水際の救出劇
『グアアアア』
『グルルル』
「くそ…あいつら、井戸の外から見張ってやがる」
井戸の中に逃げ延びたドラン達だが二頭に増えたスピノサウルスは獲物である彼らを逃しはしないと言わんばかりに目玉をギョロギョロさせながら中を覗いてくる。
『グアアアアァァァ!』
「もう、これで何度目よ!」
「良いから潜れ!」
スピノサウルスは何度か井戸に口を突っ込んではマルス達を捕食しようとし、その度に彼らは水中に潜ってやり過ごすの繰り返しをしておりアレッサでなくとも嫌気が差していた。
「周りに人間の死体があるのにわざわざ井戸の連中を狙うとはな」
「食べるのが目的でもないのにどうしてあんなことを」
実際のところスピノサウルスの周りには漁村の住民の死体がたくさん転がっていて、食べるならばそちらを食べれば良いのにわざわざ井戸の中のマルス達を狙う理由をメリアスはラスコに訊ねる。
「捕食すると言うよりもまるで私達人間に対して攻撃的になっているようです。恐らく人間を外敵と見なして排除しようとしているのかと」
「と言うことはやはりこの村を全滅させたのはあいつらか」
ラスコの考察が正しいのならば、何の恨みがあってそうしたかは不明だがスピノサウルスはこの漁村を壊滅させたようだ。
「人間もクモやムカデと言った気持ち悪い虫を見たら叩き潰すまで付け狙うし、人間同士でも気に食わない奴や国家は完膚無きまで叩きのめすと同じだな」
人間だって必ずしも食べるためや身を守るためだけに命を奪う訳ではない。ゴキブリなどは害が及ぶために叩き潰すことが多いし、人間同士でも場合によっては相手を徹底的に叩き潰すこともあり、スピノサウルスからすればそれと同じだとシスカが攻撃的な台詞を呟く。
「どっちにせよ、この村で神として崇めていたドラゴンはただ単に人間だから殺そうとしているだけか。はた迷惑な」
「別に彼らは神聖な存在ではない。私達エルフや人間達が彼らを勝手に神聖視したからで、向こうからすれば何故そのような存在として崇めたのかと疑問に思うじゃろうな」
この漁村の人々はスピノサウルスの何かを見て神聖な存在として崇めていたようだが、スピノサウルスからすれば『猿のような生き物が自分達を勝手に神様のように崇めた』としか思わないとソルラスも付け加えた。
「神聖な存在でないことは確かだな。これだけの人間を手に掛けておいて、ほとんど食べないで殺している辺りはな」
更に言えば人間は同族や異種族であっても遊び半分で殺すことがあるため人間の方が残忍な一面を見せるが、今回の場合は漁村の人々を全員殺戮しているため神聖視するどころか邪神として扱われそうだ。
『グルルル…ゴルル』
「どっちにしてもこのまま居座られては助けに行くことも、ここから動くことも出来ん…私達に取っては疫病神で間違いあるまい」
スピノサウルス達はオヤツでも食べるかのように殺した人間の遺体を食べたり、ドラン達が井戸から出てくるのを待ち望むかのように寝そべっていた。これではドラン達を井戸から助けられないし、それ以前に隠れている場所から動くことも出来なかった。
「それにしてもなんでわざわざ井戸の中のドランさん達を狙うんだろう。食べ物は周りにあるのに」
動けないためにマルトは改めてスピノサウルスについて考えてみるも、捕食が目的でないとするのならやはり執拗にドランを狙う理由が分からなかった。
「あいつらは基本的に魚しか食べないんだ…けど、この村の連中は魚を獲り過ぎないようにしてたから、あいつらとも仲良くやれてたんだよ」
「言われてみると村の人々から神聖視されていたと言うことは少なくとも共に生活は出来ていたことになるな」
もしもスピノサウルスが今のような殺戮をしていたのなら、神聖視する以前に既に全滅していてもおかしくなかったはずだ。それと言うのもスピノサウルスが基本的に魚しか食べず、人間を捕食対象としては見ていなかったお陰だった。
「しかしその関係に亀裂が生じたために奴らが村の人々を殺した…か」
「お前達は何でそこまで…いや、この村の連中から聞き出したな?」
モジャヒゲ男が何故に小さな漁村の事情を知っているのか聞こうとするも、元々この村を制圧した当事者ならば知っていてもおかしくないだろうとメリアスが結論づける。
「他に何か聞いてますか?例えば村人とあのドラゴンとの関係の詳細とか」
「…おい、俺が言うのも何だがそれを俺に聞くのか」
ハッキリ言ってこの漁村を制圧することはリオーネ達に取ってはどうでもいい話だ。寧ろ元の世界でも小さな村などが他の侵略者に制圧されてなくなるなんてことは日常茶飯時だった。
今となってはその制圧者たるモジャヒゲ男とは無関心どころか敵対関係になったため、そんな相手にラスコは事の詳細を更に聞こうとしてくるためモジャヒゲ男もリオーネ達も面食らうのだった。
