↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/82

『引き裂け』ぬ絆

『キュウ、キュウ』


「たくさん食べてね」


今いる世界が本当に異世界であると確信した夜を明かした翌朝、マイアサウラの巣の中でリリーが木の実を赤ちゃんマイアサウラのマイに食べさせていた。


「本当に平和ですね。これまでのことが嘘みたいに思えるほどに」


巣の縁で座り込んで微笑ましく思いながら見ていたキオナだが、何処か寂しげな雰囲気があった。


「本当に居心地が良くて忘れてたけど…あたしら長居し過ぎたかしらね」


あまりにも穏やかで和やかな環境であるために思わず居着いてしまったが、心に余裕が出来たことで次第にこのままで良いのかとトランが口にする。


「僕も僕の小屋が恋しいよ」


「…少し前までは城の中に住んでいましたのに、今だにあのあばら家が恋しいのですか」


『恋しい』と言う感覚はエインに取っては未知の感覚であったが、少なくとも以前住んでいたボロボロの小屋に帰りたいと言う思いは確かに感じていた。


「それにあの小屋はタイラントドラゴンに踏み潰されたのでは」


しかしながらその小屋はティラノサウルスの群れがグランドレイク王国を襲った悪夢のような出来事の前日に、その内の一頭であるバイスによって破壊されて今や瓦礫の山になってしまったため帰りたくても帰れない有様になっていた。


「小屋って農村部や家畜小屋の側にあった、こぢんまりした納屋みたいなの?」


「マジで?もうあんなとこで暮らさなくても良いのに」


同じグランドレイク王国出身であるルシアンとエリーシャもエインの諸事情は知っており、話を聞いて絶句してしまう。


「いずれにしてもそろそろ帰らなくてはなりません。ルティカにもだいぶ長いこと留守番させてしまいましたし、恐らくきっとあの人も…」


紆余曲折あったがかなり長いこと自国を開けてしまったことに代理とは言え王女としての自責の念に駈られるキオナは、国のある方向を見ながら妹のルティカともう一人気になる人物がいるのか案じる表情を浮かべていた。


「しかし姫様、ここは何処なのでしょうか…あれから何処をどう移動したのやら」


「確かに既に道筋が分からない上にこれ以上闇雲に進むのは危険ですね」


自信なさ気なラピスの言葉を聞きながらキオナは頭に人差し指を当てながら考え込む。


「ここはリオーネやお兄様達に私達の位置を知らせる必要がありますね」


「…もしかして帰っちゃうの?」


「うん、そうだよ。お家に帰るんだよ」


話を聞いていたリリーは内容を全て理解出来なくとも家に帰るとエインから説明されて目が点になる。


▷▷▷


「姫様ー!姫様ー!」


そのリオーネはラフスを後にしてからキオナを探して大声で呼び掛けていた。


「…リオーネ、あのメイと言うモンスターが追いかけているから叫ぶでない。どんな喉をしているのだ」


「元気の良い証だ!」


メイが引き続きキオナを追跡しているのだが叫び声に驚いて度々リオーネを注視するためレイスニーは同じく声を張り上げる兄を見ながら呆れてしまう。


「リオーネ様、十一時の方向に狼煙を確認しました」


「狼煙…姫様か!」


木の上で見張りをしていたメリアスからの報告を聞いたリオーネは誰が上げているのにも関わらず一目散に向かおうと歩み始める中で、エグルマは振り返り後方をジッと見つめる。


「兄上、どうしたのだ」


「…いや、気の所為か」


怪しい気配を感じて振り返ったが何もいないため、エグルマはすぐにそっぽ向いてリオーネの後を追いかける。


『『『ガルルル…!』』』


しかし気の所為ではなかった。エグルマ達の後を追うように鋭い牙を見せつつも、殺意を隠しながら三本指の脚をソロリソロリと物音を立てずに歩んでいく。


▷▷▷


「リオーネ!お兄様!やはり来てくれふむぐ!?」


「姫様ー!?無事で良かったですよー!?」


狼煙の火元にはずっと探していたキオナ達が火の番をしていたため、リオーネは長年来の恋人でも見掛けたかのように涙を流しながら駆け寄ってキオナの台詞を遮るように抱き着く。


