忘れるなかれ、ここは弱肉強食の異世界
「ん…見てよ…星が綺麗だよ…」
心地良くてウトウトする余り眠ってしまっていたレーヌは目を覚まし、すっかり夜が更けた空に輝く星々を指差しながら皆を起こす。
「…不思議ね…元の世界では見られないほど綺麗ね」
エルフの里のルミナスと比べると楽園は開けた場所で星がよく見えるのだが、元の世界よりも輝いているようだと見上げながらトランはそう言葉を零す。
「……あら?月が…」
「月?月がどうかしたの?」
同じく仰向けになったキオナは夜空に月を見つけるのだが、自分達の知っている月とは決定的に違うことに気が付いた。
「やはりここは異世界なのですね…今気が付いたのですが、この異世界には月が一つしかないようですね」
「そう言えば…確か月は四つだったんじゃ?」
元の世界では空に浮かぶ月は大きな月を中心に周囲を三つの衛星が立ち並んだ状態にあるのだ。
「こうして見ると確かにあたし達が元いた世界とは違うのが嫌ってほど分かるわね」
満ち欠けならまだしも数が変わることがないはずの月が一つしかない光景に、空を見上げていた一同はここが確かに異世界であると認めざるを得なかった。
「そう言えばこの土地の穏やかな雰囲気に和んでて忘れていましたが…リオーネ達はどうしたのでしょうか?」
「無事だと良いんだけど」
楽園に心を癒され夢心地ではあったが、離れ離れになってしまった自分の側近や仲間達が無事かどうか不安になるキオナとエイン。
▷▷▷
「月が一つしかない…本当に異世界なんだな」
同じ星空の下で月が一つしかないのに気が付いたのはキオナ達だけではなかった。それは今よりもずっと時間を遡り、マイアサウラの営巣地がある楽園からそう遠くない場所に小さな国ラフスがあった。
その国は小さいながら冒険者ギルドを中心にそれなりの都市が点在し、山の近くであるためモンスターの素材や鉱石などの取り引きが盛んであるためそれなりに発展した小国だった。
そして月が一つだと気付いたのは国からそう遠くない丘で天体観測をしている小太りに眼鏡を掛けた少年パントルだった。
『『『クルル…』』』
「見たことないモンスターがたくさんいると思ってたけど、調査団の人が言ってた通りやっぱりここは異世界だったんだ」
天体観測をするパントルの背後には鳥のように眠るメイの群れがいた。鳥ともリザードマンとも言えない初めてのフォルムであるため全く新しいモンスターだとは思っていたが、調査をしていたギルドの調査団が全く異なる世界のモンスターだと判断したのだ。
「何よりも魔法もスキルも使えなくなってるし…これから先はどうしたら」
グランドレイク王国はもちろん、ラフスもまた魔法やスキルが生活や社会の基盤になっていたため使用不能になった途端に多くの人間達が生活に困窮することになった。唯一の救いは楽園付近は凶暴な肉食恐竜などがまだいなかったために、グランドレイク王国ほど餌食になる人間がいなかったことだった。
「…まあ、異世界にいても俺の立場は変わらないんだけどな」
無視出来ない現状であるのは確かだがパントルからすれば正直取るに足らない内容だった。
「あんたさぁ、そんな望遠鏡で空を眺めるとか言いながら、あたしらの着替え覗こうとしてたでしょ」
「キモ、見た目もキモければやることもキモいじゃん」
「キモキモじゃ〜ん」
「キモブタ」
思い出すのは彼の通う学園の同級生の女子達が元の世界でも今の異世界でも揃いも揃って自分の見た目や趣味を侮辱するだけでなく、言われようのない濡れ衣を掛けられイジメられていたことだけだった。
「オークちゃんよ〜、今日も憂さ晴らしに付き合ってくれよ〜」
「いやじゃないよな?なあ?」
「でなきゃオークベーコンにしてやるからな?」
「ほらほらぁ!さっさと逃げろ!オーク!」
それと同時に思い出されるのは男子達からは見た目から『オーク』と罵倒され、元の世界でもこの異世界でも『オーク狩り』と称して攻撃用の的にされた心の傷がパントルの精神を蝕むように抉り続けていた。
