第11話 戦う理由
歓声に包まれるオークの集落。それはもはや、遊園地のパレードに熱狂する観衆と変わらなかった。
「兄貴! 無茶ですよ……! 俺なんか放っておいて今からでもやめてください!」
オズが半泣きでそう言ってくる。
「いいかオズ。これはお前のためじゃない」
俺は重々しく宣言した。
「えっ?!」
オズの顔が驚愕に凍りつく。
「じゃ、じゃあなんのためなんですか……」
オズの顔は混乱に満ちている。
「セージさん……意味がわからないよ……」
俺の腕にしがみついてるルファスが呟く。
ったく、この世界にはハードボイルドがないらしいな。やれやれ、なめた世界だ。
「俺の自己満足だ。もし、俺が負けたらルファス。静かに故郷に帰れ。で、アリシアさんに俺は依頼を達成できなかった。すまない。と伝えてくれ」
「そんな……」
「まぁ、まずないけどな」
そう言いって俺はウインクを飛ばし、ルファスの手を優しく外した。
そして手に手榴弾を二つ握らせる。
「なにこれ?」
「もし追われたらこのピンを抜いて投げつけろ。半径十メートルが吹き飛ぶ」
「凄い……」
次いで、俺はオズに向かって言葉を投げた。
「オズ。俺が負けたらお前も死ぬだろうから、先に待っとくよ」
「兄貴ぃ……もう俺のことはいいんですよ……いくら兄貴が強くてもこいつは無茶です」
オズはメソメソ泣き出した。
「ったく、俺を信じろよ」
「サイトウ! 中央で闘うぞ」
族長様はそう言うとリングへ向かう。俺もいやいや渋々後に続く。
リングは集落の中央にあった。木の柱が四隅に立てられ、その木の柱の間にもうしわけ程度の鉄線が張り巡らされている。半径十五メートルほどか。かなり広い。
「ルールは?」
中央で向かい合った俺は質問を投げる。
「相手が死ぬ。もしくは戦闘不能になるか」
「へぇ。戦闘不能でもいいのか」
俺は首を回す。いや、そうじゃないと困る。
「オークはどのみち敗北したら自刃するから死と変わらぬ」
「だろうな……」
俺は肩を回す。
準備体操をしていると、雪風が腰からやる気の出ることを言い始めた。
「誠二……あまりにも愚かです。私は今度という今度は呆れました。これは今までのどの戦いよりも勝算がないと言えます」
「そうか? いけるいける!」
「いけません。相手の情報がなさすぎます。それにあなたの今の装備は?」
「弾丸が六十発。手榴弾が二つ。口うるさい短剣が一本」
「手榴弾? この距離で? 自爆したいのですか?」
「使わねーよ。もうルファスに渡した」
「銃弾? 銃はどこに?」
「俺が聞きたい。お前が元の姿にこう変形して戻ってくれれば、すくなくとも楽に勝てる。変形スイッチとかないのか?」
雪風を抜いてあちこち眺める。
「残念ですが、私もそうしたいところですが無理です」
まったく残念そうじゃない声で雪風が返事をしてきた。
「根性が足りないんだよ!」
「私の記憶では、あなたは根性論が一番嫌いのはずです」
「嫌いだよ。でもお前に押し付けるのは好きだ」
心配そうだった雪風の声が、瞬時に絶対零度になった。
「あなたがここで死ぬのが楽しみになってきました」
「申し訳ないがご期待には沿えなさそうだよ。新西京の化け物どもが相手ならまだしも、こんな未開の地で俺が負けるだと? ははは、そんな馬鹿な。俺は仮にも銃武と呼ばれた男だぞ?」
「銃の無い銃武? 何のギャグですか」
「……ごめん、やっぱ辛いわ」
そうこうしているうちにリングの周囲にオーク達が集まってきた。
俺が住んでいた新西京の街、いや、世界にはデュエリスト・オンラインという決闘を配信する糞みたいなチャンネルがあったが、アレを思い出す。
アレは実況が下品でうるさくてコメントもうざかったが、これはまさにそれの異世界版だ。
「族長! 族長!」「殺せー!!」「死ねヒューマン!」「おい! 誰かヒューマンに賭けろ! 賭けが成立しないだろうが!」「あ、ぼ、僕……賭けます」「エルフ金貨だぁ!?」「す、すみません!」「いいもんもってるじゃねーか!」「十年ぶりの継承戦だな! すぐに終わるんじゃねーぞヒューマン!」