「皆の者も大事はないか」


「エグルマ様にレイスニー様。私達は全員、大丈夫です」


「そうか、それは良かった。まあ、この異世界にもこんな穏やかな場所があったとなれば無事なのも当然だな」


ルシアンからの報告を聞いて安心するも、楽園の穏やかな雰囲気を見れば報告を聞かなくとも一目瞭然だった。


「キャロライン、ドラン、テテーナ達もあの漁村でどうなったかと思っていたが、ここへ来ていたのだな。良かった」


「マジで死ぬかと思ったぜ」


「まさかこんな所で皆と出会うとは思わなかったわ」


漁村で井戸の中で生き埋めになったと思っていたドラン達も無事だったことにシスカも微笑んでいた。


「ところで何か見たことない人もいるけど、どちら様で?」


「何よ?ジロジロ見ないでよ」


「あはは、どうも…」


見ない間に仲間入りしたであろう妖精族のナミアや人魚族のマーセルなどがいたことにマルトは説明を求めてくる。


「あの…この子供ドラゴンはまさか…」


「引き裂きジャックの子供?」


ロナとマルトはロボに付いて回る子供の恐竜が自国であるキプロニアス王国を混乱に陥れたドリプトサウルスの子供だと気付いて凍りついていた。


「とにかく見つかって良かった!グランドレイク王国へ帰るための道筋は既に見つかっている!これから凱旋するぞ!」


「どうやらここを出立する日は今日だったようですね。皆さん、忘れ物がないようにしてくださいね」


帰らねばと言う思いに狼煙を上げてみたが、その甲斐あってすぐさま帰れる算段が整うのだった。


「あたしらはここに残るわよ。住みやすいしね」


「私も…タバサをここに置いておけないからね」


帰り支度をする中でナミア達とマーセルはここに残るらしく見送りをするかのように一同を見つめていた。


『ギュウー!ギュウー!』


「あれ、どうしたの?」


荷造りをしていたメロルは親のマイアサウラが誰かを呼ぶようにやたら騒いでいることに首を傾げる。


「キオナ、リリーちゃんを見てない?さっきから姿が見えないんだ」


「いいえ、存じてませんが何処へ行ったのでしょうか」


探しているのはマイアサウラだけでなく、エインもリリーの姿が見えないことに浮かない顔をしていた。


「そう言えばリリーちゃん、何だか暗い顔してたよね」


「それであっちに行っちゃったよね。マイちゃんも」


その時のリリーの状況を思い出したカイとカナが楽園を取り囲む森の方向を指差す。


「何でそんなところに…僕が迎えに行ってくるよ」


出発するためにリリーを呼びにエインは二人が指差した森の方へと向かう。


「リリーちゃん!そろそろ出発するよ」


森の中は木漏れ日があるとは言え、木々がたくさん生えているため薄暗く目を凝らさないと何があるか分からなかった。こんな所で迷子になったら危険だと考えエインは黒曜石のナイフで目印を残しながら呼び掛ける。


「あ、いたいた。そろそろ行くよ」


「いや、帰りたくない」


程なく行ったところでリリーがしゃがみ込んでいるのを見つけたエインは声を掛けるも拒絶されてしまう。


「帰りたくないって…どうして?」


無邪気で常に行動を共にしていたリリーが珍しく突っぱねてきたことに思わず聞き返してしまうエイン。するとリリーはマイを抱きしめながら大粒の涙を流しながらエインを見てくる。


「ここにはママがいるもん…」 


「…ママ?」


実の妹であるリリーのママはエインの母親でもあるため、ここにママがいると言う台詞の意味が分からなかった。


『キュウ、キュウ』


「リリーはマイちゃんのお姉ちゃん…だからマイちゃんのママは…リリーのママだもん」


「マイアサウラが君のお母さん?でも君のお母さんは…」


リリーはキョトンとしながら見上げているマイの姉で、親マイアサウラは自分の母親であると告げてくるがこれまた言っている意味が理解出来なかった。


「帰っても…パパもママも…もう、いないもん」


ここでようやくリリーの言いたいことを理解した。そもそも幼いリリーが危険な遠征に参加したのは両親がアルローマに住む場所を移ったため会いたい一心で忍び込み、引き返す訳にもいかず仕方なく同行を許したからだ。


願わくばアルローマに辿り着いて両親と再会出来ればと切に願っていたのだろうが、両親がいなくなったグランドレイク王国に帰ると聞いてヘソを曲げたリリーは帰るのを拒んでいた。