「星は良い…俺をイジメることも、バカにすることもないんだから…ん?」
『グウウ?』
だからこそ綺麗な星空を観て心を癒していたパントルの足元には、いつの間にいたのかウサギサイズの角のない二足歩行の角竜が彼を不思議そうに見上げていた。
『グウウ』
「お前は見たことないな。けど、可愛いなぁ」
この角竜は人懐っこい性格らしくパントルを怖がるどころか猫のように足に擦り寄ってくるために、いつもは人から貶されているために頬が緩んで頭やフリルを撫で回す。
「『ミクロケラトゥス』。それがその子の名前なの」
唐突に声を掛けられ振り返ると同じ『ミクロケラトゥス』を引き連れた紫色の長髪をした四歳ぐらいの女児がいたのだ。
「俺はパントル、ここで天体観測してたんだ。君は?」
「マリア。ここで何してたの」
「天体観測だよ」
お互いに軽い自己紹介をした後、今度はここで何をしていたか話し始める。
「マリアは家族と過ごしてたの」
「家族?何処にいるんだい」
見たところここには自分とマリア、そして複数頭のミクロケラトゥスしかいないようにも見えた。
『『『グウウ』』』
「マリアの家族なの」
周りにいるミクロケラトゥスを抱き寄せたマリアは彼らの頭のフリルに顎を載せて自分の家族であると表現していた。
「マリアは奴隷のいらない子って言われて家から追い出されて…ずっとミクロケラトゥス達とここで過ごしてたの」
何やらきな臭い内容に詳しく聞いてみるとマリアの家系はそれなりの権力を持つ血筋なのだと言う。
「マリアは奴隷と出来損ないの子だってたくさん言われて、殴られたり蹴られたりしたの」
後にマリアの母となるその家系の末娘は魔法やスキルなどの才能が他の兄や姉と比べて平凡以下だったために『出涸らし』だの『落ちこぼれ』だの烙印を押されるも、彼女は何処からか連れて来た奴隷の男に惚れ込みマリアを授かり幸せな日々を過ごすはずだった。
しかし当主は出涸らしと罵倒しておきながら一応は血筋であり他の有力な権力者、特にグランドレイク王国などの名が知れた国の英雄や勇者を引き込もうと政略結婚の引き合いに出そうとしたが、その末娘が奴隷に恋をして子を授かった耳にし『血筋を穢した』と激怒し二人に濡れ衣を着せる形で処刑したのだ。
遺されたマリアはと言うと魔法とスキルの才能はまだ開花していなかったが『欠陥品』や『奴隷との間に出来た忌み子』など罵詈雑言を浴びせて勘当するように追い出されたのだと言う。
「寒くてお腹空いてたら…ミクロケラトゥスに会ったの」
敷地からも追い出され宛もなく彷徨いそのまま力尽きそうになったが、偶然にも近くにミクロケラトゥスの巣があり助けられることになった。弱ったマリアを外敵と思わず哀れに思ったのか親のミクロケラトゥスは彼女に樹の実などを与え、卵から孵った子供達と共に愛情深く大切に育ててきたのだ。
「そっか…俺も親がモンスターに殺されてから一人ぼっちなんだ」
「そうかな?」
パントルも同じ境遇だと同情するもマリアは何故か否定的な台詞を口にする。
「だってマリアと一緒だから一人ではないの」
「…そっか、二人ぼっちだね」
自分と同じように理不尽に人から嫌われ、一人であることが多かった二人はこうして誰にも知られることなく友人となったのだ。
▷▷▷
それからパントルとマリアは時間を見つけては出会うようになった。
「やあ、マリア。今日はパイを作ってきたんだけど食べるかい」
「食べるの♪」
意外にもパントルは料理が得意でマリアが喜ぶようなお菓子や料理などを作ってはミクロケラトゥス達と一緒に分け合って食べていた。
『『『ギャア!ギイ!』』』
「随分と脚の速いモンスターだな。あれは?」
「『オルニトミムス』って言うの。走るのが速いの」
『チチチ…』
「コウモリみたいな翼をした鳥がいるけど、あれは?」
「『イー』って言う名前なの」
またある時は食べ物を片手にラフス付近に生息するモンスターの観察をしていた。マリアは何故かこの異世界のモンスターに詳しく、新しいのを見つけては色々と教えて貰っていた。
