第8話 初級魔術師の復活
(リーナス)
我は歩きながらオズに説明をさせてやっていたのである。
「つまり師匠。万物は基本的に五つの属性に分かれていまして。木火土金水なんですが……木は火を産み、火は土を産み――」
「五行思想か。成程。五行相克相生であるな。木は土に根を張ることで土を弱くし、火は金を融かすことで火を弱め、土は水を堰き止めることで水を弱め、金は木を切ることで木を弱める」
「えっ!? ご存じなので!?」
オズが驚きと尊敬の念の眼差しを我に向けた。その眼差しは最早、命を救われた者が命の恩人に向ける眼差しを越えた、まさに我のために焚火に身を投じかねない敬意を宿しておったのだ。
「いいか弟子よ。我がいた世界では東洋魔術思想の一つである。地水火風の四大属性よりも我は好ましい」
「流石です師匠!」
「うむ。で、話を続けるがよい」
我はとことこと歩を進めつつ頷いた。
「はい。この大気中に漂うマナを操ることで炎を産み出したりするわけです」
ふむ……この世界は大気の主要な構成要素である植物の餌、呼気の残滓、呼気の基、それ以外にも大気に混ざっているものがあるということか。
「だからか。空気を震わせたり、熱の光を操らなくとも炎を出せるのは。なかなか面白いではないか」
「えーと、何の話か良く解らないのですが、師匠」
「気にするな弟子よ。貴様では理解できぬ宇宙の深奥に触れる叡智を思わず口走ってしまったにすぎぬ。我の些細なるミスよ。で、続けよ」
「へい。で、俺達の身体に流れている魔力を使ってそのマナを操るわけでさぁ」
「マナを操るための手順が詠唱や身振り手振り、そのための燃料が魔力、ということであるな?」
「さようです」
「で、貴様は我に何の魔術を教えることができるのだ?」
「あっしが使えるのはファイアアローだけです」
オズは胸を張っておる。あまりにも情けない、地面を死にかけながら這いずり回るみみずよりも哀れなことを言っておる。
「……無能が」
我は小声で吐き捨てた。
「え? なんですか?」
オズが首をかしげて聞き返してきた。
「何でもない。よかろう、我に教えることを許す」
「詠唱は『炎よ、我が意志のもとに、矢となりて我が敵を射抜け! フレイムアロー!』ですね。両手を上にあげて、左右にそのまま下して、前に突き出す感じで」
「やれやれ。貴様は無能か? いや、無能の塊か?」
「えっ!? 何でですか師匠!」
「我にどうしろというのだ?」
「さぁ……」
さぁではない。仕方あるまい。
我は立ち止まると両足で立ち上がり……両手を上に、上に、上に掲げ……つ、辛いではないか。ふらふらする。両手を開き、前に突き出す!
「炎よ、我が意志のもとに、矢となりて我が敵を射抜け! フレイムアロー!」
そのまま我は地面に両手をついた。ふう。我が優美なる肉体にこの無様な身振りは無理があるのではないか?
瞬間、我の周囲に炎の矢が大量に産み出され、展開。そのまま射出された。
あっ…………
そして前方十メートルを歩いている誠二の背中に炎の矢が殺到した。
「なんだーっ!? カチカチ山かー!? いきなり何か首が熱い!?」
誠二が飛び上がって叫びだした。やれやれ、騒がしきことよ。大袈裟過ぎるであろう。
「ふ、喜べ誠二。我が初の呪文の的に選んでやったのよ」
「ふざけんなリーナス!」
走り回りながら誠二が何やら大声を出す。
「ルファスも大喜びではないか」
我は尻尾で指し示す。
「あっはっはっはっはっ!」
誠二の隣で笑い転げているエルフの少女。やれやれ、なかなか騒がしきことよ。
「笑っとる場合かー!?」
誠二が叫ぶがルファスは意に介さず笑い転げておった。
「あっはっはっはっはっ!」
「リーナス。誠二の着ているコートは防火改造済みです。ちゃんと頭部を狙わないとダメージを与えられません」
「雪風さん? ユーは何を言っている?」
ふむ。確かに雪風のいうことも一理ある。以後気を付けるとしようではないか。
「いやいや、誠二の旦那。いきなりあれだけのファイアアロー、凄いですよ」
オズが世界を救った救世主を見つめる眼差しを我に向けた。
「当然だ、我は地球では最高位魔術師だったからな」
「いや、俺が問題にしているのは俺を的にしたことについてなんだが?」
「そう言うでない誠二よ。我が賜った栄誉にそこまで喜ばれると我も少し照れるではないか」
「もういい……」
誠二は頭を振ると大袈裟な礼を伝えるのを止めた。
奥ゆかしいやつよ。
「オズ。あとどれくらいなんだ?」
「えーとですね旦那。二日ほど歩いたらつきますよ」
「遠い……馬とかないんか?」
「射ち殺してしまったので……」
オズが頭をかいておる。
「しょうがないねーあははー」
ルファスはむしろ時間がかかることを喜んでおるようだ。
「というか、ルファスがオークの野営地の位置を知るのは良いのか?」
誠二がオズに確認を取った。
「ははは、そんなの俺達は気にしませんぜ」
「いいのかそれで……?」
誠二は首を傾げた。
「大丈夫だよ。僕は途中で待機してていかなかったことにするからさ」
ルファス、なかなか賢き娘子よ。それに引き換え誠二の愚かさ、鈍さ、融通のきかなさと言ったら! 我にいますぐアニメをみせよ!
「じゃあ実際どんな感じになっているんだ?」
誠二はしゃがみこんで地図を書き始めた。
「東に大森林……エルフのテリトリー……その更に奥には山脈が見えるな。で、今歩いてるのが平原で……西に向かうと?」
「海ですね」
オズが言った。
「で、北に向かうと?」
誠二が再び聞いた。
「人間の国があるよー」
ルファスの発言で誠二は地図に人間の国。と書いた。
「で、オークの集落は?」
「海近くにある山にありますね」
誠二はまた地面に描いた地図に丸を書いてオ、と記した。
「こんな感じか」
「下手すぎる……幼稚園児よりも下手ではないか?」
我が審美眼にまったくかなわぬアブストラクトアートに対し、我は至極まっとうな評価を与えてやったのだ。
「わかりゃいーんだよこんなのは」
そう言いながら我らは再びオズの集落へと向かったのである。




