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闇に朱色がよく似合う  作者: 太郎鉄
Chapter1 日本
5/12

通達

 ヤマシは俺の信頼に足る唯一の吸血鬼だ。こいつも、人の血を断って生きている。


 ようやく靴を脱ぐと、奴は勝手に冷蔵庫を開けた。


「ドラキュラ伯爵の来日は、聞いてるよな?」


 缶ビール(発泡酒)を取り出し蓋を開ける。一口飲んでから、床へあぐらをかいた。


 相変わらず、気持ちいいくらいに遠慮というものがない。


「お前んとこにも届いたんだろ。通達」


「通達?」


 ヤマシはパーカーのポケットから黒い葉書を取り出した。こちらへ放られたそれを、人差し指と中指で挟んで受け取る。


 黒地に赤い文字。


 本国の言葉だ。読みづらいが、意訳するとこう綴られていた。


《同胞よ。虐げられし時は終わった。今こそ立ち上がり、積年の屈辱を晴らす時。我は参る。諸君らの解放と、復讐の為に。聖夜に、あるいは呪われし夜に、神の家に集え――D・ブラド・ゼペシ》


 文面の下には、12月25日とあった。


 鳥肌が立った。


 ドラキュラは本当に来るつもりだ。クスカの言葉どおり、再び戦争を始める気でいるのだ。


 神の家――メシア教分派の最大勢力。この国唯一の吸血鬼信仰。巷ではカルトと呼ばれている。


「なんだ。お前には届いてなかったのかよ」


「あぁ。使いから、少しは聞いていたが」


「使い? もう来てんのか」


「俺の同胞殺しを止めるためにな。戦力を減らしたくないらしい。軽く、脅しをかけられた」


「誰に」


「アルカード・クスカ」


 ヤマシが口に含んだビールを吹き出した。


「アルカード? 伯爵直属の親衛隊の姓じゃねぇか。それでお前の部屋、火事になったってわけか。よく無事だったな」


 どうやら先に俺のアパートへ行ったらしい。


「部屋は、無事じゃなかったがな」


「軽い脅しで、家を焼かれちゃたまんねぇな」


 ヤマシは缶を傾け残りのビールを飲み干した。


「で、どうするよ」


「何をだ」


「クリスマス。行くのか、行かねぇのか」


「答えは知っているだろう?」


 ヤマシは空き缶を宙へ放った。


 小さく、魔性の気配が揺れる。


 次の瞬間、缶が乾いた音をたてて破裂した。薄い金属片が床へ散らばる。


「腕を上げたな」


「人間に対する脅し用にな。苦労したんだぜ。爆竹ってのは、加減が難しい」


 ヤマシは口の端を拭った。


「ちょっと気合い入れすぎると、人間の頭なんざ吹き飛んじまう。それに、唾だからな。狙いがつけにくいんだよ」


 唾を触媒に爆竹を具現したらしい。


「慣れると楽だぜ。魔性も、ちょっと解放するだけで済む」


 なるほど。腕を変えるより早い。相手が気づく頃にはもう届いている。


「人の部屋で唾を吐くな。それと、片づけろ」


「おぉ、悪い悪い」


 ヤマシは近くに落ちた破片を拾いながら、話を戻した。


「やっぱり、お前は行かねぇか。まぁ、今日はそれだけ聞きに来たんだ」


「お前は行くのか」


「馬鹿言うな。今更、ジジィ世代が作る世界になんざ興味はねぇ」


 裂けた缶の縁を折り込み、ヤマシは残りの破片を拾い集めた。


「だが、この国の有り様じゃ、かなり集まるだろうな。保護法とかいうふざけた法律のおかげで、どいつもこいつも、鬱憤が溜まってる」


 その通りだった。


 法律の名で虐げられてきた連中に、伯爵が解放を約束する。応じる奴は、少なくないだろう。


 この国の吸血鬼が内側から動き、本国の軍勢まで押し寄せる。人間が態勢を整えるまでに、どれだけ死ぬか判らない。


「どっちが勝ってもよ、俺達みたいなみそっかすには、今より住みにくい国になるぜ」


 ヤマシが舌打ちした。


 俺はもう一度、葉書へ目を落とした。


 解放と復讐。


 同胞が人間に虐げられているのは、今に始まった話ではない。何故、今になってドラキュラ自身が動くというのか。


 奴が他の吸血鬼を思いやり、この国へ乗り込んでくるとは思えない。


《急いで来なければならない理由》が、別にあるんじゃないのか。


「本国の保守派が、ここまで考えていたとはな」


「ドラキュラ1人の意志か、爺さん達の総意か。どちらにせよ、クリスマスまで10日ほどしかない。身の振り方は、考えておいた方がいいぜ」


 嫌な言葉だ。


 身の振り方。


 俺は、アズサとの生活を手放す気などない。


「ま、幸にしてこの通達は強制じゃねぇ。手を貸そうが貸すまいが、文句は言われねぇだろう。下手に邪魔さえしなけりゃ、な」


 ヤマシが俺を見た。


 余計な事はするな、と、遠回しに忠告してくれているらしい。


「わざわざ、済まなかったな」


「いいって事よ。俺とお前の仲じゃねぇか。仲良く、傍観者を気取ろうぜ」


 玄関で鍵の回る音がした。


「あぁ、ここ、彼女のマンションだったな。それじゃ、俺はおいとまするぜ」


 ヤマシは立ち上がり、バルコニーへ向かった。靴を履き手すりへ手を掛ける。


「でもよ。考えといた方がいいぜ」


 背を向けたまま、奴は言った。


「所詮、人間と吸血鬼なんて、恋仲になれるもんじゃねぇんだ。俺やお前みたいに、血を断ってるなら、なおさらな」


「判ってるさ」


「どうかな」


 手すりへ足を掛け、ヤマシは夜の中へ消えた。


「ただいま。寒かったぁ」


 アズサの声がする。


 俺は黒い葉書をポケットへしまい、バルコニーの窓を閉めた。


「おかえり」と俺は言った。


 この戦争を何としても止めなければならない。

アズサに渡された缶ビールを手に取り、俺は胸の内に秘めた誓いを強くしていった。


 

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