「出来るだけ情報が欲しいんです。そうしないと井戸の中のドランさん達を助けられませんし、姫様をお迎えに行くことも叶いません」
「背に腹は代えられないと言うことか…教えろ、奴らのことを洗いざらいな」
手段を選んでいる場合ではない。だからこそ敢えてキオナのことを引き合いに出し、そうすることでリオーネを味方に着けてモジャヒゲ男から情報を引き出させようとする。
「俺もよくは知らないが…どうやら最近は魚が捕れなくなって不漁続きなんだと。だから魚をエサにしてたあのドラゴンが機嫌悪くしてたから近々生け贄を差し出す予定だったんだとよ」
獲り過ぎないように気を付けていたはずなのに何故か不漁続きになり、それがスピノサウルスの逆鱗に触れてしまい怒りを鎮めるために生け贄を差し出そうとしていたようだ。
「俺達はちょうど生け贄の儀式が執り行われている時に攻め入ったから…」
「エサが手に入らなくなった上にあなた達が刺激したからあのドラゴンは人間を外敵として見て排除したんですね」
ところが差し出す前にモジャヒゲ男達が攻めて来たことでスピノサウルスはエサとなる魚や手に入れるはずだった生け贄を奪い、おまけに縄張りの一部である村を脅かしたために人間を外敵と認識して村にいる全ての人間を全滅させたのだ。
「魚か…それならば魚を使って奴らを誘い出せばドラン達を助けられるかもしれないな」
「けど、どうやってだよ。ここでは不漁続きなんだろ?」
「その辺の獣の肉じゃ、きっと誘い出せないよな」
とにかく人肉や獣肉よりも魚肉が好みだと分かり、早速用意しようと考えるがリュカとマーキーの的確な指摘に名うてのエルフの狩人は押し黙ってしまう。
相手は人肉に関心がなく、縄張り内にいる人間を排除することに固執しているため、魚肉以外ではスピノサウルスは誘い込めないだろう。
「こうなりゃいっそ俺達で奴らをおびき出して、その隙にドラン達を…!」
「二頭いるんだぞ。一頭が残ったら厄介だぞ」
代わりにリュカがアイディアを出して躍起になるも、相棒のマーキーは二頭いることの厄介さを話してくるために押し黙ってしまう。
「くそ…いい加減に身体がふやけそうだ」
「いつまで見張ってるのかな」
そのドラン達は井戸の外から睨みを利かせてくるスピノサウルスと水の冷たさに嫌気が差していた。
「…あの、ちょっと気になったんですけど」
皆が井戸の外を見上げている中でテテーナはずっと水の中を見ていたが、その意味を答えるように挙手してくる。
「この井戸、中に横穴みたいなのがあるんですけど」
「何だって?」
テテーナの言葉を聞いたマルスは息を大きく吸い込んで潜ってみる。すると確かに井戸の壁際には大きな横穴が開けられていたのだ。
「あのドラゴンの牙を避けるので精一杯で気が付かなかったが、確かにテテーナの言う通り横穴が開いている。しかもそこから小魚が出入りしてるぞ」
「と言うことは側の川に繋がってるのかしら」
噛みつきを避け続けるためにずっと潜っていたが、まさか井戸の中に文字通り抜け穴があるとは思いもよらなかった。しかも動かぬ…いや、動く証拠である小魚が井戸の中を泳いでいる辺りは井戸の水は側の川から流れているようだ。
「いや、目がなかった。だからきっとこの水は…」
「何処かの洞窟に繋がっているのね」
しかし問題はその証拠たる魚には目がなかったために、この水はこことは異なる洞窟に繋がっていることだった。
「何で魚に目がないと洞窟に繋がってるの?」
「詳しくは知らないけど、洞窟で採れる魚には目玉がないのもいるのよ」
洞窟は基本的に暗闇であるため視覚情報はまず頼れない。そこに住まう生物種も基本的には夜目が効くか或いは視覚以外の感覚が鋭いかになり、最終的には目が退化して見られなくなる種がいても不思議ではない。
だからこそ洞窟に生息する魚の中には目が退化して、眼球の存在そのものが見受けられない種もいるのだ。
「こんなとこにいるよりかはマシだろうぜ」
「でも皆はどうするの?置き去りにするの」
こんな狭苦しい水の中でスピノサウルスに狙われ続けるよりも、何処かの洞窟に出てここから脱出した方がマシだろうとドランは話すもキャロラインは他の仲間達の安否を気に掛けていた。
「待って、何なのこの揺れ……きゃあ!?何なの!?」
ふと水面に波紋が生じたかと思えば、突然アレッサの頭上から大小様々な岩が落ちてきたのだ。見上げると井戸の壁が壊れて、構築している石が上からガラガラと崩れ落ちてきているのだ。
「あいつらが暴れてんのか!?」
「それにしては少し大き過ぎないか」
スピノサウルスが痺れを切らして井戸を破壊しているのかと思ったが、幾らスピノサウルスが巨体とは言え余りにも大き過ぎる…と言うよりも音からして複数の足音が聞こえるような気がしてならなかった。
『『『ブモオオオオ!』』』
