楽園は『宝』で溢れている
「見ない間に何だか賑やかになったね」
「当然よ、完全にベビーラッシュなんだから」
エイン達が見つかったと知り、巣に戻って来たラピスはいつの間にか小さな子供が増えていることに唖然となっていた。
『キュウ、キュウ』
「可愛い〜♪たくさん食べてね」
まず目に入った子供はリリー達から与えられた樹の実を美味しそうに食べるマイアサウラの子供だった。巣にはたった一つしか卵がなかったが、遂に念願の子供が生まれたことに母親でなくとも喜ばしいことだった。
「でも、あれは良いのかな」
「そうですわよね…一応は我が国を恐怖に陥れた元凶の子ですからね…」
樹の実を与えてマイアサウラの子供と触れ合うリリー達に微笑ましく思っていたが、別の子供を遠巻きに見ていたラーナとロイルは不安そうにしていた。
『『ギャッギャッ!』』
『『クルル…!』』
ロイル達の故郷であるキプロニアス王国で連続殺人を引き起こした肉食恐竜『ドリプトサウルス』。そのドリプトサウルスが国内で産み落としていた卵から孵った赤ちゃんドリプトサウルスはロボの周りでじゃれ合っていた。
「良い訳ないでしょ!あたしらは危うくベビーフードとして食べられそうになったのよ!?」
不安どころか命の危機を感じている者達もいた。ナミアが言うには幼体ながらも既に成体と同じ発達した前脚に鋭い鉤爪と尖った歯は既に兼ね備えており、身体が小さい妖精族からすれば幼体のドリプトサウルスは驚異的な捕食者であることに変わりはなかった。
「まさかとは思うけど、この子を食べたりしないよね?」
『…バウ!』
ラピスの不安を聞いたのか、ロボが一度だけ吠えるとベビードリプトサウルス達はじゃれ合いを止めて整列するように集まったことに全員がギョッとなる。
「…おい、これってマジかよ」
異種だと言うのに人間と変わらない統率力を目の当たりにしたカルロスが代表するように零す。
「狼は元々群れを作るけど、異種間でも成立するのかしら」
「イーロスの街でも違うモンスター同士が共生関係を築いているのは見たことあるけど…」
共生関係で思い出したのはダスプレトサウルスがダイアウルフだった。この二種はダイアウルフが群れで獲物を追い立て、力の強いダスプレトサウルスが仕留める役割を持っていたが、今回の場合は少し違うようにも思えた。
「多分、刷り込みのお陰よ」
「卵から孵った雛鳥が最初に動く物を親として認識する習性のことですね。もしかして彼らはロボを親として認識してるのですか」
孵化した時にベビードリプトサウルスが最初に見たのはロボだった。だからこそベビー達はロボを親として認識し付き従い、ロボもロボで群れを作るニホンオオカミであるため見事に統率しているのだ。
『バウ!』
『『『『ギャッギャッ!』』』』
再び吠えるとベビー達と共に何処かへ向かうロボ。
「ロボ、何処に行くの」
「あ〜…う〜…」
エインはロボ達の後を追いかけようとするが、彼の後を追いかけるようにハーピーの子供が拙い歩きで追いかけ始める。
「おっとっと、歩く時は気を付けてね」
生まれたばかりなため腕の翼を引きずりながらフラフラとした足取りで歩いており、何度か転びそうになりエインは気が気ではないと心配しながら付き添う。
「しかしあれはどう見てもハーピーですよね。何故獣人族の方がハーピーの卵を?」
「ハーピーは人間とほぼ同じ知性を持ち、鳥と同じく空の頂点に君臨していたの。私達の一族はハーピーと共に狩りをして暮らしていたのよ」
獣人族は本来狩猟民族であり、地上での狩りはもちろん空の狩人たるハーピーを鷹匠のように飼い慣らすことで狩猟技術を発展させていた。
