第9話 到着! オークの集落
二日後。
風に潮の香が混ざり始める。異世界も地球もこの臭いは変わらないな。
因みに道中、俺はルファスに弓を借りて弓を打つ練習をしてみたが……
「まっすぐ飛ばねぇ!」
「ありえません。私の演算でももう少しまともに飛ぶはず……これは誠二が下手糞すぎます」
雪風が俺のせいにしてくる。
「待て! そんな馬鹿な!」
「あははー、やっぱりかー!」
ルファスが聞き捨てならないことを言い出した。
「何がやっぱりだ!」
俺はルファスを問い詰めた。
「えーとね、それは理由があって……」
ルファスがそう言った時のことだ。
「兄貴、いちゃついてるところ悪いんですけど、この山です」
目の前にそれなりに険しそうな山がそびえ立っていた。
今度は山登りか……勘弁してくれ……
「うわー! すごーい!」
何か喜んでる奴がいるが意味がわからん。
「エレベーターとかないのか?」
「なんですかそれ?」
オズが首をかしげる。だろうな。俺は渋々山を登り始めた。
二時間くらい登る。山の中腹に辿り着く。
「もう少し先に俺達の集落があります」
険しい山の麓にある三本杉の根本に座って休憩中のことだ。オズがそんなことを言い出した。まだ登るのか……そして風呂に入りたい。
「我は疲れた。だっこすることを許す」
リーナスはそんなことをいってオズに抱えられている。
「俺も疲れた。おんぶすることを許す」
俺もそういってオズにおぶさる。
「ちょっとセージの旦那!? 無理ですって! 外から見たら普通なのになんでそんな重いんですか!?」
振り落とされてしまった。あまりにも哀しい。
「セージさん! 僕が背負うよ!」
流石にそれはまずいだろう。
「いや、ルファスさん、流石にそれは――」
「大丈夫だって!」
そう言いながらルファスは無理やり俺を背負う。
「ぎゃー!」
即座にルファスがつぶれた。早い、早すぎる。
「ほら、大丈夫じゃないだろう」
俺はため息をつきながら立ちあがり、ルファスの手を掴むと引っ張って立たせた。
「俺は一応筋肉強化、骨密度強化、皮膚も強化されているし神経系に脳も……は重さには関係ないな。まぁ、そんなわけでちょっと重いんだ」
「何を言っているかわからないけど凄いってこと?」
ルファスは目をキラキラさせ、両手を胸元にあわせて見つめてくる。
はっ……またルファスの質問スイッチを入れてしまった……
こうして質問ラッシュを食らいながら山を登ること……数時間。
「誠二。この山、ほぼ岩だらけですね。まばらに樹木が生えているだけです」
「見りゃわかるよ」
そんなことを言いながら雑談をする。
「ルファスさん。ジェファーキンは役職なんなんだ?」
「ジェファーキンさんは弓の名手だよ」
「ルファスさんよりもか?」
「そうだよー」
「アリシアは?」
「アリシア様は長の三番目の娘だよ」
「だからサードか」
「そうそう」
ルファスが首ではなく耳をぴょこぴょこ下げて頷く。器用すぎる。
「へっ。世襲なんてくだらない。俺達は強いやつが常に族長よ!」
「また始まった……」
「何か言いましたかセージの旦那?」
「いや、何も」
俺は左の口の端を上に、右の口の端を下に、左の眉を中央に寄せ、右の眉を上に持ち上げてみせた。
「なら良いんですが」
「あははー! セージさん変な顔―!」
なぜかルファスが笑う。
「えっ、何か変だったのかルファス?」
気づけよオズ。
「いやぁ、ヒューマンとかエルフの表情なんて皆同じに見えて……」
それは流石に嘘だろう!!
「元から顔が変であるからな……哀れなことよ」
抱えられているリーナスが失礼すぎることをほざいた。
「いやー、いちおーほら、長は世襲だけど、色々なことは皆で決めるんだよ?」
ルファスが先ほどのオズの発言にたいして返事をした。
「皆でぇ~? そんなもん、何も決まらねーだろう?」
オズが疑問を呈する。
「そんなことは……いや、あるかもー?」
ルファス、そこをすぐ認めちゃうのか。
偉いが、いいのかそれで?
