変わりゆくもの、変わらないもの
「ルシアン、あんたはこれからどうするのさ」
「家に帰るよ。お父さんのところに顔を出さないと」
「あたしはお風呂に行きたいわ。楽園も良かったけど、文明がないのは辛いわ」
「だよね。ボクも久しぶりにベッドで寝たいよ」
キオナ達と別れた一同はそれぞれ思い思いのことをしようと王座の間を出て城を後にする。
「あれ、エインはどうしたのさ」
「そう言えば…いませんわ」
ふとエリーシャがエインの存在が見当たらないことを訊ねるもエルケも今気が付いたようだった。
「ああ、エインくんなら確か…」
話を聞いていたアルロは思い出したようにエインが何処へ向かったか口にする。
▷▷▷
「…やっぱりそのままだね」
グランドレイク王国の街外れにある農場地区、エインはそこの放牧場近くで無惨に壊れた納屋を見ながら寂しげに呟いていた。それはエインが『無能』と蔑まれながら追いやられ、人々の迫害から逃れることが出来た唯一の憩いの場とも言える我が家だった。
キオナと出会った日にティラノサウルスに壊されてしまい、ずっとそのままになっていたのだ。エインは徐ろに木片などを拾い集めては組み合わせたりして何とか元に戻らないかと思案するも見事に壊されているために不可能だとすぐに理解した。
「やっぱり今日はあそこにしよう」
視線を移した先には放牧場があり、エインはそちらに向かって歩き出す。
『『プオオオ』』
『『『キュオオオ…』』』
放牧場には牛や馬の代わりにパラサウロロフスやコリトサウルスと言った草食恐竜が放牧されていて、牧草を食べたり草原に寝そべったり思い思いのことをしていた。
『『ブオオオ』』
『『クオオオ…』』
その中にはプロトケラトプスやオヴィラプトルなどの小型の恐竜達も溜め池の水を飲んだり、日陰で休んだりと思い思いのことをしていた。
「いつの間にかモンスターの種類が増えてる。ラティカちゃんも頑張ったんだね」
前と比べると頭数と種類が増えており、自分達がいない間に家畜の生産性が上がっていたと言っていたが、ルティカや国民が頑張っていた成果を改めて目の当たりにした。
「今日はここで寝よう」
『キャン!』
「あう?」
干し草を一纏めに置いている場所を今日の寝床に決めたエインの側にロボとトウガが寄り添う。
『グオオオオ…』
フォークは身体が大きいため放牧場に出るのだが、手頃な木を見つけるなり自慢の角を木の幹に擦り付けて角磨きを始める。
『プオオオ』
『キュルル…』
「君達もここの方が良いんだね?僕もやっぱりここが一番落ち着く…」
ディプロドクスの子供達も草を食べたり、側に寝そべったりと仲間を失ったショックから立ち直っているのを見たエインはホッとして、近くの牧草の山に寝そべってウトウトしていた。
「だったらずっとここにいたらどうなの?」
不意に声を掛けられたエインは起きて振り返ると、元の世界でも見慣れた人物が嫌悪感を露わにしながら見下ろしていた。
「ラシュルクさん」
「無能のくせに…汚い口で私の名前を気安く呼ばないでよ」
と言うのも相手はエリーシャと同年代であると同時に元の世界でもエインを蔑んでいた褐色肌の少女で、吊り上がった目尻でエインを他の女子生徒達と共に睨みつけていた。
「あんた…最近、調子に乗ってんじゃないの」
『ウウウウッ…!』
目を細めながらエインを睨んでいるラシュルクを敵と認識したのか、ロボは身体を低くして唸り声を挙げて威嚇する。
「あんたみたいな無能な豚野郎がモンスターと仲良くなっただけで姫様や他の皆にチヤホヤされるなんて、どんなインチキをしたのよ」
暴言を息を吐くように蔑むラシュルクだが、エインからすればそれまでずっと必死にやってただけでインチキをしたかと言われても答えようがなかった。
「何であんたみたいな返事も出来ない無能があたしらよりも出世してんのよ!」