「観客も集まったようだな。では始めるとしようか」
ゲオルグリス族長はそう宣言すると戦斧を両手で握る。両刃、柄は下三分の一が木製、上三分の二が金属――恐らくは鉄か――でコーティングされている。
「ギャラリーが必要だったのか?」
「当然だ。戦いの見届け人は必要だ。公正な戦いだったかどうか見届けてもらわねばな」
「なるほどね」
どう考えても娯楽になっている気がするがまぁいい。俺とリーナスと雪風以外はゲオルグリス族長が絶対に勝つと思っているだろう。
だが、勝負は一瞬でつく。
「狂戦士の力」
ゲオルグリス族長は何やら言うと、戦斧を右から左に振り回す。
俺は高速圧縮思考を起動。
脳神経の知覚系が加速され、世界がスローモーションになる。
ゆっくりと振られてくる戦斧を眺めながら思考する。こいつをぎりぎりでかわし、一気に前に出て雪風で取っ手の木製の部分を斬り落とし武器を破壊。そのまま手、脚の腱を斬って無力化。勝ちだ。
俺は半歩後ろに下がり、俺の胸の高さで振り回される戦斧をやり過ごす。時間がもとに戻る。俺は人類の反応限界を越えた反射速度で――俺の神経系はエレヴォルヴ社製の強化反射神経に改造済み――瞬時に前に出る。
「速い!?」「あのヒューマン速いぞ!?」「兄貴ぃ!!」「族長!!」「セージさん!」「殺せ!!」「やってしまうがよい!」「猫がしゃべった!?」「我は猫ではない!」
俺は雪風を抜――待て、おかしい。俺は違和感を覚える。
俺が前に踏み出した瞬間、戦斧が三十センチもいかずにピタリ、と止まる。
そしてすぐに左から右に薙ぎ払われる。
高速圧縮思考が再度立ち上がる。
加速された時間で考える。
反射的に後ろに跳びそうになるが、ここで後ろに跳んだら戦斧の刃で俺は真っ二つになるだろう。いや、コートは一応防刃改造されてるからいけるか? 試してどうする! 前に出るしかない。
俺は一歩前に出る。
世界の速度が元に戻る。
戦斧の柄が俺の脇腹に食い込む。俺は両手で戦斧の柄を掴んだ。このまま左から右に振りぬかれて肋骨をやるのはまずいし、吹っ飛んだらそのまま俺は殺される。
すぐ後ろに戦斧の両刃の刃を感じながら俺は戦斧の柄を掴み、反時計回りに振り回される。
「だせーぞヒューマン!」「そのまま死ね!!」「間抜けが!!」「兄貴ぃ! もうだめだー!」「セージさん!」「誠二! 遠慮せずさっさと倒すがよい」「族長に挑戦するなんて一万年はえーんだよ!」
(誠二。この切り返しの異常な速さ。ゲオルグリス族長の技なのでしょう。恐らく筋力の超強化かと思われます)
(あぁ、こいつはちょっとずるすぎると思わんか?)
(誠二。生体改造者のあなたがいっても説得力は――)
(それは言わない約束だよ雪風。俺のズルはオーケー。相手のズルはルール違反。いいね?)
(……はぁ)
柄を掴んだままの俺に業を煮やしたのだろう。ゲオルグリス族長は戦斧を持ち上げる。もしここで手を放したら? あいつはこの戦斧を小枝を振るように軽々と振り回している。恐らく体勢を整える前に、俺は即座に頭を割られる。笑えない話だ。
仕方ないので両手で戦斧を抱え込んだ俺は、そのままほぼ垂直に立てられた戦斧と一緒に地上三から四メートルほどの高さに持ち上げられる。手を放して一気に懐に? いや、落下による接近はあまりにもリスクが高い。ルファスの言葉を思い出す。
『人によって素質があるんですけど、だいたいの人は一つ二つ、使えますよ。精霊に頼ったり、魔力を燃やしたり、色々ありますけど』
族長をやってるやつが――歴代最強と言われている男の技が一つだけ? ありえん。もう一つか二つ、持っているはずだ。
「ふん!!」
ゲオルグリス族長は気合一閃、戦斧と、それを掴んでいる俺を地面に叩きつけるべく振り下ろした。