『ガルルル…』
「あれは…ドラゴンなの…!?」
「あれは『ラジャサウルス』なの…」
しかしいつも平和と言うことはない。時折、何処からともなく肉食恐竜がやってきては運悪く居合わせてしまう場合もあった。その中でも一番最悪だったのは口から涎を垂らして如何にも腹を空かせた雰囲気のラジャサウルスを見つけた時だった。
「いつもはもっと小さいのばっかりだから、爆竹とかで追い払えるのに…」
いつもはオークと罵倒されても自分なりに国は守ろうと、国の付近に現れたヴェロキラプトルやコンプソグナトゥスと言った小型の肉食恐竜をトラブルが起きる前に爆竹で追い払っていたが今回ばかりは相手が悪そうだった。
「どうするの」
「君はこの穴に隠れてて。俺はこのことを知らせないと」
これは自分達の手に余るとパントルはマリアを地面に空いた穴の中に避難させ、ラジャサウルスが迫っていることを国に知らせに向かおうとした矢先、爆竹とは異なる火薬の破裂音に二人は驚く。
「きゃははは!空を飛べないドラゴンなんてただの醜いトカゲよ!」
『グアアア!』
音の正体はパントルをイジメていた女子生徒達だった。彼女達は木々の中を素早く駆けながら遊び半分で矢やナイフ、更には爆弾を投げつけており当然ラジャサウルスは怒って彼女達を追いかける。
「あんたみたいなブサイクなトカゲが息をしてるってだけでも嫌なのに…唾つけないでくれる?」
『ギャアアア!?』
ところが樹上から待ち伏せしていた女子生徒がラジャサウルスの背中にダガーを突き刺し軽蔑の視線で下に見る。
「ギャアギャア耳障りなのよ!」
「トカゲは大人しくあたしらの足元にひれ伏せば良いのよ!」
『オオオオオ…!?』
そこへ投石が頭部にぶつけられ、更には後ろ脚にロープが巻き付いたことでラジャサウルスは転倒してしまう。
『……!』
「何よその生意気な目は?あんたが弱いからこうなったのよ。あんたなんかあたしらの憂さ晴らしにしかならないくせして、その目つきして良いと思ってんの?」
更に顎をロープでキツく縛られて身動きが取れなくなったラジャサウルスは瞳孔を開いて睨みつけるが、リーダー格の女子生徒がゴミを見るような目つきでそれを見下す。
「思い上がるな!クソトカゲがぁ!!」
「きゃはは!だよねー!」
「空も飛べない!ブレスも吐かない!本当ドラゴンとして生きてる価値ないよね〜?恥ずかしくないの?」
「そんなドラゴンのなり損ないがあたしらに逆らおうなんて…ふざけんなよ!」
動けないラジャサウルスの頭を力いっぱい踏みつける。すると他の女子生徒達も遊び半分か八つ当たりするかのようにラジャサウルスの顔や身体を集団で蹴り飛ばし、木の上で様子を見ていたパントルとマリアはその光景に息を呑む。
「…さて、こいつは生きて引き渡さないとな」
「これでガッポリ儲かるねぇ〜」
「あのキモブタよりは手応えあるけど、あんまケガさせられないのがもどかしいよな」
集団でリンチをしていたにも関わらず、女子生徒達は他に用途があるのかラジャサウルスへの暴行を止めて狼煙を上げる。
「…行こう、もう問題なさそうだしね」
「…うん」
国の安全は守られただろうが、見てて気分の良いものではなかったためにパントルもマリアもぐったりしながらその場を後にするのだった。
「はあ…大丈夫か?」
「ううっ…怖かったの」
人間の悪い部分は見慣れているために完全とは言わないがマリアは感情の起伏はそこまでないだろうと思っていたが、さすがにラジャサウルスを一方的に嬉々として痛めつける人間の姿がよほど怖かったのか目尻に涙が浮かんでいた。しかしそれはパントルも同じで彼女達の非道さは身を持って知っていたが、客観的に見るとここまで酷いとは思わずゲンナリしていた。
『ブモオオ…オオオ…』
「ん?何の声だ?」
今の自分達と同じくヤケにぐったりした唸り声が聞こえてきて何かと思い二人はそちらへ赴く。
「馬…いや、何か違うな」