答えられないことに腹を立てたラシュルクはエインを干し草の山の中に突き飛ばす。
『バウ!バウバウ!』
「ちょ、何よあんた!」
完全に敵と認識してカチカチと歯を鳴らしながら噛みつこうとするロボにラシュルク達は慌てて後退りするが、後頭部にボヨンと二つの柔らかな物体が当たった。
「そんな小さな子を寄って集って何をしてるのかな?」
後頭部に当たったのは笑ってはいるが落雷を彷彿とさせる怒りを秘めたメロルの胸であり、ラシュルクは見知らぬ人間が背後にいたことに面食らうもすぐに強気な表情に戻る。
「何よあんた…部外者が口を挟まないでよ」
「部外者じゃないよ。私はその子と一緒にこの国に来たんだから」
邪魔するなと食って掛かるが、引き下がらないメロルに腹を立てたラシュルクは再び突き飛ばすが彼女は後退りするも倒れることはなかった。
「こんなことして良いのかな。私は良くてもネイルは許さないかも」
『クアアアア!』
突き飛ばされたことで激情を秘めた笑みから不敵な笑みに変わったメロルの言葉に応じるようにデイノケイルスのネイルが頭の羽根を逆立て、更に両腕を振り上げて威嚇する。
「何よ、モンスターなんか引き連れて、あんたもこの無能に影響された口なの?」
「無能って…あなたはずっとここにいるから知らないだろうけど、その子はそんな酷いことを言われる筋合いはないと思うんだけど?」
ネイルのことを黙ってくれたり、リリーを助けるためにドリプトサウルスに立ち向かったり、そのドリプトサウルスの卵を割らないよう大人達を説得したりと、エインのことを見てきたメロルからすれば、ラシュルクの台詞は聞き捨てならなかった。
「あるわよ。こいつ、魔法もスキルも使えないから無能って呼ばれてんのよ。だから親からも捨てられたのに」
事実とは言え、図星を指されたエインは落ち込んでしまい、それを見ていたメロルもさすがにムッとした表情になった。
「だからと言って、酷いことを口にして良いって親御さんから教わったの?もしそうなら最低ね」
「な…あんたに何が分かるのよ!」
遠回しに親のことまで侮蔑されたことにラシュルクだけでなく取り巻きの女子生徒も険しい目付きになる。
「分かりたくもないよ。そんな酷いことを平気で言える人の境遇なんて」
『クアアアア…!』
しかし毅然とした態度で言い返すメロルと背後で再び威嚇の声を荒げるネイルに、女子生徒達も数では勝るとは言え弱気になっていく。
「ふん、何よ…結局誰かに守られてんじゃ無能と同じよ」
捨て台詞を浴びせたラシュルクと取り巻きの女子生徒達はそそくさとその場を後にし、もう気を張る必要がないと判断したメロルはエインの側に座り込む。
「大丈夫だった?」
「はい…ありがとうございます。僕なんかために」
「なんかじゃないよ。君はとってもスゴい子なんだから、あんな人達の言う事を気にする必要ないよ」
慣れたこととは言え内心落ち込んでいたエインの頭をメロルは微笑みながら撫でる。
「ところで君はここで寝泊まりするの?」
頭を撫でた感触に顔をしかめたメロルはふとそんな質問をエインに投げかける。
「はい、そうですよ。本当は納屋があったんですけど、タイラントドラゴンに踏み潰されちゃって」
質問に答えるように壊れた納屋を指差すのだが、メロルはより顔を険しくさせる。
「君みたいな子がこんな所で寝泊まりしたらダメだよ。ちゃんとした家で寝泊まりしなきゃ。おいで」
見てられないとメロルはエインの手を引いて何処かへ連れて行こうとする。
「トウガちゃんも一緒に行こう。ネイルはここにいてね」
放牧場にネイルを入れ、入れ替わりでトウガとロボを伴ってメロルはエインの手を引き街へと歩み出す。
▷▷▷
「君はもう少し、文化人らしい所を出していかなきゃ」
「あの…なんか…その…」
