第3話 晴れ、ときどき偏見
炎の矢が俺に降り注ぐ――俺は高速圧縮思考を起動……するまでもないな。
返り血まみれの赤いコートを手早く脱ぎ、俺の前にかざし、炎の矢の盾とする。
「なんだそのマントは! まさか対炎の加護が施された魔法の防具か!?」
敵のオークメイジが驚愕の叫びを上げる。まぁ、お前ら野蛮人からしてみれば俺のこの対弾・対刃・防炎・耐寒・絶縁処理のされたコートは魔法の防具だろう。
実体も無いし熱さも感じないからよくわからんが、防げているようだ。
元の世界の分子励起による熱線だと瞬間的に五百度とかに達するので防げないが、焚火の炎よりちょっと激しく熱い程度の火力ならなんとでもなる。いや、直撃したらヤバそうではあるが。
俺はそのまま走り寄る。
オークメイジが杖を斜め右上から袈裟斬りに振り下ろしてくるので一度急停止、振り下ろしきったところで前にステップ、手の腱を雪風で斬り裂く。
オークメイジは悲鳴をあげて手から杖を取り落とした。俺は至近距離から顔面に左の上段回し蹴りを叩き込みむ。食らったオークは地面に倒れこんだ。俺は即座に腹に蹴りをぶち込んだ後、顔面を足で踏みつけ制圧。
「おいお前ら! ボスの命が惜しければ――」
さて、一瞬で十五名のうち七名が死亡、一名が戦闘不能……つまり損耗率が五割を超える大損害を受けた軍隊は普通は崩壊するが……などと考えながら降伏勧告をしつつ振り返る。
と、残ったオークたちは逃げ出していくところだった。その背中にエルフが何やら魔法を飛ばしたりロングボウを打ち込んで止めを刺していた。
結局生き残ったのはオークメイジ一匹というわけか。
「お前……人望ないんだな」
「黙れヒューマ――」
頭に載せてる足に体重をかける。オークの頭から、何かが軋むいい音がした。
「あ、すみません」
「わかればいい」
結局最終的に生き残ったエルフの男は二名。半裸……いや、ほぼ全裸にぼろい布切れを申し訳程度に羽織ったエルフの女が一名のようだ。そのエルフの三人組がこちらに近づいてきた。
「助太刀感謝する、ヒューマン。我が名はジェファーキン。貴様は?」
エルフの男の一人がふんぞり返ってお礼らしきことを言ってきた。
「俺の名前は斎藤誠二。いや、別に礼を言われるほどのことじゃあない。で、これは何だ?」
俺の質問にエルフの男の代表者らしき一人――金髪を長髪にし、蒼い瞳、何やらレザーアーマーを着込んでいて身長は百八十センチくらいか――は眉をひそめた。
「サイトウセイジ? 変な名前だ……そしてなんだ、とは?」
「戦争なのか? それとも強盗殺人なのか?」
「お前は何を――」
ジェファーキン君は俺の言っている意味がわからないらしい。
「いや、だからジュネーブ協定的なものがあるのか? こいつは捕虜にするべきなのか? それとも司法で裁くべきなのかと聞いているんだが? 過剰防衛でムショに放り込まれたら困る。賞金稼ぎ制度的なものでもあるのか?」
毅然とした女性の声が俺の話を遮った。
「助けた事には感謝します。私はアリシアです。ですが、意味のわからないことを言って我らを愚弄することは許しませんよヒューマンの男」
「馬鹿野郎! 大切な事だろうが! 俺は私立探偵だぞ!? あんたらという明白な目撃者がいる中、司法権がどうなっているかの確認はとても大切な事だ」
俺は声をかけてきた金髪をポニーテールにした青い瞳のエルフの女性、身長百六十センチくらいか……に言い返す。
「誠二。明らかにあなたがアホです」
「うるさいぞ雪風!」
「セージという聞きなれない名前、そして珍妙な服……」
「アリシア様、この男……まさか伝説の異界の勇者では――」
ジェファーキンが何やら耳打ちをしている。
「セージ。あなたは異界からくるという伝説の勇者なのですか?」
アリシアがわけのわからないことを聞いてきた。
「違う。俺は探偵だ」
俺は即座に否定した。
「タ……ンテイ?」
アリシア様と呼ばれたエルフ女は首を傾げた。
俺は身内回線でひそひそとチャットを始める。
(おいマジかよ。探偵が無い世界とかありえんだろう)
(誠二……歴史の勉強をし直した方が……)
(雪風。誠二の中ではな。探偵は売春婦とならぶ原初からある職業なのだ)
(良いですか誠二。まず今人類と呼ばれているのは、ネアンデルタール人を滅ぼしたクロマニヨン人が……)
歴史の講義を始めた雪風を無視して俺はアリシア様とやらに話を聞くことにした。
「まずこの捕虜だか犯罪者はどうするんだ?」
「さっさと処刑してかまいません」
「何!?」
俺の反応に驚いたのかアリシアが僅かに身を引いた。
「いいか? こいつは捕虜だか犯罪者だぞ? お前は司法権を――」
「誠二。だから彼らの文明レベル的にそのような複雑な法が構築されていない可能性が」
「そもそも、捕虜から色々情報聞き出すのは基本だろうが! 残党がいるのかとか! 目的はとか! 誰の差し金なのか! とか」
「俺が簡単に口を割ると思うなよヒューマ――」
俺は雪風を抜くとオークメイジの鼻先に落とした。
地面に雪風が突き刺さる。
「あ、はい。何でも聞いてください」
「誠二。私が土で汚れたのですが?」
「寸止めは初回サービスだ。次はその可愛い鼻が消えるぞ」
俺は雪風についた血と土をオークメイジの服で綺麗に拭きとって鞘に戻した。
「確かにセージの言う通りですね。しかし、低俗なオークが重要な情報を知っているのですか?」
そう言いつつアリシアは首を傾げる。
俺はカチンときた。
「おいー! なんだその人種差別発言はー!? もう大体わかった。お前らエルフはそうやって他種族を見下してるから争いが絶えないんだろ! 排他的なんだろう! 民族自決とか言ってるんだろう!?」
「貴様! 命の恩人だと思って黙って聞いていたらヒューマンごときが――」
ジェファーキンが割って入ってきた。
「ほら出たぞヒューマンごときって!」
「誠二!」
突然俺の足元で大声がした。
全員が黙って俺の足元にいる黒猫――リーナスを視た。
「我は腹が減ったのだ。この豚を食って良いのか?」
目を白黒させて話を聞いていたオークメイジが悲鳴をあげた。
「お、俺は豚じゃない! 助けてくれ旦那!!」
「半分豚である。つまりお前はこれから誠二が豚の生姜焼きに――」
「リーナス。そこらへんにある死体か馬の死体で良いだろう」
「いや、やはり我は鮮度が大切だと思うのだが」
「変わらねーよ!」
「我は違いのわかる神なのだ!」
言い争う俺たちにおずおずとアリシアが話しかけてきた。
「お腹が空いているというのであれば、お礼と言っては何ですが我らの里で食事を――」
「アリシア様!」
ジェファーキンが何やら文句を言う。
「行こう」
俺とリーナスは同時に答えた。