見つけたのは長い四肢と首に馬面とあるように長い鼻先に逞しい身体は馬のようにも見える生き物なのだが、全体的にやたらに太くガッシリした見た目をしており馬ではないようにも見えた。
「『パラケラテリウム』だよ」
「こいつはユニコーンみたいな馬とは違う奴なのか」
その正体はもちろん馬でないとマリアがすぐさま言い当てた。その名は『パラケラテリウム』であり確かに馬と同じグループの哺乳類ではあるのだが…。
『ブモオオ…』
「あいつ…ケガしてるのか」
「他のモンスターに襲われてお母さんと離れ離れになったみたい」
マリアの指摘でそのパラケラテリウムの身体には幾つもの爪痕が残されており、肉食恐竜に襲われたことを意味していた。
「かわいそうなの…何とかしてあげられないの?」
「こいつは凶暴じゃないのか?」
マリアの気持ちは分からないでもないが、相手はモンスターなため下手に近づいて襲われない保証はなかった。
「マリアも頑張って落ち着かせるからお兄ちゃんも助けて欲しいの」
「…分かった、やるだけやってみよう」
思えばマリアと出会ってから不思議なことを何度も目にしている。魔法とスキルが使用不能になっても彼女はこの異世界のモンスターに対する知識だけでなく意思疎通が出来ているようにも見えたため、ここは落ち着かせるのはマリアに任せてパントルは治療に専念することにした。
『ブモオオ…!?』
見慣れない人間を目にしたパラケラテリウムは太い脚で足踏みをし地面を軽く揺らす。
「大丈夫なの…マリアとお兄ちゃんはあなたのことをイジメないの」
大の大人でも地面が揺れることには抵抗を覚えるのに対し、マリアは呼びかけに必死なのかゆっくりと語りかけながら手をかざしながら近づいていく。
『ブモオ…』
暫くは落ち着かない足取りだったが言葉が通じたのか足踏みを止めたパラケラテリウムは話しながら近づいてくる小さな女児を見つめるだけに留まる。
「あなたの痛いところ…治したいだけなの」
マリアの小さな手が傷だらけになったパラケラテリウムの脚に触れると、緊張の糸が切れたのかパラケラテリウムは彼女を潰さないようにその場に寝そべる。
「お兄ちゃん」
「…おお、分かった」
一部始終を見ていたパントルはマリアに呼ばれてハッとなり、救急キットでパラケラテリウムの治療を行う。その間にもマリアは「大丈夫なの」と震える巨体を優しく撫でながら語りかけていた。
「…驚いたな、モンスターと話が出来るのか」
「え?お兄ちゃんは出来ないの」
質問したはずがマリアからさも当然のように返されてしまい返答に困ってしまう。
「俺…いや、きっとそんなことが出来るのはマリアだけかもな」
モンスターを従わせることが出来るのはテイマー職だけだ。基本的には契約してある程度モンスターの意思を残す契約タイプか、モンスターの意思を完全に遮断し操り人形にする隷属タイプのどちらかだが、両者とも専用の魔法かスキルでなければ使えないため、この異世界では存在すること自体が不可能なのだ。
(魔法とスキルはもちろんだけど契約には血を、隷属にはモンスターを屈服させる必要があるけど…マリアはそうじゃないな)
それ以外にも必要なことがあるのだがマリアはパラケラテリウムに語り掛けるだけで特に変わったことはしたようには見えなかった。
「これでしばらく安静にしてれば大丈夫だ」
「良かったの〜」
傷を消毒して包帯で覆い、治療が一段落したことにマリアはパラケラテリウムの頬を緩ませながら顔を擦りつける。
『ブモオオ』
「はは、お前は変な馬だけど結構可愛い奴だな」
治療してくれたお礼なのかパラケラテリウムは頭を擦りつけてくるためにパントルも優しく頭と身体を撫で返す。
「ふわぁ…眠い…」
『『『グウウ…』』』
マリアも緊張の糸が切れたのかミクロケラトゥス達と共にあくびをしており、そのまま寄りかかって眠ってしまうのだった。
「……悪くないなぁ」
いつか女友達か彼女を作って幸せな家庭を作りたいと思っていたパントルだが、側には見たことないモンスターとそのモンスターと意思疎通が出来る不思議な女の子…想像していたのとだいぶ違うがこれはこれで悪くないと彼もウトウトと目を閉じていく。