街に出ると前の世界と違って人々はエインを邪険に扱わず挨拶などをしてくれるが、時折メロルと手を引かれている所を見てニヤニヤしてくるために、『恥ずかしい』を知らないエインは理由もなく顔が熱くなってしまう。
「でも僕は特に困らないけど」
蔑まれなくなっただけでも儲けものであるため、別に住む場所は変える必要はないとエインは念を押すように告げた。しかしメロルは振り返ると目を細め、意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「君が困らなくてもリリーちゃん達はそうじゃないでしょ?泣いているあの子達に君が側にいるって約束したんだから、せめて住む場所ぐらいは何とかしなきゃ」
『恥ずかしい』に続いて『ぐうの音も出ない』も知らないエインは返す言葉が出なくなる。確かに両親との再会を渇望しているリリー達に寂しい思いをさせないためには側にいる必要がある。
そのためこれまで通り納屋の暮らしを続けたらエイン本人は問題ないだろうが、きっとリリー達は辛い思いをするのは明白だった。
「でも、住む場所なんてすぐには…」
「そうだよね。でもあの姫様なら何とかしてくれるんじゃない?それまでは家での暮らしに慣れないとね」
そこまで言われてぐうの音が出なくなったエインは再びメロルに手を引かれるまま泊まる場所を探しに向かう。これは敢えてリリーとの約束を引き合いに出すことでエインに文明的な暮らしをさせる口実にしたのだ。
「ひゃっ、何なの?」
「ゴミバケツが動いてる…」
路地裏の入り口に置いてあるゴミを入れるためのバケツがガタガタと揺れる。
「野良猫かな」
バケツの中に猫か何かが入り込んで残飯でも漁っているのかとメロルは首を傾げるも、ロボだけは匂いを嗅いだ瞬間に体勢を低く構える。
『ウウウウッ…!』
「じゃ、なさそうです」
ただの野良猫ならまだロボは威嚇しないが、そうでない場合となるとバケツの中にいるのは質の悪い相手のようだ。
『カロロ…』
「『ヴェロキラプトル』…まだいたんだ」
バケツが倒れると中からデイノニクスを犬ほどのサイズに小さくした肉食恐竜『ヴェロキラプトル』がハムの切れ端を咥えながらこちらを見てくる。
「まだいたって、どう言うこと」
「以前にも国の中に入って来たのを見たことがあるんですよ」
リリーの両親を探して復興途中の街まで出てきた時にヴェロキラプトルと遭遇し家のな中に追い詰められたことがあった。その時はリオーネ達が追い払ったはずなのだが、この個体は恐らく国の中で逃げ延びたのだろう。
「う〜…あう〜!」
「え、トウガ」
暫くヴェロキラプトルを見ていたトウガは腕の翼をバタバタさせながら近寄る。
『シャア!?』
「うあ〜…う〜…!」
相手は威嚇している犬サイズの肉食恐竜なのに、トウガは幼い故か臆することなく近付いていく。
「危ない!?」
ラグビーボールを奪取するようにエインがトウガを抱き上げると、『シャア!』と飛びかかってきたヴェロキラプトルの後ろ脚の鉤爪が地面を穿つ。
「待って!」
生体電流を纏ったエインが手の平を突き出すと、ヴェロキラプトルは面食らって攻撃的姿勢を解除して小首を傾げる。
「…ほら、これが欲しいんでしょ?」
バケツから零れ落ちたハムの切れ端をそっと差し出しすと、ヴェロキラプトルは警戒して首を持ち上げながら後退りする。
「皆にケガをさせないなら、君のことは秘密にしてあげるよ」
『シャア…』
その言葉を理解したかは分からないが、ヴェロキラプトルは差し出されたハムの切れ端を咥えて路地裏の闇の中に足音を響かせながら消えていく。
「あの…このことは黙っててくれませんか。あのヴェロキラプトルはずっとここに居ても、人を襲わなかったみたいですし」
生体電流を読み取る限り、あのヴェロキラプトルは人に危害を加えていない上に国内では静かに暮らしていたこともあり、エインはこれまでのやり取りは黙ってて欲しいとメロルに頼み込む。