「やはりオークのやり方が一番でさぁ。ねぇ旦那」
「うーん。それに対しての返答は保留で」
「えーなんでー?」
なぜかルファスが食いつく。
まったく好奇心旺盛なやつだ。
「合議制には合議制のよさがある。独裁には独裁のよさがある」
と、平坦な道に入った。
「この先ですよ旦那」
オズがそう俺に声をかけた。
周囲は岩に囲まれ、申し訳程度に草や痩せた木が生えている。
「止まれ!」
声が響く。二十メートル程先に槍を構えたオークの門番が立っていた。
身長百八十センチ。俺と同じくらいの高さ。がっしりした体格。スキンヘッド、赤い瞳。革鎧を着こんでいる。
「俺だ! 偉大なるオークの魔術師、オズだ!」
オズが名乗りを上げた。
「あぁ……オズさんですか」
門番は槍を下げた。
「アー、元気してたか?」
「えぇ。そちらのヒューマンとエルフは? 戦利品ですか? イーやカー……というか、オズさんだけですか?」
「あぁ……それが……俺が捕虜なんだ」
オズは言い難そうに答えた。
「えっ?」
アーと呼ばれたオークは驚きの声を上げた。
「ちょっと待て。なんでお前、生きているんだ?」
「いや、こちらのセージの旦那がなんちゃら協定で俺を捕虜に……」
そんな会話を聞きながら俺達は円陣になってひそひそと話をしていた。
「アーってなんだ? 名前手抜きすぎんか?」
俺は思わず本音を口走る。
「ねー。僕も初めて聞いたよー」
「ふむ。我はオズから聞いたのだが」
オズから下ろされて、今は俺の足元にいるリーナスが声をあげた。
「知っているのかリーナス!?」
「オークは武功を上げると名前が伸びるらしいぞ? つまりアーは本来はア、である。つまりオズは元々オ、だったのが多少活躍をしてオズ、になったのであろう」
「馬鹿な――私がリーナスに知識で負けるなど――」
何かアイデンティティの危機に直面している人工知能がいるが、まぁ放っておこう。
「ふ、これが実力の差よ、雪風。素直に現実を認めるがよい」
「セージの旦那! 何とか言ってくださいよ!」
オズの呼びかけに俺は我に返った。
「えっ……あぁ。そうそう、捕虜返還に来たんだ」
「捕虜返還だと?」
アーと呼ばれたオークが眉をひそめた。
「いや、オークは捕虜という概念が希薄らしいから一応ついて来てくれと言われて……それとは別に聞きたいこともある」
「そうなんだ。ゲオルグリス族長にセージの旦那をお目通りさせたいんだ」
オズがそう語った。
「わかった。族長に確認してこよう。その間の門番は任せたぞオズ」
「任せろ」
アーは頷くと集落へと入っていった。
みすぼらしい木で組まれた柵。その奥から見えるのは天幕、洞窟、そして部落の中央には……何か鉄線で囲まれたリングらしきものが?
コンバットゴーグルを取り出して着用。
望遠モードに設定。
リングを観察。
……リングの中で何かオークが殴り合ってる……野蛮すぎる。眩暈がしてきた。
「それ何ー!?」
ええい、俺の前に立つなルファス、見えんだろう。ゴーグルに手を伸ばしてくるルファスを手で押しのけながら集落を観察する。
オークの男性は皆、モヒカンかスキンヘッドだ。新西京のオークは割といろんな髪型していたからな。違っていて面白い。
オークの女性は人間に近い見た目をしているようだ。まぁ、全員体格がいいが。そして普通に可愛い見た目の女性もいる。エルフほどではないが耳の先端が尖っているのとちょいと牙が生えてるのがヒューマンとの差か。
エルフは繊細な美しさだが、こちらは健康的な美しさ、ということなんだろう。
そして全員が何かしらの武器――こん棒、斧、剣が多い――を携えている。様々な鎧……大抵は粗末なものだが……を着用していた。
成人の人数は百人ちょっとか?
