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闇に朱色がよく似合う  作者: 太郎鉄
Chapter1 日本
3/12

ドラキュラ伯爵の使い

 爺さんから、数年振りに電話があった。


「ソウクか」


「あぁ。どうしたんだ爺さん。国際電話は高いぜ」


「お前の噂、こちらまで届いているぞ」


 窓の向こうで干しっぱなしの洗濯物が揺れていた。その上には、よく晴れた夜空が広がっている。


「それで?」


「お前がどんな理由で同胞を殺しているのか知らんが、これ以上は庇いきれん。伯爵が怒っておられる」


「説教なら勘弁してくれ」


「説教ではない。忠告だ。次に同胞を殺す事があったなら、お前の生活は保証できん」


 俺は受話器を持ち替えた。


「悪いが、俺にも守りたい者がいるんでね。そいつを脅かすなら、誰であろうと殺すぜ」


「人間に惚れたのか。つまらぬところばかり、ハクアに似おって。日本などという国にいるから、そのような迷いを抱く。即刻、帰ってくるがいい」


 夜空に、赤い光が見えた。星ではない。こちらへ近づいてくる。


 敵意を感じた。魔性の光だ。


「爺さん」


「何だ?」


「強引に連れ戻す気なら、初めからそう言ってくれ」


 受話器を叩きつけた。魔性の解放を始める。


 間に合え。


 窓ガラスが砕けた。


 ベランダの洗濯物が、一斉に燃え上がる。室内へ吹き込んだ熱風が、テーブルの上の雑誌を巻き上げた。


 赤い閃光が左腕を貫いた。


 腕が千切れ、フローリングへ落ちる。


 それと同時に、ようやく魔性の解放が終わった。


 燃えた洗濯物が窓から飛び込み、ソファーベッドに落ちた。布地を炎が舐め、黒い煙が天井へ溜まり始める。


 左腕を回収している暇はない。


 俺はベランダへ出て赤い光を見据えた。


 奴は瞬く間に近づいてくる。そして、口づけでもできそうな距離で止まった。


 銀髪。黒のタキシードを着た、痩せ身の吸血鬼だった。肩口を突き破った背骨が左右へ伸び、翼となって羽ばたいている。


 その翼で宙に留まりながら、掌を次の炎に変えていた。


 厄介だな。


 飛行と攻撃。2つの魔性を同時に維持している。


 日本では出会った事のない手合いだった。恐らくは、本国の吸血鬼。


「爺さんの使いか」


「正確には、伯爵の使いです。あなたに脅しをかけておくよう、命じられまして」


 背後で何かが崩れる音がした。俺の部屋が燃えている。


「ドラキュラのか。脅しのわりには、随分手荒な真似をしてくれるじゃないか」


 男は口元を緩めた。


「アルカード・クスカと申します。小田桐(おだぎり)ソウク。以後、お見知りおきを」


 掌が、俺の顔へ向けられる。


 炎が膨れ上がった。奴の顔が隠れ、骨の翼まで見えなくなる。熱風が頬に突き刺さった。


 隣室から、悲鳴が上がる。続いて、窓を開ける音がした。


「待て! 狙うなら俺だけにしろ!」


「人間を庇うのですか」


 炎の向こうでクスカが笑った。


「伯爵の仰る通りだ。やはり、あなたは危険ですね。少し、灸を据えておきましょう」


 炎がアパートの両端へ向かって広がった。


 飛び降りれば、俺は逃げられる。


 しかし。


 隣の窓から、誰かが助けを求めていた。


 くそ。


 俺は魔性を極限にまで解放した。


 描くのはアパート全体を覆うドーム。


 腕一本では足りない。体の全てを使う。


 時間もない。複雑なことは考えられない。


 アパート(ここ)を《守れ》。


 イメージを、爆発させた。


 俺の体が砕け散る。


 飛び散った肉片が互いに繋がりながら膨張した。ベランダの手すりを呑み込み、外壁を這い、屋根を越えて広がっていく。


 炎が隣室の窓へ届く直前に、肉の壁がその間へ割り込んだ。


 アパートを覆う、巨大なドーム。


 その全てが俺の体だった。


 1分。


 今の俺がこの大きさを保てる限度だ。次の攻撃に備える余力など、どこにもない。


 炎が広がった体の表面を舐める。焦げた端から崩れそうになる肉を、繋ぎ止める。


 集中が一度でも途切れればそれで終わりだった。


「今後、同胞殺しはお止めください。伯爵は近いうちに、この国へ進出する予定です。戦力を減らされては困るんですよ」


 ドラキュラが、日本へ?


 悪い冗談だ。休戦協定を破るつもりなのか。


 内側から何人もの足音が響いてくる。叫び声に混じって階段を駆け下りる音がした。


「この国での同胞の扱われ方も、いただけませんね。まるで奴隷だ。王族の血に連なるあなたこそ、立ち上がるべきでしょう」


 熱が体の奥まで染み込んでくる。


「それなのに、あなたは人間を庇い、同胞を殺す。理解できません」


 声が遠くなった。


 奴が離れたのか? 違う。自分の体が、どこまで続いているのかも判らなくなっているんだ。


「祖父のプラトー様も、嘆いておられます。あなたにその気があるなら、我々はその罪を許し、再び同胞として迎えましょう。よく、考えておいてください」


 炎の圧力が、ふっと弱まった。


 それでも熱は消えない。焦げた体を繋ぎ止めるだけで、精一杯だった。


 糞食らえだ。


 そう言ってやりたかったが、ドームと化した俺に声帯はなかった。


 やがて、人間達の足音も聴こえなくなった――意識が飛んだ。

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