「ん〜、じゃあこれからは私の言う通りにしてくれたらね」
これは好都合だとメロルは了承する代わりにエインの手を握りしめ、二重の意味で逃げられなくさせるのだった。
▷▷▷
「今日は三人と一匹で泊まられるのですね。ではこのランプとタオルを渡しておきます」
宿屋に辿り着くとカウンターにいる受付嬢にメロルが泊まることを説明して代金を出すと、サラサラと受付表に詳細を書き記しながら人数分のタオルとランプを差し出してくる。
「今は魔法がないために火も電気も使えないため、オイルランプをご使用ください。オイルは限りがありますが売店でお買い求めすることが出来ます。お風呂は夜の十時までですのでご了承ください」
電気の魔法があれば夜でも明るく、お湯もあっという間に沸かせてシャワーも浴びれるのだが、魔法が使えない現在ではパラサウロロフスの脂で着火するランプで明かりを灯し、お湯は共同の入浴場で薪を燃やして沸かすと言った具合に切り盛りしていた。
「まずはご飯とお風呂にしようか。行こう」
歳の差もあるためメロルに手を引かれるエインとトウガは姉と弟妹のようにも思えるため道行く人々から微笑ましく見られるが、二人のことをよく知る人間達は何やらザワめいていた。
「あれ、エインくんと…メロルさん?何してるんだろう」
「あの二人…仲良く手なんか繋いでるし」
その中でも疑惑に満ちた視線を送っていたのは出店で出されていたコリトサウルスの串焼きを購入して食べていたレーヌとトランの二人だった。
「何かモヤモヤする…」
「追う?それであいつを問い詰める…!」
ドワーフとエルフの種族間で犬猿の仲であったが、遠征と山賊退治を経て共に出かけるまで仲良くなっていた。それもエインが自分以外の女性と親しくしているのが気に食わないと共感するほどに。二人は頷いてメロルとエインの後を追いかけ始めた。
「そう言えば、今はお湯はどうやって出してるんだろう」
この異世界に転移して間もない頃に、地下水はあったもののお湯が沸かせなくて不満が募っていた時期があったことを思い出すエイン。
その時はキャラバンに同行していたラスコの電熱線を開発し、エインの生体電流を流して初めてこの異世界で湯を沸かせて事なきを得たのだ。その二人が遠征に行っている間はどうしたのかと疑問に思う。
「そこは昔ながらの方法でやったらしいよ。竈みたいなのを掘って、そこから火を焚べてるんだって」
「竈…オノーダおじさんも火の魔法で火を着けて料理をしてたけど、あれみたいなの?」
原理的に言えば火を起こしたり、水を沸かす方法が魔法に頼らないだけだった。もっと言えば人々は魔法とスキルが使えなくなったことに気が動転して単純なことに気付けなかったのだ。
今となっては魔法とスキルがなくとも国の復興作業が軌道に乗り、その甲斐もあって自信が身に着いて生活もそれなりに安定するようになったのだ。
「今は火の番をする人達がいてくれるけど、女の子が多いから女湯しか開いてないみたいだね」
入浴場に来てみると今日は女性の利用客が多いため、女湯だけの貸切状態になっていた。
「女湯ってことは男の僕は入れないし、トウガとだけ入って来てください」
残念そうなフリをしながら面倒な入浴をする手間が省けたと言わんばかりに、エインは愛想笑いをしながら立ち去ろうとする。
「ん〜…待って」
顎に指を当てて考え込んでいたメロルはそんなエインの肩を掴んで女湯へと引きずっていく。
「良かったね。十歳以下の子供は保護者同伴で入れるって」
話をしてみるとお湯と薪の節約のために、ある程度の条件ならば女湯に入って良いことになり、メロルはニコニコしながらガッカリしているエインと共に服を脱いでいた。
「別に無理して入らなくても…」