「ここにはマイちゃんと…マイちゃんのママがいるから…平気だもん」


ここにはマイアサウラの親子がいるため、両親がいない自国よりもここにいる方が幸せだと口では言っているリリーだが、大粒の涙を流し続けるも何処か無理して強気な表情をしているようにも見えた。


「でもここにいたら本当の……ママとパパに会えないよ。それにリリーちゃんは僕やキオナ、皆がいるんだよ?それで良いのかな?」


それを見抜いたエインは口籠りながらもリリーの心に訴えかけ、既に崩れかけている強がりの意思を崩そうとする。


「でも…リリーは……ひゃあっ!?」


『キュウ!?』


残ろうとしていた意思をこのまま崩すか、立て直すか迷っていたリリーは抱いていたマイと共に樹上へと連れ去られてしまう。


『ガルルル…!』


「『ドリプトサウルス』…!?こんなところまで来てたの!?」


樹上には前脚が異様に長く発達した獣脚類のドリプトサウルス、それもキプロニアス王国を混乱に陥れた個体がリリーの服を子猫のように咥えて唖然となるエインを見下ろしていた。


『ガルアア!』


『シャアアア!』


『グルルル…!』


樹上に釘付けになっている間に仲間の三頭のドリプトサウルスがエインを取り囲み不気味な唸り声を挙げながら睨みつける。


「卵を返して欲しいんだね…」


一度は捕獲しセントロサウルスやシンラプトルの騒動もあって逃げ出したのに、わざわざ楽園近くの森に姿を現したのは卵を取り返すためだとエインはすぐに理解した。


「お兄ちゃん〜!?」


樹上で宙吊りと言う滅多にない状況もだが、いつ食べられてもおかしくない雰囲気であるためにリリーはすっかり怯えて助けを求めていた。


「大丈夫だよ。すぐに助けるから」


リリーを真っ先に食べずに見せびらかすようにしているのは、卵を取り返すための人質にしているからだ。だからこそエインは何とかしてドリプトサウルス達に卵、もとい孵ったベビードリプトサウルスを返す方法を考えていた。


「まだあんまり試してないけど…ウオオオオン!」


生体電流(パルス)を纏ったエインは狼の遠吠えに似た声を喉の奥から発した。突然のことにドリプトサウルスは面食らうも吠え立てて威嚇をする。


「アオオオオン!」


「お兄ちゃん…?」


威嚇をものともせずに遠吠えを続けるエインにリリーは呆気に取られており、ドリプトサウルスは更に吠えたりガチガチと歯を鳴らして攻撃的になるが、遠吠えを聞いて反応していたのはドリプトサウルスだけではなかった。その証拠にやたら長い毛むくじゃらの前脚が一頭のドリプトサウルスを薙ぎ払った。


『ブガアアアア!』


木々を押し倒しながら現れたのは巨大な熊だった。それもただ身体が大きな熊ではない。顔が寸詰まりで四肢は現在の熊と比べると二倍ほど長くなっていた。


「『アルクトドゥス』…!」


その寸詰まりの顔付きから『ショートフェイスベア』とも言われているが、サイズは現存する熊をも上回っていた。


『ブガアアアア!』


「わわっ!?危ない!?」


野太い雄叫びと共に長い前脚を振り回し、木々の幹に爪痕を残しながら暴れ出すアルクトドゥス。現存する熊の前脚の一撃は時として虎やライオンの首をへし折るほどで、大昔の巨大熊の一撃をまともに受けたら人間はひとたまりもないだろう。


『ガルア!』


『ブガアアアア!』


背後から一頭のドリプトサウルスが肩に飛びついて噛みつくも、分厚い筋肉と毛皮に覆われているため致命傷にはならないらしく寧ろ引き剥がそうと暴れ始め、やがて木の幹にぶつけられて振り解かれてしまう。