▷▷▷
「そ…そんな…何でこんな…!?」
だが、ようやく手に入れた幸せな日々は突如として理不尽に奪われたことに、パントルは持ってきた手作り料理を落としてワナワナと震えながら力無く呟く。
『『『グウウ〜!?』』』
マリアと一緒にいたはずのミクロケラトゥスが四方八方に逃げ回っていたが手当たり次第に振り下ろされた棍棒が首や頭に当たり次々と力無く横たわっていく。
「あはははは!見てよ!また一匹仕留めたよ!」
「きゃははは!面白いように死ぬわね!」
棍棒を振るっていたのはパントルを『オーク』や『キモブタ』などと蔑んでいた同級生だった。
「あ、そっち言ったよセリア!」
「そ〜…れぇ!命中ー!」
パントルを蔑むだけあって彼らは可愛らしい容姿をしているが、まるでモグラ叩きゲームでもするかのようにミクロケラトゥスを追いかけ回しては殴打して遊んでおり、棍棒で殴られた小柄な身体が空を舞う姿を滑稽だと楽しんでいるようだった。
『ブモオオ!?』
ミクロケラトゥスもだが、最初に出会った時よりも悲痛な叫びを放つパラケラテリウムの鳴き声にパントルは身の毛がよだつ。
「おらおら!さっさと走れよ駄馬が!」
「デカいくせに根性ねぇな」
暴行を加えてきた男子達は似ているとは言え、パラケラテリウムに寄って集って馬乗りになっていたのだ。
「痛くしなきゃ分からないのか?ああ?」
「さっさと走れってんだよ!」
ケガが完治していないのに男子達は自分したようにパラケラテリウムの身体の傷口を蹴ったり、ナイフの刃を突き立てたりと痛々しい暴行を加える。
「止めろ!そいつはまだケガが治ってないんだ!?」
自分にもされたこともあって何とかパラケラテリウムを助けようとパントルが叫ぶと、騒いでいた同級生は波を打ったように静まり返る。
「おやおや、誰かと思えばオークくんじゃないか」
「せっかく楽しんでたのにキモいオークのせいで空気が汚れちゃったわ。最悪」
「裏切り者のオークが何の用よ」
呆れる者や気分を悪くする者、罵倒する者とリアクションは様々ではあったがパントルはとある単語が気になった。
「裏切り者だって?」
今更ながら見た目を悪く言われるのはどうでもいいが、小規模ながら国をモンスターの脅威から守っていたのに裏切り者呼ばわりとはどう言うことか理解出来なかった。
「あんたさぁ、オークだから考えてみて分かんないの?」
女子のリーダーが額に手を置いて話すのも疲れると言った様子で罵倒するも、やはり裏切り者と呼ばれる所以がどうしても理解出来ずにパントルは首を横に振る。
「君はオークと呼ばれたことに逆恨みし、現にこんなにも多くのモンスターを率いているじゃないか!」
つまりパントルがこれまで見た目のことを悪く言われたことに腹を立て、ここで復讐に使うモンスターの飼育していたと言うのが彼らの根拠だった。
「何を言ってるんだ!そのミクロケラトゥスは基本的に人懐っこくて大人しいし、パラケラテリウムもケガをしてたから治療しただけだ!」
自分だけならまだしも、人畜無害なミクロケラトゥスやケガをしたパラケラテリウムを危険なモンスターだと決めつけて痛々しい暴力を振るうなんて、同じ思いをしたパントルは腹の内側からフツフツと怒りが込み上げてくる。
「あ?オークが生意気言ってんじゃねぇよ。俺達はモンスターを見つけたから駆除しただけだろうが。何が悪いんだよ」
「これはギルドや国からの公式な依頼だ。お前の物差しなんかで推し測ることではない」
「それなのにオークの分際で国のお仕事を邪魔してんじゃないわよ」
元の世界でもスライムやゴブリンなどの弱いモンスターが増えすぎたり、国の周辺や領地内で被害が出ないよう定期的に間引きを主体とした討伐任務は少なくはない。
「そもそもオークがこんな見たことないモンスターに名前まで付けて世話してんなら、こうなって当然って分かんないの?」
