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“神”についての考察文。  作者: 名無しのチー牛。
神の存在証明。
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“神”とは何か。

 “神”とは何か。


 “神”とは“無辜(むこ)の祈り”であり、それは=で“愛そのもの”である。


 そもそも“祈り”とは誠意を極限まで尽くしきった後に発現する、もうそれ以上刮ぎ落とす事が出来ない程にまで“極めて純化された思念エネルギーの結晶体”それそのモノに他ならない←“それ”は森羅万象を劈いて対象となる存在や現象の本質に徹底的に作用する特性を持っている。


 この“祈りの力”を“無償の奉仕”の精神で以て発動させると“愛”と呼ばれる“意識帯”にまで昇華して行くのであるが、この“愛”の“究極の体現者”にして“実践者”こそが“神”であり、その正体は“愛の意識”そのものを“願い”に変えて朝に夕に万物の生成・発展・救済を念じ続けながら宇宙全体に創造と破壊の嵐を巻き起こしている張本人に他ならない。


 この“愛なる神”から全ての現象・存在・概念は生まれた、それ故にこれらは(すべから)く“愛の神秘”によって成り立っている、と言わざるを得ず、また我々人間もだから“真っ当な者達は”皆、老若男女貴賎貧富関係なく“愛”の尊さや素晴らしさ、そして大切さを“感覚として”知っている(例え言葉には直せなかったとしても)。


 それこそが我々が神から造られし“被造物”の証であり、かてて加えてそんな我々が“愛を知っている”と言う事実こそが“神が愛そのものであり”、また“神が確かに存在している”と言う証拠に他ならないのだ。

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