『ブガアアアア!』


『ギャア…!?』


噛みつかれた怒りからか右の前脚を振り下ろして援護しようと近付いていた別のドリプトサウルスの頭部を殴打して気絶させる。


『グアアアァァァ!』


二頭をダウンさせたアルクトドゥスは長い四肢による瞬発力で巨体に見合わない速度で別のドリプトサウルスをタックルで押し倒す。


「ひゃあ!?」


『キュウ!?』


その個体はマイを抱いていたリリーであり、タックルされた勢いで口から離してしまった。


『ブガアアアア…!』


「ひう…!?」


押し倒したドリプトサウルスの頭を押さえ込みながらアルクトドゥスはリリーとマイを睨みながらにじり寄ってくる。


「その子達に手を出さないで!」


その間に生体電流を纏ったエインが黒曜石の双剣を持って立ち塞がるのだが、『邪魔するな』と言わんばかりにアルクトドゥスは二本足で立ち上がり前脚を広げて威嚇してくる。


『ブガアアアア!グガアアア!』


「…!リリーちゃん!早くマイちゃんと一緒に逃げて!」


「あわわわ…!?」


恐ろしげな威嚇の雄叫びにエインも恐怖するも、背後に腰が抜けて逃げたくとも逃げられないリリーがいることに覚悟を決める。


「この子達には…手出しさせない!」


双剣の片割れを突き立てながら言い放った瞬間に、左からアルクトドゥスの前脚が振り回されてきたために伏せて回避し、そのまま体勢を低く保ちながら反時計回りに走り出す。


『ブガア!?』


「こっちだよ!」


左の後ろ脚を双剣で斬りつけられて膝を着くアルクトドゥスは背後で地面を剣で叩くエインを睨みつける。


『ガアアア!ブガアアアア!』


自身の前脚の力には絶対の自信を持っていたアルクトドゥスだが、目の前の痩せっぽちの人間の子供は付かず離れずの距離を保ちながら前脚の一撃を避けてしまうため、全て空振りに終わってしまい苛立ちが募る。


「右…また右…今度は三歩下がれば大丈夫…!」


エインはドレイク王の時のようにアルクトドゥスの生体電流を読み取り、攻撃がどのうように来るのか先読みしながら最低限の動きで回避していたのだ。


「お兄ちゃん…スゴい…」


元の世界でも防御や回避の魔法とスキルさえあれば誰でも簡単に行えるが、この異世界に置いてはそれを無しで行えるエインの無駄のない動きは何処か一線を画していて神業とも言えるだろう。それを目の当たりにしたリリーは腰が抜けているのも忘れて思わず見入ってしまうのだった。


『グルルル…ブガアアアア!』


「これで諦めて」


長い前脚を一気に伸ばして爪で串刺しにしようとしたエインはゆらりと避けてしまい、代わりに背後にあった大木に爪が深く食い込んでしまう。


「立って、リリーちゃん!ここから離れよう!」


その間にリリーの元に駆け寄って手を引いてその場から逃げようとするエインだが、後頭部に樹皮がバチンと当たり勢いで前のめりに倒れてしまう。


『ブガアアアア!』


爪を引き抜いた際に剥がれた樹皮が当たったらしく、自由になったアルクトドゥスが好都合だとエインに向かって走ってくる。


『バウバウ!』


『ブガア!?』


しかし突進は側面の茂みから横槍を入れるかのように飛び出てきた獣の牙によって防がれる。


『グルルル…!』


「ロボ!来てくれたんだね!」


その牙の持ち主はエインのパートナーであるニホンオオカミのロボだった。しかも今回助けに来てくれたのは彼だけではなかった。


『ギシャア!』


『クルル…!』


『ガルア!』


ベビードリプトサウルスのカット、シザー、ファースト、リトルの四頭はロボのマネをするかのようにアルクトドゥスの身体に飛びついて所々に噛みついていく。


『ブガア!?グガア!?』


ベビードリプトサウルスはアルクトドゥスから見ればネズミサイズでしかないし、親に噛みつかれてもビクともしない筋肉量と毛皮を持つものの、某猫型ロボットのように小さな耳や柔らかい鼻先を噛まれれば痛くてひとたまりもなく藻掻き苦しむ。


『ギャア!?』


「あう!?あ、マイちゃん!?」


振り払われたリトルとぶつかったリリーはマイを手放してしまい、アルクトドゥスは再びご馳走にありつこうとしたがまたしても横槍を入れるように今度は巨大な影によって押し倒されてしまう。


『ギュウ…!』


「ママ!」


『キュウ!』


現れたのは親のマイアサウラだった。子供のピンチに駆けつけたらしくリリーとマイは母親が助けに来てくれたと安堵した表情を浮かべるが、希望は一瞬にして打ち砕かれることになる。


『ブガアアア!』


『ヒイィィィ!?』


アルクトドゥスが身体に噛みつこうとして避けるも、尻尾の付け根辺りを噛まれてしまい悲痛な悲鳴を挙げるマイアサウラにリリーとマイは凍りつく。


『キュウ!?』


「ママ!?止めて!?」


最初は優位かと思われたが草食動物を仕留めるよう進化した肉食動物は総じて力が強く、アルクトドゥスに尻尾を噛みつかれたまま押さえつけられたマイアサウラは苦痛に歪むうめき声を漏らしており、リリーは再び大粒の涙を流しながら叫ぶ。


