのに、ティタノボアはそれでもラーナを諦めていないようだった。


「そこまでラーナさんを食べたいなら…僕が相手だ!」


黒曜石のナイフでラーナと自身を縛っている蔦を切ったエインはティタノボアに向かって大声で叫んだ。


『ギシャア…!?』


「どうしたの!ここだよ!」


『シュシュ…!?』


「ご飯はこっちだよ!」


大声に反応してティタノボアはそちらに顔を向けるも、何故かエインを捉えられずに右往左往していた。


「え…どう言うこと?あんなに大声で叫んでいるのに襲って来ない?」


「いや、まるで見失っているみたいだ。泥沼に落ちた時みたいにな」


「泥沼…そう言えばエインは何故泥だらけになっているのだ」


大声で叫んでいるエインを一向に襲おうとせず、逆に彼を見失ったかのように翻弄されるティタノボアに三人は何故なのかと考える内に泥沼に落ちたことを思い出す。


「まさか泥を被るだけで奴から見えなくなるのか」


「ううん!たぶん違うと思います!」


話を聞いていたエインは近くに落ちていた火の着いた枝を拾ってユラユラと揺らしてみせる。


『…!?』


するとさっきまで見えていない様子を見せていたティタノボアはその火の動きに合わせて視線をユラユラと動かし始めたのだ。


「あの時、僕じゃなくて茂みの中のヒラコテリウムを見つけられたのは体(・)温(・)を(・)感(・)知(・)したからでしょ?だから辺りが燃えていた時にラーナさんとルティカちゃんを見失ったんでしょ?」


ピット器官。蛇に備わっている赤外線や熱を感知する器官で、これを駆使することで獲物を探したり追跡したりすることが出来るのだ。しかしこれは獲物の体温や周囲の環境温度によって精度が変化してくる。


そのため川の泥を全身に浴びて体温が低くなったエインや、辺りの温度が急上昇する火災の中にいたルティカやラーナをティタノボアはその度に見失っていたのだ。


『ギシャア…!』


「君が諦めないなら…はあっ!」


手に握られた火を獲物と断定したのか、ティタノボアが狙いを定めて大きく顎を開けたのを見たエインはその枝を槍投げのようにティタノボアの口に放り込んだ。


『ギシャアアアア!?ギャアアアア!?』


獲物から口に飛び込んだのかと思えば、焼けるような苦痛が口内に走り、慌てて吐き出そうと怪獣かドラゴンのように口から火を噴くティタノボア。


だが、懐に踏み込んだエインが黒曜石の双剣の片割れを握りしめ、下顎の柔らかい部分に向かって切っ先を突き出し、そのまま上顎の皮膚すらも刺し貫く。これにより口が強制的に閉じられてしまい、口を開けて火を噴くことも叶わなかった。


「これで…楽になって!?」


口の中が大ダメージを受けている中でエインがもう片方の双剣を左目から右目に掛けて刺し貫く。その瞬間に藻掻き苦しんでいたティタノボアは糸が切れたように身体の動きがピタリと止まって地面に倒れ伏す。


「…仕留めたのか」


火傷を負ってでも執拗に付け狙っていたため、また起き上がるのではと恐る恐る顛末を訊ねるカルロス。


「はい…もう、ティタノボアは楽になりました」


命を奪うのはやはり抵抗があったらしく、エインは悲しげにティタノボアが死んだことを告げた。


「ルティカ姫様ー!」


「お、リオーネなのだ!」


「あ、もしかしてこの火災を見て…」


木が燃えていることで嫌でも注目を集めたらしく、消火活動と安否確認のために遠くからリオーネ達の声が近付いてくるのが聞こえてくる。


『クオオオ…』


『『『ピィピィ…』』』


「良かったね、お母さんと会えて」


賭けではあったが子供達が無事に飛び立てたことを嬉しく思っているのか、親プテラノドンの目は何処か潤んでいた。するとエインの視線に気が付いた親のプテラノドンの一匹がある物を差し出した。


「あ、僕のブーメラン…拾ってくれたんだね、ありがとう」


感謝の印かは不明だが、失くしたブーメランを律儀に拾って返してくれたことにエインも感謝の言葉で返すのだった。


「……そうだ!ねぇ、僕からの提案なんだけど」


不意にとある提案を思い付いたエインは生体電流でプテラノドン達にその内容を伝える。

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