「それと似たようなことをしていたからあのモンスターも飼い慣らせたんだ。ちょうどサイズ的にも習性的にも鳥と同じだったからな」
「ああ、姫様のパンツを使ったあれか」
「…お待ちください。それどう言うことですか」
飼い慣らすノウハウがあったからこそアレッサはメイを使役してキオナ達の足取りを終えたのだ。当然キオナからすればその過程がどうしても気になってしまうが…。
「だから山賊の所でも後生大事にしてたのね」
「あの子は数少ない生き残りだからね。だからどうしても取り返したかったのよ」
「生き残り…他にいないの?」
彼らと最初に出会った山賊の砦でも卵を人質に取られたために反抗することも出来なかった理由が、大切なパートナーが生まれてくるであろう卵を助けたかったと言うのもあるが、もはやハーピーの数が少ないと言うのも理由の一つだった。
「この異世界に来てから魔法やスキルが使えなくなっても何とか割とやっていけたんだ。けど、あいつらに襲われてハーピーのほとんどが俺らとは別の場所に連れて行かれちまった」
「卵もほとんどあいつらが潰して…何とか生き残った卵もあたしら獣人族の動きを封じるために人質に取ったのよ」
それまでは平和に暮らしていたアレッサ達だが山賊の襲撃によってハーピーを奪われてしまい、卵も彼女達が反抗出来ないようにと山賊達が保管していたのだ。
「酷いことをするよね…おっと、大丈夫?」
「う〜…?」
目の前の生まれたばかりのハーピーを見ているとよくそんな非道なことが出来るなとエインでなくとも思うだろう。少なくとも今は無事にハーピーの子が生まれたことを喜ばしく思うべきだ。
「…子供と言えば、こいつらは見ない間にすっかりデカくなったな」
たくさんの子宝を見てきたが、フォークやゴンはその正反対にドラン達が見ない間に成長していた。
『グオオオオ』
「君はすっかり角の騎士に成長したね」
ラピスはフォークの長く鋭く伸びた角を触りながら大きくなった体格を見ていたが、人間の大人を上回っていて今なら大抵の肉食恐竜もおいそれと近寄れないだろう。
『ギィ〜』
「あんたは砂浜にいた岩石トカゲより大きいんじゃない?身体もトゲトゲした感じになってるし」
ゴンも普通自動車よりも大きな身体付きにトゲが並んだ鎧を獲得しエドモントニアをも上回り、以前はリリーやエインに守られていたのに今や守れるほどの大きさに成長していた。
「やはりこの場所は生き物の生育には最も適した場所…いえ、楽園なのでしょうね。周りには多種多様のモンスターも生息していますし」
「確かにここは楽園と言うには相応しいんですけど、僕にはどうもそれだけで終わるとは思えないんだよね」
楽園と称するのには納得だがレイには何か不安があるのか懸念を呟いていた。
「どう言うこと?」
「だってこんなに草食のモンスターがたくさんいるなら、それを狙って肉食のモンスターがいても不思議じゃないからだよ」
見た所楽園には捕食者らしい存在はいないが、捕食者は必ずしも縄張り内だけで獲物を探すとは限らない。獲物がいなければ探すために縄張りを出るだろうし、ある時何処からかやって来るかもしれない。
『『『グルルル…』』』
そんなレイの心配した通り楽園を取り囲む山の中の森林を獲物を追い求める捕食者がのし歩いており、マイアサウラの営巣地を目にした途端に剣の刃を彷彿とさせる犬歯が特徴的な口から涎が垂れ始める。
『キュウキュウ』
「あはは、くすぐったいよ」
樹の実を食べ終えたベビーマイアサウラはリリー達に頭を擦り付けたり、舌でペロペロと顔や身体などを舐めたりしてくる。
「すっかり手懐けてるわね」
「やっぱり年齢が近いからかな……おや?」