「考える頭あんの?まあ、あっても外側も内側も吐き気を催す醜い有様だけど」
「だから国が動いてあんたのキモい野望を砕いたってこと。ご愁傷様〜」
「国が動いた以上はようやく汚くてキモいオークを駆除出来るってもんよ」
ましてや未知の異世界で未知のモンスターがたくさんいるのなら、今回の討伐も残忍には見えるが国の正式な依頼でありクラスメイトの発言も正論であるため、反論も手出しすることも出来ない上に暴言と暴力にパントルは見えない糸によって締め上げられるような感覚を味わうもカッと目を見開く。
「でも…無闇やたらに討伐して生態系が狂うほどにやるのは間違ってるはずだ!」
弱いモンスターでも他のモンスターの獲物としてや、駆け出し冒険者の練習相手として、モンスターの間引きはある程度は認められているが意味もなく無駄に殺戮することは推奨されていないと今までにないほどに声を張り上げる。
「それにこいつらは何の被害も出してないだろ!本当にそれは正規の依頼なのか!」
ミクロケラトゥスとパラケラテリウムとはずっとマリアと一緒にいて、国にも直接被害を出していなかったため討伐依頼が出されたとも考えにくい。これはつまりクラスメイト達は単純に『見たことないモンスターがいた』と言うだけで討伐をしており、正規の依頼かどうかも怪しいのだ。
「それなら心配ご無用。私の顔は存じているだろう」
「貴族の息子のアルセトだろ。知ってるけどそれがどうかしたのかよ」
クラスメイトの中では白く立派な鎧を着込み、整った顔立ちも含めて姿と顔立ちだけなら勇者と言っても納得されそうな美男子アルセトがやれやれと肩をすくめながら一歩前に出る。
その見た目と貴族の家柄であるために女子からは黄色い声を浴びて常に賞賛されている一方で、その内面はパントルを『オークくん』と蔑称し優越感に浸るために『勇者に倒されるオークごっこ』と称して他のクラスメイトと共に暴力を振るうなど内面はドス黒いことでよく周知していた。
「例えこのモンスターが被害を出していないだろうと、オークくんと共謀したであろう忌み子が関わっているのなら政治的にも放っておけなくてね」
忌み子――何処かで聞いたことのある罵倒に動揺していたパントルは脳内に電流が走り、心臓を鷲掴みにされたかと思ってしまう。
「待て…そう言えばここに女の子がいなかったか。マリアと言う女の子を!」
いつもミクロケラトゥスといたはずのマリアがここにいないはずがない。まさか子供には見せられないようなリアル暴力シーン満載のこの場所にいたのではと脂汗を滝のように流す。
「彼女はこの国の汚点だ。だから片付けさせて貰った」
「お前ら…まさかマリアを!?」
貴族と言うこともあり国の王族とも繋がりを持つアルセトが追放されたとは言え一応は王族出身ではあるはずのマリアのことを知らないはずがないだろう。寧ろ会話からして今回の討伐依頼もマリアの排除を王族から要請されたのだろう。
「あの子はもう王族じゃない!追放しておいて今更殺すことないだろ!」
「それで王位を狙わない動機にはならないだろ。それにこうやってオークくんとモンスターを世話していたのが何よりもの証拠じゃないか」
恐らく王位継承の矢先、追放された身分だが王の血筋を持つマリアを邪魔に思った王族が表立って殺すわけにもいかないと、彼女が復讐のために王位を狙う企ての一つとしてモンスターを飼育していると言う根拠を元にアルセト達を寄越したのだ。
「キモいオークがニヤニヤしてて気持ち悪いから我慢して追ってみたら…まさかアルセト様が探していた娘がいたとはねぇ〜」
幾らイジメても罵倒してもパントルはマリアと出会うのが楽しみで知らず知らずのうちに笑顔になっていたのだが、クラスメイト達に取ってはそれが面白くなくて追跡したところアルセトと繋がりを持てたのは棚ぼただった。
「マリアを…マリアを殺したのか!あんな小さな子を!?」
しかしパントルにはこの国の王位継承も自分の立場も知ったことではなかった。彼に取ってはマリアは友達であると同時に可愛い妹のような存在であった。これまで自分から尊厳を奪ってきたのに、更にマリアまで奪ったことに臓物が煮えくり返りそうだった。