子供もやたら多い。子供と大人両方合わせると三百人超えそうだ。
そしてぱっとみ年寄りがいない。
「ゲオルグリス族長が会うってさ。通れ、ヒューマン」
戻ってきたアーはそう言うと、また門番に戻る。
ちっ、まだ分析したかったのだがしかたない。
「行くぞ、迷子にならないようちゃんと俺についてくるんだぞ?」
「はーい」
俺達は集落の中に進んでいく。
周囲のオーク達が殺気立った目でこちらを睨んでくる。
入口からすすんで三十メートルも行かないうちのことだった。
「なんだ? ヒューマンがよぉ」
「エルフだぁ? 生皮剥いで丸焼きにしちまおーぜ!」
「あの猫美味そうだな。食わせろよ」
などと聞こえるように言ってくる。
さっきまで好奇心旺盛に周囲をきょろきょろ見回していたルファスだったが、その声を聞いて俯き、耳が少し下がった。
俺は立ち止まり丁度いいサイズの小石を拾う。
「おい、お前! ちょっとあれみろよ!」
そして俺は『エルフだぁ?』などといったオーク――五メートル先に突っ立ってる間抜け野郎――に話しかけて上を指さす。
「あ?」
そいつが上を向いた瞬間、俺はスリングショットを取り出し、鼻の孔にさきほど拾った小石を撃ち込んだ。
「いってぇ! 鼻が!?」
丁度鼻の穴に小石がつまり、鼻血を垂らしながらオークが騒ぐ。
「てめぇ! ヒューマン!!」
オーク達が騒ぎ始めた。
「おっと!! 大丈夫か? エルフやヒューマンが珍しすぎて興奮して鼻血が? 遠慮することはない、もう片方にも詰めてやるよ。友好の証だ豚野郎」
「ふざけんなてめぇ」
鼻血を流しながらオークは腰に提げた斧に手をかける。
「カスみたいな脅しをしたのはそっちだろうが。これ以上俺の友達を侮辱する奴は鼻血じゃすまさん」
俺は大声で宣言した。
「誠二。あまりにも考え無しです」
雪風が警告してくる。だが、俺の意見は違う。
ここで二、三人見せしめにぶちのめしておかないと逆にまずいかもしれん。
そしてまだ入って三十メートル。ダッシュすれば集落の入口から外に逃げられる。
包囲されなければまぁ……なんとかなるだろう。多分。
予想以上に――いや、エルフの態度をみて予想しておくべきだったのだが――排他的だ。ルファスとオズが恐らくイレギュラーなんだ。
「上等だぶっ殺して――」
声が響いた。
「下がれウー」
その声は、たいして大きくは無かった。だが、その場にいた全員を黙らせる重さを持っていた。
ゆっくりと、身長二メートルはあるオークが歩いてくる。他のオークと違い、鎧ではなく服を着て腰に短剣を差している。頭髪はなく、ヒゲもなく、瞳の色は紅い。
が、肩に担いだ、長さが百五十センチ程もある両刃の戦斧を軽々と扱うさまはそこらの雑魚ではない。
静かに俺を見つめてゲオルグリス族長は語り始めた。
「お前がオズの率いる部隊を壊滅させたヒューマンの勇者か?」
「いや、探偵だ」
「そうか。まぁどちらでもいい。我らにとっては勇者だ。我々は強さを貴ぶ。お前を歓迎しよう」
何だ。話がわかるじゃないか。俺がちょっと安心した瞬間だった。
「オズ。お前は何をしている?」
「えっ!? あ、はい」
オズが気を付けをした。
「さっさと自刃しろ。そんなことだからメイジは腰抜けと言われる」
そういうと、ゲオルグリス族長は短剣を鞘ごと帯から引き抜き、オズの足元に放り投げた。