子供達のじゃれ合いを微笑ましく思っていたら、周りで子供の世話をしたり巣の近くで寛いでいたマイアサウラ達が同じ方向を見て騒ぎ始めたことに気付く。
『『『…グガアアア!』』』
茂みの中からスミロドンに似た肉食獣が勢いよく飛び出し営巣地に向かって走って来るのを見た瞬間にマイアサウラ達はより一層警戒が強まる。
「一体どうしたんですか?」
「あっ!あれを見て!」
営巣地全体が慌ただしいことに何事かと警戒しているとエインが肉食獣の接近に気付いた。
『『『ブオオオ!?』』』
体格では大人のマイアサウラ達に分があるため、臆せず巣の中にいる子供を守ろうと立ち塞がる。
『ガルル!』
『ピギャ!?』
『グルア!』
『キュア!?』
しかし肉食獣は大人のマイアサウラには目もくれずに体格差を逆手に取って回避し、スミロドンと同じく剣の刃のような犬歯を巣の中にいる赤ちゃんマイアサウラに突き立ては引きずり出して連れ去って行く。
『シャアア!』
「ひゃあ!?」
リリー達の巣の中にも一頭入り込み犬歯が光る口を大きく開けて威嚇してくる。スミロドンに似ているがサイズが一回り小さく、下顎には刃のような犬歯を収納するスペースがあるこの肉食獣は『ティラコスミルス』と呼ばれている。
『グルルル…!』
『キュウ』
「あ…ダメぇ!?」
産まれたばかりのベビーマイアサウラには目の前のモンスターが何なのかは分からなかったが、リリーにはすぐさま危険な存在だと理解し守ろうとする。
『ギシャア…ガルアア!?』
『ブオオオ!』
飛び掛かろうとするが母親マイアサウラがティラコスミルスの尻尾を咥えて巣の外へと引きずり出した。
「リリーちゃん達から…手を引いて!」
『ギシャアアアア!』
追い払おうと生体電流を身に纏ったエインが黒曜石の双剣を抜いて威嚇するが、ティラコスミルスも引き下がる気はないと再び巣の中に入ろうとしていた。
『ウオオオオン〜…!』
ところがマイアサウラともティラコスミルスとも異なる遠吠えが響き渡り両者共に注意が逸れる。しかしその直後にティラコスミルスに何かが一斉に飛び付いた。
『『ギギギギ…!』』
発達した前脚の長い鉤爪と尖った歯をティラコスミルスの首筋や胴体に食い込ませ集団で抑え込むのはベビードリプトサウルスの二匹だった。
『ガルア!?グルアアア!?』
こちらが捕食しようと思っていたのにまさか自分が襲われそうになるとは夢にも思わずティラコスミルスは振り解こうと暴れようとするが脚に痛みが走る。
『『ガルル…!』』
残る二頭のベビードリプトサウルスがティラコスミルスの脚に食い付いて動きを封じ込めに掛かったのだ。
『…!ガウアアアア!』
『ガハッ…!?』
動きを封じた所でロボが首筋に食い付き、顎の力で気道を押し潰して窒息させる。やがて暴れていたティラコスミルスも力尽きてパタッと動かなくなってしまう。
『ウオオオオン〜…!』
『『『『ギャッギャッ!』』』』
獲物を仕留めたことに勝ちどきを挙げるかのように遠吠えをするロボ。それに呼応するかのようにベビードリプトサウルスも吠え立てており、他のティラコスミルス達は臆したのか手に入れた獲物を咥えたまま立ち去るのだった。
「さっきはリリーちゃん達を襲おうとしていたのに逆に襲われるなんて」
「まさかもう狩りをするなんて…統率力と狩猟本能は人間以上じゃないの?」
先程まで恐ろしい捕食者だったはずのティラコスミルスは今やロボとベビードリプトサウルスの食糧となって食べられているのだから、弱肉強食の世の中と言えども何が起きるか分かったものではないとアルロとレイが口々に呟いた。
「偉いよ、リリーちゃん。この子を守ったんだから」