「うっさい」
「ぐああああ!?」
アルセトの側に寄り添っていた女子生徒は虫けらを殺すが如くパントルの足を矢で射抜いた。
「アルセト様、こいつは国家転覆罪でここで始末しましょうよ」
「そろそろこいつらで遊ぶのも飽きたしな」
殴って動かなくなったミクロケラトゥスを足を押さえて倒れたパントルの側に転がすと同時に剣を抜いて近付いていく。
『ブモオオー!』
傷つき倒れたパントルを目の当たりにしたパラケラテリウムは血を流しながらも立ち上がり頭を突き出して走り出したかと思えば、次の瞬間にはアルセトと女子生徒は宙を待っていた。
「ふざけんな!このクソ駄馬がぁ!!」
「よくも僕の身体に土を着けてくれたな!」
これまで優位に立っていたのに下に見ていたモンスターからの反撃に女子生徒が激昂するのはもちろん、アルセトも甘いマスクが剥がれ落ちてニホンザルのような顔つきになる。
「駄馬の分際でよくも!」
『ギャアアア!?』
既に傷だらけだった太い脚は女子達の凶刃によって斬られ、貫かれる度に悲鳴と共に真っ赤に染まり足元に真っ赤な水溜りが形成される。
「この僕にこんな辱めを…万事に値する!総員、このモンスターを討伐せよ!」
多少は冷静になったのかアルセトは演技がかった口調を取り戻し、剣の刃をフラフラしているパラケラテリウムに向けてクラスメイト達の先頭を走る。
『バギャアアアァァァ…!?』
幾ら太い胴体を持つとは言え、脚を傷つけられて身動きが取れない所に人間達が四方八方から槍や剣で巨体を貫き滅多刺しにしていくために、パラケラテリウムは次第に崩れるように倒れ始める。
「止めろ!このクソ野郎!?」
「クソは…お前だよクソキモいオークがぁ!!」
これ以上大切な友達を失ってたまるか、これ以上は奪われてたまるかと這ってでも止めようと叫ぶが数人の女子達が武器を彼に向けて何の躊躇いもなく振り下ろしては滅多刺しにしていく。
「はあ…はあ…ようやくくたばったみたいだな」
「キモいくせしてしぶとい奴らだったな」
暫くしてクラスメイト達は滅多刺しにされ赤い水溜りの中で動かなくなったパントルとパラケラテリウムの身体を蹴りながらウンザリした様子で見下ろしていた。
「皆、ご苦労。これより帰って僕の屋敷で労いのパーティをしようではないか!」
「「「おおお〜!」」」
肩の荷が下りたと言わんばかりにアルセトはクラスメイト達を労おうと屋敷に招待し、目の前で死んだパラケラテリウムもミクロケラトゥスもパントルも今や過去の存在と言わんばかりに放置するのだった。
「がっ…ぐっ…あいつら…よくもぉ…!?」
自分でも死んだと思っていたパントルは口から血を吐きながら顔を上げ、死んでしまったパラケラテリウムとミクロケラトゥスを見ながら忌々しく呟く。
「俺が…マリアが…こいつらが…何をしたんだよぉ!?こんなのって…あんまりだろうが!?」
弱肉強食、それは弱い者は強者の糧となると言う原始的な掟の一つだ。例え弱者が強者の食糧にならなくても糧になることは変わらないため、パントルの大事な存在がクラスメイト達の手によって奪われ憂さ晴らしの糧になるのも、悪く言えば弱肉強食の一環とも言えるだろう。
『『『……!』』』
「…来いよ、お前らも許せないんだろ?」
きっと強者達は元の世界でもこの異世界でもその掟は変わらないことだから仕方ないと嘲り一蹴することだろうが、例えそうだったとしても許せないことぐらいあるだろう。特にパントルと同じく憎悪に満ちた視線を向けてくる巨獣達には…。
「俺と来いよ!復讐してやるんだ!理不尽に奪ってきたあいつらから…今度は俺が全て奪ってやる!?」
クラスメイトが置いていった武器を杖とクラスメイトへの憎悪を頼りに立ち上がるパントルは彼らへの復讐を決意する。例え見返りにその身を滅ぼしたとしても、全てを奪った国や人間達を滅ぼすためなら訳ないと声を張り上げる。