「リリーちゃんのためだよ」
入浴することになり落ち込むエインにぐうの音が言えなくなるような台詞を言いながらメロルはシャツを脱ぐのだが、途端にボヨンッと他の女子よりも大きく柔らかな果実が上下に揺れる。
「でも…何かジロジロ見られて落ち着かない」
そんな柔らかな果実を前にしてもエインは何も思わなかったが、周囲の女性達の視線が気になってしょうがなかった。
元の世界でも今いる異世界でもエインは良くも悪くも注目の的であった。それが条件を満たしているとは言え女湯に入って来ているのだから驚きと好奇心から、或いはそれとは別の邪な感情を抱きながら視線を送るため落ち着かないのも当然だ。
「君は今の私達を見て、何とも思わないの?」
男からすれば女湯の光景は楽園とも天国とも言えるため平静でいられるはずがないが、エインは扇情的なメロルの裸体を間近で見ても何の反応も示さなかった。
「見て何とも思わないかって言われても…」
反応どころかエインはメロルが何を言いたいのか本気で分からないらしく、反応に困ると首を傾げていた。
「エインさんはそれまで人と離れて暮らしていたため、恥じらいを知らないんですのよ」
聞いたことある声に振り返るとバスタオルで身体を隠すも、恥ずかしさで顔を赤くするのを隠せないでいるエルケが話に割って入って来た。
「それにしてもまさかここに来るとは思いませんでしたよ」
「ごめんなさい…僕も別に入らなくても良いって言ったんですけど…」
「いえ、入浴することを否定しているのではなく…その…来るのならあたしにもそれなりに準備してから来るのに…」
最初は自分の存在を毛嫌いして入浴することを拒んでいるのかと思っていたが、エルケはそうではないと慌てて弁明していたが最後の方は小声であったためエインには聞き取れなかった。
「とにかくお風呂に入ろう。このままだと風邪引いちゃうよ」
思えば今は脱衣所で一糸纏わぬ裸であるため、メロルから言われるがまま浴場へと向かう。するとそこには見慣れた顔ぶれがいた。
「ふ…ふふっ…エイン、遅かったじゃないの」
「ふにゃ〜…よ…ようやく…来たぁ…」
「…トランちゃん?レーヌちゃんも…」
浴場には茹でダコのように顔を真っ赤にしたトランとレーヌが待ち構えていたのだ。二人はエインの姿を見るやいなや立ち上がり千鳥足で歩み寄って来る。
「あんたにぇ〜…メロルしゃんとぉ〜…何で…仲良く…手を…お…おお〜…!?」
呂律が上手く回らないし顔も真っ赤で大丈夫かと思っていたエインに倒れ込むトラン。
「うわっ!?ちょ…熱いよ!」
華奢ながらやはりトランも女性と言うだけあって胸は何処か膨らみと柔らかみがあり、しかもお互いに裸であるため体温を肌身で直に感じ取ることが出来たエインは未知の感覚に戸惑いを隠せない。
「エインひゅん〜…オひラも…あちゅい〜…」
天然の温泉に入り慣れてることもあり頬がリンゴのように赤くなっているだけだが、それでも限界だったらしく遅れてレーヌもフラフラとエインに覆い被さってくる。
「ちょ、重い…あうあっ!?」
エインは支え切れずにトランとレーヌに押し倒されてしまう。しかも裸でだ。
「重いって、君は女の子に掛ける言葉をもう少し考えた方が良いよ。重いとか女の子にはとっても失礼なんだからね」
「そ…それよりも、おも…苦しいんだけど」
説教をしてくるメロルに今重要なのはそこじゃないと押し潰される苦しさから助けを求めるエイン。
「何で無能が女湯にいるの!」
嫌悪感に満ちた怒号が脱衣所から聞こえ、メロルに助けられたエインだけでなく浴場にいた全員の注目を集めた。タオルで隠してはいるが、小麦色の肌が際立つラシュルクがワナワナと身体を震わせながらエインを睨みつけていたのだ。
「またあなた達?この子は私と同伴で入って来てるんだから問題ないでしょ」