「えへへ…」
何はともあれ生き残り、エインはベビーマイアサウラを守ったリリーを褒めていた。
「ううん…」
「あ、この子が目を覚ましたよ」
湖の辺りで見つけた褐色肌の少女は暫くの間メロルが介抱しており、ようやく意識を取り戻したのか唸り始める。
「大丈夫?起きれる?」
「あなたは……っ!?ここは…!?」
目を覚ました褐色肌の少女は見慣れない相手であるメロルを目にしても意識がハッキリしていなかったが、何があったのか思い出したのか飛び起きた。
「大丈夫、ここは安全だから」
「安全……あれでも?」
落ち着かせようとしたメロルだが褐色肌の少女の視線の先には仕留めたティラコスミルスの肉を食べるロボとベビードリプトサウルスの姿があったため安全かと言われると説得力がなかった。
「大丈夫だよ。ロボは人を襲ったりしないし、さっきだってリリーちゃんを助けてくれたんだよ」
「ところであなたの名前は?」
何とか宥めようとエインとキオナがそれぞれ訊ね、楽園の穏やかな雰囲気も相まって褐色肌の少女は徐々に落ち着きを取り戻していき口を開き始める。
「私はマーセルと言います」
「マーセルさんですね。あなたはあそこの湖で気を失っていたのを見つけたのですが、あなたはここに住まう人間なのですか」
少女の名前はマーセルと言うらしく、キオナは彼女を見つけた経緯を話すと同時に直前まで何をしていたのか遠回しに聞く。
「私は……そうだわ、確かあの時村が襲撃されて、それで…あ」
話を聞く限り湖の辺りで倒れていたのは何かのトラブルに巻き込まれたかららしく、他にも何があったか思い出そうとした瞬間にマーセルはハッとなる。
「そう!あれは何処に……うっ!?」
「ダメよ、いきなり立ち上がったら」
よほど大事な物を失くしたのかマーセルは立ち上がるも回復しきっていないために立ちくらみを起こしメロルに支えて貰う。
「早く見つけてあげないと…その湖まで私を連れて行ってくれませんか?」
何があるのか分からないが必死な様子を見たエイン達はマーセルをゴンの背中に載せて湖に連れて行くことにする。
「確かこの辺でマーセルさんを見つけたんだよね」
「はい、ここで間違いないです」
マーセルを見つけた湖の辺りではズンガリプテルス達が相変わらず魚を滑空して獲ったり、砂の中を嘴を使って貝やカニなどを濾し取っていた。
「どうしよう…ここにあると良いんだけど」
何を失くしたにせよこんな広い湖で落としたとなれば見つけるのは絶望的だろう。
「一体何を探してるの……ん?」
『クキュウ…クキュルル…』
「この鳴き声は?」
探すのを手伝おうと思っていたエインとキオナだが、どうやらこちらが探すよりも先に向こうから探し求めるような声を発してくれたようだ。
『クキュウ…クキュルル…』
「何か水の中にいます」
声の主は湖の水の中にいて、まるで『ここにいるよ、早く来て』と言わんばかりに可愛らしい鳴き声を発し続けていた。
『……クキュウ、クキュウ』
水の中にいたのは甲羅のないウミガメのような身体付きに竜脚類のような長い首を持った生き物だった。その生き物はエイン達の存在に気が付き、円な瞳で彼らを見ながら何処か嬉しそうに鳴き声を発し続けていた。
「わあっ…!良かった、無事に産まれたんだ…!」
どうやらマーセルが探していたのはこの生き物だったらしく、無事であったことに瞳に涙を溜めながら歓喜に打ち震えていた。
「エイン、このモンスターは…?」
『クキュウ、クキュウ』
「これは…『フタバサウルス』だよ」
愛らしい鳴き声を発し続ける水の中の生き物の正体は首長竜類の『フタバサウルス』の赤ちゃんだった。