『キュルル!』


『ブガア!?』


「ビュンちゃん!」


リリーの叫びに答えるようにミクロラプトルのビュンが滑空してきて一番の急所である目を脚の爪で切り裂いていく。目を傷つけらた痛みによりアルクトドゥスはマイアサウラから顎を離して後退りをする。


『ブモオオオ!』


「ゴンちゃん!」


泣きっ面に蜂と言わんばかりに、目を傷つけられて苦しんでいる所にアンキロサウルスのゴンが体当たりして押し倒してくる。


「エイン!リリーちゃん!大丈夫ですか!?」


「何だあの熊は…グリズカイザーをも上回っているぞ!」


「兄上、それとは別にキプロニアス王国を騒がせたあのドラゴンも勢揃いしているぞ」


恐らくロボやビュンの後を追ってきたキオナ達が異変を感じて森に集結したものの、まさかドリプトサウルスとアルクトドゥスがエイン達を襲っているとは夢にも思わなかった。


『ブガアアアア!』


人間は獲物であるとは言え、頭数が多くてはどうにもならないと判断したアルクトドゥスは手近にいるリリーとマイに狙いを絞って右の前脚を振り下ろす。


「リリーちゃんとマイちゃんに…手を出さないで!」


肉食動物の手の平には静かに忍び寄るために肉球が備わっているが、その前脚に割って入ったエインの双剣の片割れが深く突き刺さってしまう。


『ブガアアアア!?』


「くっ…くっ…!?」


勢いよく振り下ろしたために抜けなくなり苦痛で右前脚を振り回して暴れ始め、双剣を握っていたエインはロデオでもするかのように死に物狂いで食らいつく。


「エインを援護するぞ!レイスニー、力を貸せ」


「世話の焼ける」


黙って見ていられないとエグルマは槍を持ち、指名されたレイスニーは面倒くさそうに呟きながら剣を握り締めてアルクトドゥスに向かって走り出す。


「レイスニー、脚だ」


「言われんでも」


まずはレイスニーの刃が暴れていたアルクトドゥスの後ろ脚を背面から斬りつけてバランスを崩させ、エグルマは前へと回り込み槍を斜めにして石突を地面に突き刺す。


『ブガアアアア!?』


「ぬううう…!幼子に手を出したのだ…覚悟しろ!」


槍の穂は倒れる勢いと自重によりアルクトドゥスの胸を貫く。手の平だけでなく胸部にも致命傷を負わされたことでアルクトドゥスは苦しそうに暴れエグルマは槍の柄をしっかりと握り締めブレないようにしていた。


『ブガアアア!?』


「ぬおっ!?」


「うわっ!?」


しかし死に間際でありながらも必死に生きようとして暴れるアルクトドゥスは槍をへし折り、前脚を乱暴に振り回した勢いで剣を引き抜いた。


『ブガアアアア!』


苦痛を与えられたことに怒りの雄叫びを挙げるアルクトドゥスは振り払われながらも戦う意思を今だに見せるエグルマとエインを無傷の左前脚で押し潰そうとする。


「…フォーク!」


『グオオオオ!!』


背後からフォークの三本角が突き出てきてアルクトドゥスの背中を穿ち、肉食哺乳類の中でもトップクラスを誇る巨体を頭上へと吹き飛ばすのだった。


「仕留めたのですか」


「うむ、今ので終わったようだ」


ティラノサウルスでもまともに受ければ致命傷となる角の一撃。それを背後から受けたアルクトドゥスは頭上を弧を描くように飛ばされて地面に叩きつけられたのだがピクリとも動かなかった。