「こっちの台詞よ!それに浴場のルールは知ってるけど、そこの無能がいるのなら話が別よ!貴重なお湯が全部汚れるじゃないの!」
浴場なのに飽き飽きとした冷めた目線を送るメロルにラシュルクは食って掛かり暴言を吐き捨てる。
「それに公共の場で何してるのよ!」
次にラシュルクはのぼせてグッタリしているトランとレーヌを見た。今はバスタオルを掛けて身体が見えないように寝かせてあるが、顔が真っ赤になっているし、言及する口振りからしてタイミング悪く押し倒された瞬間を見てしまったのだろう。
「この子は別に悪くないよ。この二人がのぼせて倒れてきただけなのよ」
「信用出来ないわ!あんたみたいな奴は豚の泥遊び場にいれば充分なのよ!」
我慢ならないとメロルの弁明を聞かずに取り巻きが持って来たサーベルに手を掛ける。
「出ていきなさい!さもなくばここで始末するわよ!」
事故とは言え公共の場で裸で押し倒されたエイン達もだが、武器を振りかざす方も方でよほど非常識なのだが、ラシュルクの殺気と風呂場で丸腰と言うこともあり誰も注意が出来なかった。
「出ていくのは貴様の方だ。痴れ者が」
いや、一人だけいた。よく鍛えられた肉体に幾つもの傷を持つ百洗錬磨の女戦士シスカだった。
「な…何よあんた…!?抜けない…!?」
血が出るのもお構い無しにサーベルは握り締められ、振るう事も出来なれば引き抜くことも出来ないためラシュルクは焦り出す。
「どうした?私の弟子を無能だと言い切るならば、私の指くらい切れるだろ?」
嘲笑しながらシスカはサーベルをひったくり、クルリとペン回しするように持ち替えて切っ先をラシュルクに向ける。
「そんなに弟子と入りたくなければ貴様らが失せろ。お前らの方こそ、皆の憩いの場を汚してるも同然だ」
サーベルを抜いたせいで殺伐とした雰囲気を作り出し、浴場にいた人々から遠巻きに見られた上にシスカに圧倒されて辱められたことでラシュルクは入浴していないにも関わらず顔を真っ赤にした。
「言わせておけば…良いわよ!こんなとここっちから願い下げよ!それとそこの無能に一言あるわ!」
ズカズカと脱衣所まで戻ったラシュルクは呆然と座り込むエインに指を差して捨て台詞を残そうとする。
「あんたなんかそいつらがいなきゃ何も出来ない正真正銘の無能よ!だから親から捨てられたのよ!」
窓が割れんばかりの声量で『虎の威を借る狐』と言わんばかりの捨て台詞を残したラシュルクは取り巻きと共に浴場を後にした。
「ふぅ…もう揚がっても良いですか」
「まだダメだよ。それにしてもあれだけ酷いことを言われたのに何ともないの」
それから暫くして殺伐とした雰囲気は徐々に垢と共に洗い流れていき、メロルは湯船に浸かり抱いているトウガと共にリラックスするエインを心配する。
境遇自体はエリーシャからある程度は聞いていたが、ラシュルクのやり取りを目の当たりにしたら心配するのも当然だった。
「平気ですよ。あれぐらい結構言われますし」
五歳の頃から四年間も虐げられただけあってエインのメンタルはメロルが思っている以上に強く、ラシュルクの捨て台詞にも動じていなかった。
「しかし意外な奴と風呂に入りに来るとは思いもしなかったぞ」
「この子にも人間らしい生活をさせたいと思ったんですよ」
頭に手拭いを載せたシスカが浴槽にもたれ掛かりながらニヤニヤ話すと、メロルは先程より少し顔を赤らめながら返答した。
「だが、それを拒む奴らがいる。人の思考はそれぞれだが、ああ言うのはいずれ淘汰される」
ラシュルク達の捨て台詞を思い出したシスカは疲れたように呟いた。エインではないにせよ、心のない言葉が浴場の和やかな雰囲気を僅かながら蝕んでいるようだった。
「こんなにも頑張っているのにな。なあ?」
「…熱い」
シスカに抱き寄せられるがエインは彼女の体温とお湯の温度にトランとレーヌの二の舞になりそうになる。