「あれは…テテーナの村に現れた角の騎士ではないか!」
「兄上、無能…いや、エインが言っていたであろう。『セントロサウルス』と」
騒ぎの原因は漁村にセントロサウルスの群れが現れたことだった。彼らは頭を振り回してランスのような角を振りかざし、足踏みをして突進の準備は出来ていると言わんばかりだった。
「しかしあの顔の傷…兄上の言う通り同一の群れかもしれん」
「ここで再会するとはな。しかしこれは…」
群れの中にはテテーナの村で傷を追った個体もいて、あの時の群れだとすぐに分かったがエグルマはとある大きな違いに首を傾げていた。
『『『ブモオオオオ!』』』
『『『グオオオオ!』』』
『『『ウオオオオ!』』』
「村の時よりも数が圧倒的に多い」
最初は三十頭であったが今やセントロサウルスの頭数は村に現れた時の倍の六十頭にまで膨れ上がっており、再びその巨体による物量に一同は圧倒されていた。
『グルルル…!』
『グアアアア!』
さすがのスピノサウルスもセントロサウルスの物量には敵わないらしく、吠えて威嚇するもセントロサウルスは下がるどころかジリジリと距離を詰めてくる。
『ブモオオオオ!』
顔に傷のある個体はやはりリーダーなのか、雄叫びを合図にセントロサウルス達は漁村の家屋や小舟などを積み木のように破壊しながら突進してくる。
直後にスピノサウルスは一目散に川の中に逃げ込み、転がっていた人間の死体は次々と踏み潰されて挽き肉にされていく。
「いかん!このままだとドラン達がいる井戸に!?」
「兄上!危険だ!?」
無論、井戸だって例外なくセントロサウルスの群れに呑み込まれていき、エグルマは助けに行こうとするが井戸が崩れ落ちて行くのが見えてしまい、これではドラン達の生存は絶望的であった。
「そんな…ドラン達が…」
この弱肉強食の異世界ではいつ命を落としてもおかしくない。しかしドランとキャロラインとはこの異世界に転移してからの長い付き合いだったのに、こんな形で別れることになってしまい誰もが呆然とすると同時に悲しみに暮れる。
「せめて骨だけでも拾ってやろうと思ったが…」
「骨すらも残ってない…かもな」
それから夕暮れ近くになってようやくセントロサウルスの群れが立ち去り、せめて彼らを弔ってやろうと思い漁村へ戻るも、家や小舟などの人工物は見る影もないぐらいにめちゃくちゃになり単なる瓦礫になってしまっていた。
無論転がっていた村人の遺体はセントロサウルスの群れに内臓も骨も踏み潰されて見るも無惨な有様になっており、弔うどころか遺体を見つけることも難しいのではとリュカとマーキーは泣く泣く呟く。
「見ろ、井戸があったぞ」
辺りが瓦礫になってしまったことで何処が井戸か分からず時間が掛かってしまったがようやくその成れの果てをエグルマが発見した。
「これでは掘り出すのは不可能だ」
「そんな…じゃあ…」
井戸を構築している石が内側に崩れるように崩落したため掘り出すのが難しそうな様子であり、これでは遺体の回収は不可能であった。
「諦めるな。遺体が見つかった訳ではないはずだ」
誰もがドラン達の死に悲しむ中でエグルマは王族の血を引くだけあってか、井戸の中の様子が分からないために生死がハッキリしていないし、諦めるのは早いと仲間達を鼓舞した。
「その通りだ。もう少しだけ調べてみよう」
シスカも同意して詳しく捜索するように呼び掛けたことで、一同は涙を拭いながら瓦礫を退けたり何か手掛かりがないかと探してみる。
「にゃ?これは…マーキング文字にゃ!」
その甲斐あってかモナは瓦礫の中に象形文字が刻まれた布切れを見つけて歓喜していた。しかし一同はその布切れに書いてある象形文字が何を表しているのか分からなかった。
「マーキング文字は獣人の間で使われる文字にゃ!」
話によるとマーキング文字は獣人の暗号のような物であり、決まった記号の組み合わせはもちろん自身のその時の匂いを染み込ませることで同じ獣人にメッセージを伝えることが出来ると言うものだ。
「それでなんと書いてあるんだ」
「もしかして…!」
暗号と言うのは分かったがモナがそこから何を読み取って喜んでいるのか分からなかったが、この土壇場で用意されて彼女が喜ぶと言うことは…全員の顔が徐々に明るくなる。
「井戸に横穴があってマルス達はそこから脱出したとあるにゃ!」
「ってことは皆無事なんだね!良かった〜!」
メッセージは崩落する前に横穴から脱出したと言う内容であり、マルトだけでなくその場にいた全員が歓喜していた。
「と言うことは何処かに出てくるはずだが…」
「周囲を捜索してみるとしよう。もう少しで日が暮れるから全員用心するのだぞ」
脱出したのなら何処かに姿があるはずだとエグルマ達は捜索を始める。出来れば日没になって肉食恐竜が活発化する前に見つけたいところだった…。