『ガルルル…!』


「しかし脅威は終わってないようだな」


邪魔者がいなくなり、ドリプトサウルスは改めて話をつけようと言わんばかりに唸り声を挙げる。


「ロボ」


『キャンキャン!』


こうなるとは思わなかったが最初に呼び寄せたロボに催促すると彼は後ろで様子を見ていたベビードリプトサウルス達に前へ出るように吠える。


『『『『…?』』』』


ベビー達は刷り込みで親として認識したロボと、兄妹達と姿形がよく似ている親のドリプトサウルスを見比べて困惑した様子を見せる。


『『『『…ギャア!』』』』


『『『『……グルルル』』』』


暫く迷った後にベビー達はロボ…ではなく本能的に理解したのか本来の親の方へと駆け寄り、親のドリプトサウルスもベビー達を迎え入れて互いに顔を擦り合わせる。


『クゥン…』


「ロボ…寂しいよね」


異種間による刷り込みではあるものの共に狩りを行い、仲間意識が芽生えていたロボはベビー達が本当の親の元へ向かったことに寂しそうにしていた。


『…ギシャアアア!』


『グルルル…!』


ひとしきり顔を擦り合わせた親のドリプトサウルスは『命拾いしたな』、『次は命がないぞ』と言わんばかりの捨て台詞のような鳴き声を発してベビーと共に森から去っていく。


『…ウオオオオン〜!』


『『『『ギャア!ギャア…!ギャア……!』』』』


姿が見えなくなった途端にロボは別れを告げるように遠吠えをすると、ベビードリプトサウルス達もロボに対してへの別れか敬意のつもりか聞こえなくなるまで鳴き声を森の中で木霊させる。


▷▷▷


「牙は骨に達していません。止血と消毒をしたので時間経過と共に自然治癒で完治するはずです」


『ギュウ…』


一段落したところで巣に戻った親のマイアサウラはラスコからの治療を受けて安静にしていた。


「やれやれ一時はどうなるかと思われたが…これで帰れるな」


「…レイスニーお兄様。帰るのはもう少し待ってください」


合理的に事を進めようとするレイスニーだが、キオナは巣の傍らで丸くなる人物を見ながら呟く。


「リリーちゃん…帰ろう」


「やだ!?リリーは…リリーはここにいる!?」


状況は変わってもリリーはマイを抱きしめながらヘソを曲げており、断固ここに残ると言わんばかりにエインの言葉を突っぱね続けていた。


「いい加減にせんか。お前のワガママ一つで皆がどれだけ心配したと思っている」


事情は聞いていたが、危うく兄であるエグルマやエインはもちろん、リリー本人も危ない目に遭ったためにレイスニーは戒めるように語り掛ける。


「帰らないもん!パパとママのいない所に帰りたくないもん!?」


「いい加減に…!」


「待ってください」


聞きたくないと両手で耳を塞いで首を横に振るリリーに声を荒げそうになるレイスニーだが、エインが真剣な顔付きで止めに入ってきた。


「…リリーちゃん。マイちゃんのお母さんはここにいるよ。でもリリーちゃんの本当のお母さんはここにはいない…別の所にいるんだよ」


真剣な顔付きから穏やかな顔付きでリリーの気持ちに訴えるように話し始めるエイン。


「だからリリーはここに残る…リリーのママはここにいる…」


「本当にそう思う?それに僕はリリーちゃんがいないと寂しいな…」


頑なにここに残ると意地を張るリリーだったが、エインがとても寂しそうな顔をして話し掛けていたことに心が揺れ動く。


「君の…ママとパパには必ず会わせてあげるから…それまでは僕や皆がいるから寂しくないよ。だから…ね、一緒に帰ろう」


後ろから優しく抱擁し耳元で囁くエインにリリーは両親に抱かれていた時の安らぎと温もりを思い出し大粒の涙をボロボロと零す。


「うっ…ううっ〜…!?パパと…ママに…うわあああん〜!?パパとママに会いたいよぉ〜!?」


遂に秘めていた感情を全て解き放つように泣き出すリリー。エインは何処か切なそうな笑みを浮かべながらリリーの背中を撫でていた。


「「「うわあああん〜!?」」」


「「パパ〜!?」」


「「ママ〜!?」」


それを見ていた他の子供達も貰い泣きをし、両親のことを恋しく思うのだった。


「いつか…パパと…ママに会わせてね」


「うん、約束だよ」


ようやく泣き止んだリリーと小指を交えて指切りをするエイン。これでリリーもグランドレイク王国へ帰ることを決意し何とか丸く収まるのだった。


「マイちゃんとママをお願いします…」


「うん、またいつか遊びにおいで」


「この子達は任せてよ!まあ、ここは楽園だから危ないことはないんだけどね!」


帰り際にここに残るマーセルとナミアにマイアサウラの親子のことを託すのだった。


しかし彼らは知らない。この楽園を見るのはこれが最初で最後であり、もう二度と見ることが出来ないことを…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。