「けど、身体や髪の洗い方がまだまだだね。トウガちゃんもお湯で流しただけだし…もう一度だけ洗ってあげるよ」
「え…ちょっと」
「う〜?」
面白くなさそうな顔をしていたメロルはエインの手を引き、それに伴ってトウガを洗い場へと連れて行く。
「ほら、髪はこんな風にして…」
「んんっ…何かくすぐったいような…心地良いような…」
「それは気持ち良いってことだよ」
髪は女の命とあるように慣れた手付きでメロルはエインの水色の髪を丁寧に洗って骨抜きにさせる。
「ネイルにもしてあげたけど、羽根はこうやって丁寧に洗うと良いんだよ」
「あ〜♪う〜♪」
エインと交代で風呂桶の中にお湯を入れてから、腕の翼を洗うとトウガも気持ち良いのかはしゃいでいた。
「お風呂は出来るだけ毎日入らなきゃダメだよ」
「毎日ですか…」
今日は入ったのだから暫くは良いだろうと内心思っていたエインだが、メロルが見透かしたような笑みを浮かべながら毎日入浴するよう釘を刺したためにガックリと肩を落とす。
「君はまだこれから育つんだからたくさん食べないと」
「むぐっ…もっとですか?」
「う!」
これ以上は育ち過ぎだと言わんばかりのメロルは浴場からの帰りに出店の食べ物を勧めてくる。最初は食べれないかと思っていたエインだが、不思議なことにトウガと共にペロリと平らげられた。
「さあ、後はじっくり睡眠を取ること。床じゃなくてベッドで寝てね」
「はい…」
「う〜…」
宿屋で最初は床で寝ようと思っていたが、逃さないと言わんばかりにベッドの上でメロルの魅惑的な身体にホールドされたエインは観念したように先に寝たトウガと共に彼女の柔らかな身体に包まれて眠るのだった。
▷▷▷
「ちっ…何であんな無能ばっかり、あんな良い思いをしてんのよ」
エイン達が眠りに就いた頃、風呂に入りそびれた上に恥をかかされたラシュルク達が路地裏で不貞腐れていた。
「何とか一泡吹かせてやりたいわね」
「でも、周りはガードが硬いわよ」
「サーベルを素手で握って奪ったぐらいだもんね」
取り巻きの女子達もこのままでは済ませないが、エインの味方をする人間が多く手強いため、真正面から相手するのは好ましくないと考えていた。
「魔法とスキルがあれば、あんな無能なんか…」
「使えるわよ」
ラシュルクの苦言に誰も答えられるはずがないのに、聞いたことがない声が応答したことに誰もがギョッとした。
「誰よあんた…」
暗闇から見慣れないピンク色のウェーブロングヘアーを撫でながら、何処か小悪魔のような怪しい雰囲気とスレンダーながら何処か色気を醸し出す絹のような肌をした少女が出てくる。
「私はライミィ。怪しい者ではない…とは言い切れないけど、悪くない取り引きを持ち掛けに来たのよ」
そう言うとライミィは取り引き材料と言わんばかりに手の平に火の玉を出してみせる。
「え…は…?嘘でしょ…それ…ファイヤーボール…?」
火の玉を目にした途端にラシュルク達は我が目を疑った。それは自分達がこの異世界に転移してから久しく見ていない火の魔法だったからだ。
「私の手助けしてくれたら…また魔法とスキルを使えるようにしてあげるわよ?」
ラシュルクだけでなく、この異世界へ転移してしまった人々に取ってライミィの取り引きはどれほど魅惑的だろうか。
「…あんた何者よ」
喉から手が出るほど欲しい取り引き材料だが、この異世界で魔法とスキルが使えるなんて只者ではない。心が惹かれそうになるもラシュルクは警戒しながらライミィに訊ねる。
「野暮な話するなら取り引きは無しよ。私のことを手伝うってなら交渉成立よ」
素性を明かすつもりはないライミィに怪訝な顔を浮かべるも、千載一遇かもしれない取り引きに一応は応じると沈黙で答える。
「じゃあ、まず聞きたいことがあるのよ。この国にさぁ…オノーダって奴はいる?」




